第34話 王子の覚悟

「僕は『黒薔薇の剣姫』に決闘を申し込む!」



 結局のところ、僕の願いを叶えられる唯一の手段は、“決闘これ”しかない。


 彼女を力ずくでねじ伏せ、強引に王宮より連れ出し、駆け落ちをする。


 この方法しか、願いを成就させることはできない。



(よくよく考えてみれば、少女を力ずくでものにするなんて、とんだ痴れ者の発想じゃないか。度し難い大馬鹿だよな、僕は)



 しかし、見た目こそ少女の姿をしたネイローザではあるが、その中身は我が国どころか近隣諸国にすら武名を轟かせる最強の騎士。


 それに一対一サシで決闘を挑むなど、蛮勇にも程がある。


 僕の願いを叶えるには、それでも通らねばならないいばら・・・の道なのだ。


 そんな悩める僕に対して、君はどこか物悲し気な笑顔を向けてくる。



「先程の御父君に感化されましたか?」



「珍しく素直にな。今日一日で、父に抱いていた像がガラリと変わったよ。皮肉屋で、冷淡、冷徹な王と思っていたけど、それはあくまで表面的な事だ。君に勝ちたいと思い、四十年も挑み続けるほどに“諦めの悪い男”だったんだ」



「はい、そうですね。御父君は冷ややかに見えて、誰よりも熱い魂をお持ちの御方です。この国の繁栄のために、誰よりも心を砕いて来られました」



「それを今度が僕が担う事になる。そう遠くない未来にね」



「その宝剣を手にするとは、そういう事なのです。よくぞご決心くださいました」



 ここでネイローザはその王の証たる剣を持つ僕に、恭しく頭を下げてきた。


 この剣を挟んで、出会いと別れを繰り返してきた彼女だ。


 詰め込まれた想いと言うものは、僕の想像を超えている事だろう。


 決意、覚悟という点では、剣の腕前以上の開きが、僕と彼女にはある。


 今からの決闘は、その迷いを断ち切るための“儀式”とも言える。



「でも、僕にはまだ固まっていない。だからこそ、今日、この瞬間にその迷いを断ち切ろうかと考えている」



「そのための“決闘”というわけですか」



「もちろん、受けてくれるよね?」



「断る理由はありません。……いざ!」



 そう言うと、ネイローザは腰に帯びている剣を抜いた。


 先程、父との決闘に使っていた細剣レイピアだ。


 訓練用なので、刃は丸みを帯びた物ではあるが、それでも切られたり、突かれたりすれば、木剣以上に痛い事だろう。


 それでも僕にとっては超えねばならない壁であり、やらねばならぬ儀式でもある。


 燭台の明かりに照らされたネイローザと、その手に持つ剣は実に神々しい。


 一切の迷いもなく、ただ恩義と忠義を尽くしてきた存在のみが放つ気配とも言える。


 そんな神にも等しい彼女を倒してこそ、彼女を手にする事が出来る。



(届く事はないだろう。その遥かな頂の上に立つ君には……。それでも、僕は君に挑もう。勝っても負けても、僕の望みが叶うのだから)



 勝てば、彼女を攫ってこの王宮を出る。


 そうすれば、僕は君と夫婦の誓いを立て、伴侶として共に歩んでいける。


 負ければ、僕は王として王宮に残る。


 そうすれば、君は騎士として僕の側に侍り、主従の別はあれど共に歩んでいける。


 どちらになろうとも、君と歩んでいく事には変わらない。


 僕の抱いた恋心、それが成就するか、君自身によって消されるか、それは決闘を経ずして得られる答えではない。


 男女の逢瀬としては物騒極まりないが、僕にはこれ以外に答えを導き出せる術がないんだ。



「……じゃあ、始めようか」



 そう言って、僕は彼女からゆっくりと離れていき、その間がおおよそ十歩といったところで足を止める。


 手にする武器はあえて宝剣『慈悲深き王者の剣クルターナ・トリストラム』。


 これもまた元は訓練用の刃引きの剣。おまけに、あちこち刃毀れしていて、切っ先も失っている“なまくら”だ。



「その剣で、国の宝で、この私との決闘ですか」



「ま、一種のゲン担ぎというやつだな。ご先祖様もこの剣で戦って、ネイローザを“物理的”に説き伏せたんだろ?」



「なるほど。それもそうですね。とはいえ、王権の象徴、王家の至宝だと知りながら、敢えて用いるその大胆さ、今日一日で見違えるほどの成長しましたね」



「男児三日会わざればってやつかな」



「三日どころか、一日も経っていませんが、間違えなく心構えは変わられました。指南役としては、よくぞここまで変わられました、といったところでありましょうか」



 そして、ネイローザは構える。


 剣は右手でしっかりと握り、右足を半歩下げて、身体は前傾姿勢。


 彼女お得意の高速での突きを狙っているのは一目瞭然であった。



(僕と彼女の空間的余裕は僅かに十歩。しかし、彼女の俊敏さは常軌を逸して、ほんの一呼吸で間合いに飛び込んでくる。そして、その速度を活かすための、最短最速の突き。常人ではまず対応は不可能)



 先程の父でさえ、事前に来ると予測し、盾を構えて防いだくらいだ。


 今の僕には盾がないので、あれの再現は不可能。


 と言うか、盾の技術はおざなり・・・・なので、使うと却って全体的な安定感が悪くなるという危惧がある。


 それを踏まえて出した結論は、恐ろしい程大胆なやり方だ。


 今までの自分ならば、決してそんな事はやらないだろうと思うほどの構え。


 まず剣を鞘から抜き、鞘を足元に捨てて柄を両手で持ち、頭上でピタリと止めた。



(そう。ネイローザを倒すために考えた構え、それは“大上段からの打ち落とし”!)



 彼女の構えから、真っ直ぐ突っ込んでくるのは分かっている。


 そこを打ち落とし、突っ込んでくる勢いに圧されないように叩き付ける。


 動き回っていては、どのみちネイローザの足には勝てないし、却って惑わされるのがオチだ。


 ならば、敢えて足を止めて迎え撃ち、初撃で決する事こそ唯一の活路。それが僕の結論だ。


 しかし、そんな僕の態度に、ネイローザは少し笑ってきた。



「殿下、いけませんわね。ゲン担ぎと言いながら、そのゲンを投げ捨てるとは」



「どういう意味だい?」



「鞘は剣を納める場所。勝者は勝鬨を上げ、剣を鞘に戻すものです。帰る場所を失って、どうなされるおつもりですか?」



 笑ってはいるが、その言葉は厳しい。


 決闘を挑みながら勝つ気はないのか、勝負を投げたのかと、冷笑された気分だ。


 しかし、僕の決意は変わらない。


 大上段のまま、ネイローザの放つ一撃を待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る