第5話――迫る脅威は2種もあり

〈Side:ハルミ〉


 脅威が迫っているのに、憎たらしいほどの青空が広がっている。それが、外に出てまず目に入った景色。

 視線を下にずらせば、建物なんて一切ない未開拓の野山。


「わわっ、落ち着いてよみんな!」


 そしてクイクイ、キシャアアッと鳴く二羽の巨鳥。ナオが落ち着かせるため走り出せば、途端に鳴くのを止めた。

 外してあった騎乗用具をナオが装備するのを見守りつつ、振り返ってそれを見上げる。


「不思議な様式に建材ですわね」


 山菜採りでさえ踏み込まないような未開の野山で、唐突に構えている建造物。

 それは、まるでお豆腐みたいな平屋。木造とも石造りとも違う、レンガ作りにしては継ぎ目がない灰色の壁面。

 さして大きくもない灰色のお豆腐は、大砲にでも撃たれたのかアチコチ崩れており、そこから開放骨折でもしたみたいに鉄の棒が突き出ていた。


「彼は、何者なのでしょうか」


 風の都合で哨戒範囲を外れてしまい、その先で見つけた謎の建物。

 駆除すべき蟲の気配はないものの、警戒して探索してみれば……はぁ。


「記憶喪失の少年と、奇怪な鉄の――」

「ハルミ様、準備できました!」

「考えるのは後ですわね。ありがとうナオ、さぁクー・シー! 行きますわよ」

『キュエ、キシャア!』


 私の相棒、“蟲喰い鳥”のクー・シー。

 ヒトを乗せられるほど巨大な猛禽類で、見た目は怖いけれど犬みたいに人懐っこい子。けれど獲物を前にすれば猟犬に早変わりする相棒が高々と鳴く。


「相変わらず元気だねぇ。シルキーちゃん、アンタもよろしく頼むよ」

『キシャアアアアア!!』

「わ、わわっ!?」

「ぷふっ」


 ナオがクー・シーを褒めれば、対抗するように彼女の相棒であるシルキーが鳴き声を轟かせた。


「ふっ、ふふっ……」


 お腹がひきつるけれど、なんとかクー・シーにまたがった。隣を見ればナオもまたがり、銃の具合を確かめている。


「もぉ、笑わないでくださいよ。はー、まぁ、何事も笑って立ち向かうのが一番ですからね。わっはっは!」

「そうですわね。こほん、くはは!」

「……あの、お館様のマネはちょっと」

「縁起がよろしいでしょう? とはいえ、お祖父様であっても最近は元気がありませんけど」

「いや、あの方って毎日……やっぱナンデモナイデス」


 笑うは笑うでも苦笑気味になってしまったナオに肩をすくめつつ、私はクー・シーが睨む方を見やる。

 はるか向こうにポツリと点が見えて、次第にブゥン……ブゥンブゥゥン……と耳障りな音が近づいてくる。


「ウロコムシ、ですわね」



 ――ウロコムシ。あるいは蟲と呼ばれる脅威。

 昆虫にトカゲの要素を加えたような見た目。

 そんな異形を脅威たらしめるのは、その大きさと、鉄のように硬いうろこ。

 天敵と言えばヒトと、名前のとおり蟲喰い鳥くらいしかいない存在を、私は何十匹も落としてきたけれど……



 ――ブゥン……ブゥゥン……


「っ……」


 ゾワゾワとうなじに鳥肌が立つ。

 小さな羽虫であれば耳の周りを飛んでいるだろう音量。

 ですのに、ウロコムシはかなりの遠方から耳障りな羽音を響かせてくる……


「はぁ、ふっ!」


 蟲ごときに怯えるなど、なにが貴族か。

 私はお祖父様の孫娘、老いたりとはいえその名を轟かせる英雄の血が流れているくせに……っ

 蟲を片手間に殺せないで、なにが町を守るだ!


「行きますわよ!」

「はいはいっと」


 返事が来るのと同時にトンッ、とクー・シーのお腹を軽く蹴る。


『クエェア!』


 途端にクー・シーは長大な翼を広げると、バサッ、バサッと羽ばたかせていき……ふわりとした浮遊感をともない空へと飛び上がった。


「相変わらずの静かな離陸、あなたの内にある浮遊結晶は一品物のようですわね」

『クェェア!?』

「ふふ、だからといって腑分けて取り出そうとはしませんわよ」


 ぽんぽんと首を撫でてあげれば、クー・シーは頭を振って落ち着いた。

 バサリと、後ろから存在を主張するような羽ばたく音。振り向けば、同じく飛び上がったナオがいた。


「お二方、そろそろ」

「えぇ……さて、頼みますわよ」


 返事はないけれど、手にしたソレにしっかり言いつける。

 それは小刀ほどの長さがある鉄の筒。片手で取っ手を握り、トリガーを引けば13ミリの鉛玉を火薬で放つ。

 その通り名はサーティーン。ウロコムシを駆除するための武器……その数が揃えば町は安泰なのに、王国は量産の許可を認めてくれない。

 町のため、許可を得なければならない。

 いち早く手に入れるなら、あの乱暴者の貴族と――


「ハルミ様、ハルミ様! 力みすぎですっ」

「え?」

「そのままだと銃口がぶれて当たるものも当たりませんよ! ……不安ですか?」

「なに、が」

「荒くれ者に町を乗っ取られるのが……乱暴者の嫁になるのが嫌かと聞いたのです」

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