第33話 いばらの道
手にする宝剣『
そして、その剣を帯びし王の側には、常に銀髪の少女が控えている。
無論、我が麗しの『黒薔薇の剣姫』ネイローザの事だ。
ご先祖様の慈悲によって盗賊から騎士になり、そして、現在に至る。
僕の爺様の爺様のそのまた爺様の時代から、実に長い旅路だ。
「そう言えば、そのご先祖様は早くに亡くなったって聞いたけど」
「そうです。トリストラム陛下は病を得られ、三十手前でお亡くなりになってしまいました。まだ一歳にもならない乳飲み子を残して」
「だったよね。んで、王位継承に関して、かなり揉めたんだっけ?」
ゆうに百年は昔の話だが、今なお“生き証人”が存在するのは、これ以上にない歴史の授業である。
ネイローザから何度も聞いた話だが、彼女の話であるならば何度でも聞こう。
「はい。さすがに乳飲み子に王位を継がせるのはどうかという横槍が入りまして、トリストラム陛下の従弟にでも譲られてはどうか、という話が持ち上がりました」
「まあ、いくら国王直系とは言え、乳飲み子を王位に就けるのは
「ですが、陛下の尊き血脈を受け継ぐたった一人の御子です。必ず王位に就けねばと、私も、当時の王妃様も必死で駆け回りました」
「んで、その従弟が“代王・摂政”としてひとまず国政を預かり、御子が十五歳になってから正式な即位って流れだっけか?」
「まあ、先方は早々に裏切り、決定を強引に覆そうとしました。乳飲み子に暗殺者を差し向けるという、卑劣な行いで」
「ネイローザはずっと御子の側にいて、次々差し向けられる暗殺者から守っていたんだよな」
その時から、ネイローザは王国の為に戦い続けてきたのだ。
幼子を抱えてそれを庇い、襲い掛かる刺客から恩義ある王の遺児を守り続け、最終的に即位まで漕ぎつけた。
その後も幾度となく国内はもめたが、その都度ネイローザは奮起し、今僕がこうしてそのご先祖からの血脈を維持し続けている。
生半可な覚悟では、到底なし得ぬ事だ。
(それこそ、ネイローザは王が崩御した際に王宮を辞去する事も出来た。拾われ者の
百年以上もそんな生活を繰り返してきたのが、目の前にいる『黒薔薇の剣姫』だ。
我が国の平和と安定のため、少女のごとき姿の矮躯で駆け回り、守り抜いてきた。
ああ、君が僕に向けている笑顔が、途轍もなく眩しい。
歴史の重みすら、君の姿を見れば軽く思えてくる。
「ネイローザ、この剣もまた、ずっとその持ち主と共に守って来たんだね?」
「はい。トリストラム陛下から数えて、殿下で七代目。その剣を帯びた皆様方、ずっとお側におりました。皆、何をしてきたか、どんな方だったか、今でも目の前にいるかのように思い出せます」
「なら、僕もその列に加えてもらってもいいのかい?」
「もちろんです。殿下には、高貴にして正統なる血脈と、王に相応しき実力がございます。あと、僅かに足りないのは、地位に対する自覚や意志でありましょうか」
「フフッ、これは手厳しい」
確かに、指摘された通り、僕の気持ちはまだ揺らいでいる。
ネイローザが何よりも大切にしてきたこの国の事を思うと、自分の抱える欲望の矮小さが際立つ。
目の前の黒薔薇を手にして、伴侶となり、心行くまで愛でる。
そうしたい思いは変わらないが、それでは国が傾いてしまう。
先程聞いた話のように、王位をめぐる骨肉の争いが起こりかねない。
正統なる血筋、というものを人々は求め、そこに安定性を見出す。
長く続いてきたわが国の繁栄は、王家と共にある。
その王家がさらに続けば、国の繁栄もまた続く事だろう。
だからこそ、人々は王家の存続を望み、悠久の平和と安定を願って止まない。
「宝剣を受け取った以上、僕がその正統性、連続性を維持していかなければならない。そうだね?」
「その通りでございます! 正統性は、トリストラム陛下より続く高貴なる血統! それを維持するために、じきに御結婚なさるのですから」
「そうだね。でも、僕は……」
喉元まで出かけた言葉を、僕は必至で押し留めた。
「僕が好きなのは君だ」とでも言えば、ある意味で楽になるだろう。
しかし、その言葉はネイローザを落胆させる。
彼女を抱き締めることは、王家の血の断絶を意味するからだ。
子を成せない者を伴侶に迎えては、そこで“未来”が無くなる。
正統性、連続性がそこで途絶えてしまうのだ。
(言ってしまいたい! 君が好きだ、と叫びたい! だが、それは許されない! それでも、僕は……!)
僕は意を決した。
このどうしようもない願望も未練とも言い難い感情を、断ち切るために。
「ネイローザ、就任祝い、などと言うつもりはないが、僕の我がままを聞いてはくれないだろうか?」
「いかような事でございましょうか?」
馬鹿げているとは思うが、これは避けては通れない道だ。
成功すれば彼女を抱きしめ、失敗しても彼女を侍らせる。
なんとも贅沢な話だが、これが考え付く最良の手段と信じればこそ、だ。
そして、僕は君に告げた。
「僕は『黒薔薇の剣姫』に決闘を申し込む!」
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