第2話「踊りましょう、誓ったからね」

「あー、バレてたのね」

「貴族ですから……ミーティア」

「っ」


 すっと、音もなく顔を近づけてくるハルミ。

 ほぅ、と。甘い吐息が、香りが、鼻の奥を、脳の底をくすぐる。くらくら、する。


「あなたのことですから、迫るようにしないと本音を引き出せないでしょう?」

「…………」

「だいたい、あなたは自分の思いや不調を隠すのがうますぎます。記憶喪失はもちろん、他にも不安なことがあれば――」

「そろそろ作戦空域だよ、持ち場についてね」

「え、と」


 突然の言葉に戸惑うハルミ。

 雇い主であり、今は部下である彼女へ強く、冷たく言いつける。


「機長として命じる、持ち場につけ」

「っ……了解」


 ハルミは逃げるように操縦室を出ていった。敬礼することなく。

 上官への失礼な態度を注意するのはあと。今は、そこに突っ立っているナオも走らせなければ。


「ナオ」

「ミーティア殿」

「なにさ」

「ハルミ様は、その」

「オレのことを好いているのは知ってる」


 キッとナオが睨みつけてきた。ならあの態度はなにさ!? って言いたいのかな。

 ……彼女のことを過去から現在まで救ってみせた、その自負はある。

 だけど、貴族令嬢に惚れた腫れたが許されないのがこの世界だ。


「オレはふさわしくない、あの子は領主一族の跡取りなんだよ」

「それがなにか」

「従者である君がそれを言ったらいけないよ……あの子の伴侶は歴史と伝統、できれば能力のあるヒトに限られる」

「それはあなた当てはまるのでは」

「いいや、オレがその責任を果たしたらいけない……分かってくれ」


 そう言い聞かせれば、ナオはギリッと歯噛みをして……はぁぁと、諦めたように深い溜め息をついた。


「では、自分も持ち場につきます」

「お願いね、オレたちが帰る町を守るために」

「はい……あ!」


 ……うん?


「ふふん、ふふっ」

「ち、ちょっと待って! なにその、良いこと思いついたって顔は? あまりにもわざとらしすぎでしょ!」

「えぇ、えぇ。ミーティア殿がケーキを奢る予定のお店を守るためにも頑張りませんと」

「ケーキのお店って、あのめっちゃ高いとこの!?」


 ダメダメ、お給料が吹っ飛んじゃうって待って!


「面倒な女の子はちょくちょく慰めないとさらに深く面倒くさくなりますからガス抜きが必要っ、ケーキくらいなら安いものですよ! ハルミ様! ミーティア殿が――」


 行くな早口過ぎて聞こえなかったから面倒くさいってハルミが? いやたしかにハルミはそんな感じするけどあぁもう!

 好きならとっとと好きって言えばいいじゃんもぉー! ……はぁ、まったく。


「ほんの半年前までは考えられない賑やかさだなぁ」


 パシンッ、ほおを叩いてから操縦席に座り直す。

 明日から、いや、作戦成功のケーキパーティでもバカやるためにがんばりますか。

 伝声管の蓋を開けて、向こうにいるはずの二人に声をかける。


「みんな、持ち場についた?」

《こちら上部銃座、ついていますわ。浮遊機関の制御も順調、ミーティアの意思もよく分かっています》

《下部銃座兼爆撃手席、オールグリーンだよ~。風神様のタリスマンさまさまだね》


 金属管を通してハルミとナオの声が返ってくる。

 二人とも女の子モードじゃなく、冷徹な仕事人モードに入ったようだ。

 これなら大丈夫だろう……死ぬかもしれない狩り場に飛び込んでも。


「それじゃあ、今日の対象は――揺れるよ!」

《こちら上部銃座、見えましっきゃぁあああ!?》


 操縦桿を倒しペダルを踏み抜き、機体はかたむいてハルミの悲鳴。

 わざとバランスを崩した機体は隕石ミーティアみたいに地上へ急降下ァァアアア!


「ひゃっほお!」

《っ、あいっかわらずレディのエスコートがなっていませんわね!》

《うぅ、下部銃座なのにっお空が足元に~~!?》

「みんなもオレの飛行機、じゃなくて浮遊艇さばきに慣れてきたね!」


 ぐんぐんと地面が近づく、近づくっ。

 くくっ、蟲ごときがついてこれるかなぁっと殺気!


「油断大敵ってねェ!」


 小刻みに操縦桿とフットペダルを動かし、飛んできた溶解液をチョンチョンッて避けて、避けて、避けてまくって――さぁ。


「レディ、お連れの方も一曲踊りましょうか」

《キザなことは後で言ってくださいまし!》

《あはは、ならドレス買いませんと》


 二人とも気合十分、ならオレも微力をつくしますか。

 ただひたすらに、彼女たちの未来を守るためにも。



 あの日、あの人達に言い放ったとおりに……

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