エンブリオ空戦記 ‐異界のエース・オブ・エース、二人の鳥人少女と浮遊艇を駆り、仇なすものを落とす‐

尾道カケル=ジャン

第1話「一段落したその先で」

 若返ったおかげか、冷風が前に比べて心地良く思えっやっぱサブッ。


「何歳になっても、開放式の操縦室は寒くてイヤすぎるっ。地上を一望できるのだけはいいんだけど……」


 いやまぁ、この解放感は視認性のためなんだけど、でもやっぱり……

 なんてグチりながら、着ている防寒着をぽふっと撫でてみる。


「ハルミがくれたコレ、なかったら今頃凍え死んでたかもね……っ」



 ――温かい? ふふっ、ありがとうございますわ

 ――換毛期のかゆさも、この時のためなのでしょうね……

 ――空にいる間は、これを私だと思って――



 コーヒーと石けんの香りがした、気がする。

 ぶわりと、熱がこみ上げてくる。


「くっ、っ……」


 若返った肉体は健康そのもの、けれど常識は大人と同じだから……


「ふんっ、はぁッ!」


 子供に向けてはいけない感情を小さく叫んで吹き飛ばす。若々しくあるのはいい。だけど、こればっかりは嫌いだ……



 ――開放された操縦室は風が吹きすさび、加えてエンジン音がやかましい。

 小さな叫びは同乗者たちに聞こえない……なんて油断したオレはバカだった。



「っは!?」

「あら、どうされましたの?」

「おやおや、慌ててどうされたんでしょうかね~」


 気配を感じ振り返れば、二人の少女が遠慮なく操縦室に入ってくるところだった。

 っていうかオレ、近づく気配に気づかないとか油断、いや信頼し過ぎだろさすがに!?


「あいかわらず寒いですわね。あっ、もしや風邪を引きましたの?」

「い、いいやハルミ、風邪は引いてないよ。あと今日もお嬢様言葉が素敵だよ」

「あら、ありがとうございます……ナオには何か言ってくれませんの?」

「……変なことはシてないよ」

「へぇ? ……うっ」


 風神に誓ってみせる。そう意思を込めて二人の少女……よく分かっていないハルミはまだしも、からかってきたナオの目を特に見つめる。


「よく分かりませんが、あなたのことは信頼しているので大丈夫ですわ」

「ハルミ様!? う、うぅ……」

「どうされましたのナオ」

「からかってすみません、ミーティア殿……」

 ん、素直に謝れるのならヨシッ。

「親友同士のじゃれあいってことでひとつ。距離感つかむのはこれからだしね、っくし!」

「……やはり、私たち鳥人のように羽のないあなたでは」

「ハルミ様、あまり近づかないでって近いですよ!?」


 なにか憂いていると思ったら、いきなり迫ってきたハルミ。ふわりと石鹸とコーヒーの香りがただよってきて、目が冴えて、さらには……我慢しろオレの若返った体ッ。


「防寒着の具合はどうです、寒かったりしません?」

「っ、だ、大丈夫ですよハルミ様っ」

「そう……本当のようですね。なら、良かったですわ」


 ほっと、心底安堵した様子のハルミ。

 鳥人特有の羽毛の生えた長耳を、カギ爪が鋭い指先でいじる姿は嬉しそうで……はぁ。アレコレ衝動に駆られる自分がバカらしい。


「換毛期に羽を溜めていたのはこの時のため。ふふ、私なんかの羽毛が役に立って嬉しいですわ」

「よかったですねハルミ様」

「えぇ!」


 ぴょこぴょこはねるハルミからは、オレへの心配性が抜けたようだった。

 ふぅ。さて、これで万事解決……


「ところでミーティア。浮遊艇では機長であるあなたが一番偉いと決めましたね」

「ん? うん、そうだけど」

「部下に様づけするのはどうなのですか」


 えぇ? えぇと、邪念があったからついへりくだっただけ、なんだよなぁ。何とかごまかさないと。

 チラと、ナオに協力してと目配せしてから……真面目くさった表情で口を開く。


「なんだかんだ雇い主ですから」

「……ぷふっ。なんだかんだですってハルミ様」

「ふんっ、所詮わたくしはその程度の女……っておだまりなさいナオ!」


 ナオにノリツッコミをしてみせるハルミ。

 どうやら気がそれたようだ。うん、後でナオにはお礼しないと。


「何もないのでしたら構いません。しかし、いつウロコムシが襲ってくるのか分からないのです、油断なさらぬよう」

「危険な存在ならすぐ気づくよ」

「それは……私たちは危なくないと?」

「当たり前じゃん。むしろ頼もしすぎて、日々の鍛錬をサボっちゃうくらいだね」


 そうリップサービスしてみるけど、貴族令嬢のハルミ相手にはかなり安っぽいよね――


「あらあら、うふふ」

「……お貴族様なのに、この程度のおべっかで喜んでいいの?」

「いいではないですか、ふふっ。あぁ、嬉しいことを言ってくれたあなたのこと、もっと気づかってあげましょう……本当に、具合が悪かったりしませんの?」


 いや、もう心配性はいいから……そう言いたかったけど、今までのオレの所業を振り返ったら、こうなるもの当然か。


「ミーティア?」

「いや、なんでもない。それと何度も言うけど、大丈夫なのもそうだし、年頃の女の子が気安く近づいちゃダメだからね」


 男のオレの肩に手を置こうとしたのを、ハルミは小さくため息をついて……

 いたずらっぽく微笑んだ。


「ナオとは。このヒトとは仲良さげに目配せしてもいいのですか?」

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