第3話「過去を失い、現在、目の前には女の子」

――半年前、郊外の遺跡にて――



『――なた、あなた――』


 ……だれかに、声をかけられてる。


『もし、もし。大丈夫ですの?』

 ペシペシ、ペシペシ。


 そのだれかにほおを叩かれ、体をゆすられる。

 なんとか返事したいけど、かなり眠いせいでその気になれない。

 あぁもう、もっと少し寝させてよ。おれ、疲れてるんだ……寒い。


「オフトン、どこ?」


『お布団ってあなた、棺桶みたいなベッドで寝ているでしょうに……今の、言葉』


 あー、やっと静かになった……もう、ちょっと……


「あと、5ふん、だけ……」

『そう言って起きれるヒトはいないでしょうに』


 ぐぅ、すぅ……


「ごく自然に喋りますのね、サウスグリーンが南縁みなぶちと呼ばれていた頃の言葉を」


 すぅ、ん、んー? さっきまで海王語で話してたはずだけど……稲海語を使えるならそれで返そう。


「みんなを打つ国?」

「だれかれ殴るわけないでしょう! ご飯の種とご飯そのものを荒らしに来る害虫しか討ちませんわ!」

「ふぅん……ご飯のためにその気迫。サウスグリーンって、きっと、サキミタマと同じ稲海の末裔だよ、たぶん」

「そのサキミタマってなんですの」


 何って、最終決戦の舞台になった……んー、んん? なんだろ、話というか常識に齟齬がある。

 興味が出てきてしまった、眠気も晴れてしまう……ふあぁ。


「……?」

 なんで、こんなに眠いんだろ。なにをしたらここまで疲れるんだ? よく、思い出せない。


「いいから起きなさいお眠り王子様、ひんやり棺桶で寝ていたら風邪ひきますわよ」

「オレは王子って年じゃ、え、棺桶?」


 重いまぶたを開ける代わりに手を軽く振れば、コツンとなにかにぶつかった。

 ならばとつま先を伸ばしてみると、やはりコツンとぶつかった。これ、上下左右に壁が迫っているっぽい。

 なるほど、たしかに棺桶だ。


「王子でなければ何なんですの、ヴァンパイアさん?」

「オレは血なんか吸わないって、レバニラ炒めならありがたく…………あれ」


 なんで、疲れているのか分からないのも、そうだし。

 ――自分が何者かも、思い出せない。


「どうされましたの?」

「オレ、おれって何者だ?」

「知るわけないでしょう。それとも、新手のナンパですの?」

 やれやれとした雰囲気を感じるよ。はは、子供に呆れられちゃった……子供?

「まったく。警戒しながら探索したら、そこには妙な少年と――」


 よく聞けば声、気配も、女の子のだ。

 戦場に子供がいる? っ、そんなバカな!?


「うっ、くぅ……!」

「っ、ど、どうされました?」


 まばゆい光につぶれそうな目を無理やり開ける。

 確かめなければ、守るべき存在のことを。

 まぶしい、痛い、涙が出てくるけど、我慢! …………


「ここは、いったい」


 しばらくして、まず目にしたのは白い煙。あおるように触れるとひんやりしている、やけに寒いのはこいつが原因か。

 そして――


「な、泣いていますの?」


 太陽と青い空。その二つが見えてしまうほど倒壊したコンクリートの天井を背景に、困惑している小柄な女の子。

 緑色のポニーテールを不安げに揺らす子供。

 怪我はしていない、憔悴しきった様子もない、か……。


「あの、まさか、本当に記憶を――」

「心配してくれてありがと。うーん、昔のことほとんど忘れちゃってるなぁ」


 自分が何なのか思い出そうとした。

 だけど、自分の名前も、どこで、誰と、どんなふうに過ごしてきたのか、思い出せなかった。

 覚えているのは、子供たちを戦わせてなるものかという焦りと、使命感。

 そして、望みを実現するための力とその使い方……脅威の、容赦ない殺し方だけだ。


「その、あの」

「大丈夫だよ君。記憶喪失なんて、町が爆撃されることに比べたら深刻じゃないし」

「ば、ばくげき? えと、その、涙があふれて」

「泣いてるのはまぶしいからだよ」

「……なら、いいのですが……はぁ」


 はは。見ず知らずのおっさんがかわいい子に心配されている。男冥利につきるね。

 でも、男としては女の子を、オトナとしては子供を心配させたのはいただけない……さらなる失態は許されないから。


「変なことはしないと誓うよ、そこに隠れている君」


 ピシリ。空気が固まった気がするのは、目の前の少女が息を呑んだからか。

 あるいは、倒壊したガレキに潜んでいる子が息を止めたからか。


「え? な、なにがですの。別に隠れてなんか」

「子供に手を出すなんてしない、絶対に。信用できないなら銃を構えたままでいいよ」

「……こちらへ」

『あはは、慣れないことはするもんじゃないですねぇ』


 どこか呆れた声とともに、ガレキから姿を現したのは茶色いボブの女の子。

 小柄な子の緑髪みたいに、奇抜な髪色ばかりじゃないのか……さて、短い現実逃避はここまでだ。


「大砲。うん、大砲を持ち歩くのが今どきのブームなのかな」

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