第3話「過去を失い、現在、目の前には女の子」
――半年前、郊外の遺跡にて――
*
『――なた、あなた――』
……だれかに、声をかけられてる。
『もし、もし。大丈夫ですの?』
ペシペシ、ペシペシ。
そのだれかにほおを叩かれ、体をゆすられる。
なんとか返事したいけど、かなり眠いせいでその気になれない。
あぁもう、もっと少し寝させてよ。おれ、疲れてるんだ……寒い。
「オフトン、どこ?」
『お布団ってあなた、棺桶みたいなベッドで寝ているでしょうに……今の、言葉』
あー、やっと静かになった……もう、ちょっと……
「あと、5ふん、だけ……」
『そう言って起きれるヒトはいないでしょうに』
ぐぅ、すぅ……
「ごく自然に喋りますのね、サウスグリーンが
すぅ、ん、んー? さっきまで海王語で話してたはずだけど……稲海語を使えるならそれで返そう。
「みんなを打つ国?」
「だれかれ殴るわけないでしょう! ご飯の種とご飯そのものを荒らしに来る害虫しか討ちませんわ!」
「ふぅん……ご飯のためにその気迫。サウスグリーンって、きっと、サキミタマと同じ稲海の末裔だよ、たぶん」
「そのサキミタマってなんですの」
何って、最終決戦の舞台になった……んー、んん? なんだろ、話というか常識に齟齬がある。
興味が出てきてしまった、眠気も晴れてしまう……ふあぁ。
「……?」
なんで、こんなに眠いんだろ。なにをしたらここまで疲れるんだ? よく、思い出せない。
「いいから起きなさいお眠り王子様、ひんやり棺桶で寝ていたら風邪ひきますわよ」
「オレは王子って年じゃ、え、棺桶?」
重いまぶたを開ける代わりに手を軽く振れば、コツンとなにかにぶつかった。
ならばとつま先を伸ばしてみると、やはりコツンとぶつかった。これ、上下左右に壁が迫っているっぽい。
なるほど、たしかに棺桶だ。
「王子でなければ何なんですの、ヴァンパイアさん?」
「オレは血なんか吸わないって、レバニラ炒めならありがたく…………あれ」
なんで、疲れているのか分からないのも、そうだし。
――自分が何者かも、思い出せない。
「どうされましたの?」
「オレ、おれって何者だ?」
「知るわけないでしょう。それとも、新手のナンパですの?」
やれやれとした雰囲気を感じるよ。はは、子供に呆れられちゃった……子供?
「まったく。警戒しながら探索したら、そこには妙な少年と――」
よく聞けば声、気配も、女の子のだ。
戦場に子供がいる? っ、そんなバカな!?
「うっ、くぅ……!」
「っ、ど、どうされました?」
まばゆい光につぶれそうな目を無理やり開ける。
確かめなければ、守るべき存在のことを。
まぶしい、痛い、涙が出てくるけど、我慢! …………
「ここは、いったい」
しばらくして、まず目にしたのは白い煙。あおるように触れるとひんやりしている、やけに寒いのはこいつが原因か。
そして――
「な、泣いていますの?」
太陽と青い空。その二つが見えてしまうほど倒壊したコンクリートの天井を背景に、困惑している小柄な女の子。
緑色のポニーテールを不安げに揺らす子供。
怪我はしていない、憔悴しきった様子もない、か……。
「あの、まさか、本当に記憶を――」
「心配してくれてありがと。うーん、昔のことほとんど忘れちゃってるなぁ」
自分が何なのか思い出そうとした。
だけど、自分の名前も、どこで、誰と、どんなふうに過ごしてきたのか、思い出せなかった。
覚えているのは、子供たちを戦わせてなるものかという焦りと、使命感。
そして、望みを実現するための力とその使い方……脅威の、容赦ない殺し方だけだ。
「その、あの」
「大丈夫だよ君。記憶喪失なんて、町が爆撃されることに比べたら深刻じゃないし」
「ば、ばくげき? えと、その、涙があふれて」
「泣いてるのはまぶしいからだよ」
「……なら、いいのですが……はぁ」
はは。見ず知らずのおっさんがかわいい子に心配されている。男冥利につきるね。
でも、男としては女の子を、オトナとしては子供を心配させたのはいただけない……さらなる失態は許されないから。
「変なことはしないと誓うよ、そこに隠れている君」
ピシリ。空気が固まった気がするのは、目の前の少女が息を呑んだからか。
あるいは、倒壊したガレキに潜んでいる子が息を止めたからか。
「え? な、なにがですの。別に隠れてなんか」
「子供に手を出すなんてしない、絶対に。信用できないなら銃を構えたままでいいよ」
「……こちらへ」
『あはは、慣れないことはするもんじゃないですねぇ』
どこか呆れた声とともに、ガレキから姿を現したのは茶色いボブの女の子。
小柄な子の緑髪みたいに、奇抜な髪色ばかりじゃないのか……さて、短い現実逃避はここまでだ。
「大砲。うん、大砲を持ち歩くのが今どきのブームなのかな」
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