第30話 父からの贈り物
父とネイローザの
終わってみれば何の事はない。ネイローザの圧勝とも言える。
終始優勢に戦いを勧め、父が最後に放った必殺の一撃をも軽くいなした。
体から流れ落ちる汗の量が、勝者と敗者のそれを分けているかのようだ。
そして、父は途中から見学していた僕に視線を向けてきた。
しかも、今まで見た事もない穏やかな表情で。
「人払いをしておいたのだがな」
「確かに、国王が臣下と真剣勝負をして、無様に負ける様は他人には見せられませんわな」
「分かっているのなら、さっさと退出せんか」
「そうは参りません。後学の為にも、是非見学してその技を見ておきたかったのですからね」
実際、この二人は強い。僕の乏しい語彙力では、凄まじいと表現するよりなかったくらいだ。
ネイローザが父は強いと言っていたが、それをはっきりと見せてもらった。
目の当たりにするまで信じられなかったが、こうして見せて貰った以上、評価せざるを得ない。
嫌いな父であろうと、強い者は強いと評さねば、僕の目利きが疑われる事にもなりかねない。
(最低でも、あれを超えるくらいにならなくては、話にもならないという事か。道は遠いな)
父は強かった。
だが、ネイローザは更にその上を行った。
単純にそれだけの話なのだが、その果てしない道のりを行くには、相当な覚悟をも必要とするのを改めて認識させられた。
「……まあ良い。来たついでだ。お前に渡すものがある」
「おや、父上から贈り物とは珍しい。明日は雪でも降りますかな?」
「雪が降るのは今少し先だ、馬鹿者」
冗談を飛ばしても、真面目に返してくるのはいつもの事だ。
根の部分はやはり、真面目な一本気。
そう考えると、普段僕に放つ皮肉や嫌味も、ある種の鍛練ではないかと思う。
少なくとも、そう感じる程に今は考察ができるようになっている。
(あるいは、真面目過ぎて、融通の利かない不器用な人間なのかもな)
ネイローザの話では、父は真面目なのだという。
斜に構えて、騙せるようになれと諭すと、実際にそうなったと言っていた。
教師の教えのままに、真面目に課題をこなす生徒。それがあるいは若かりし日の父の姿かもしれない。
年季を重ねて、それが自然体になるほどに修練を重ね、その集大成が先程の決闘なのではと考えてしまう。
真面目で不器用。そう考えると、今までの父の皮肉の数々もまた、溜飲が下がる思いだ。
「ほれ、お前にやる。受け取れ、息子よ」
そう言って、父は椅子に立てかけていた一本の剣を握り、それを無造作に投げてきた。
いくら鞘に収まっているからと言って、剣を投げて寄こすなど、扱いがぞんざいに過ぎる。
しかも危ない。
鞘が外れたらどうするつもりだと、飛んで来る剣をしっかりと見ながら空中で受け取った。
そして、目を丸くして驚いてしまった。
なにしろ、その剣には見覚えがあったからだ。
金と銀が丁寧に折り重なった豪華な鞘と、柄の先に大きな赤い宝玉がはめ込まれた剣。見紛う事無き“あの剣”であると確信した。
「父上! これはなんなのですか!?」
「知らぬわけではあるまいに」
「そうではありません! この剣を、なぜ僕が受け取るのかという事です!」
「すでにその剣は、私にとって無価値な物に成り果てた。ならば、その剣を持つに相応しい、私以外の誰かに託さねばならん」
「そ、それはそうですが……」
確かに、今受け取った宝剣は色々な意味で“重い”のだ。
単純な金額的な意味、歴史的な価値、その裏付けとなる由来。
その全てが“重過ぎる”のだ。
「ですが、この剣……。我が国の王権そのものと言っても差し障りのない
「そうだ。その剣を受け取った意味を考えよ」
きっぱりと言い切る父であるが、本当にこの剣は“重い”のだ。
(そう。この剣を持つ者が国王を名乗れるほどに重い。王権そのものと言っても良いほどの宝物。これを帯びることが許されるのは、国王か、あるいは何かしらの理由で国王より全権を与えられし者、“
僕に王位を譲る。
少なくとも、国政の統括を僕に任せるという意味に他ならない。
宝剣の譲渡はその意思表示としか受け取れないほど、象徴的な出来事だ。
そう考えると、あまりにも重過ぎる内容の話に、受け取った剣を落としてしまった。
ガシャンと剣が床に打ち付けられる音が響くが、とんだ醜態である。
ここは格好良く「謹んで拝命致します」とでも言っておけばいいものの、頭の中が混乱しすぎて処理が追い付かず、“王権”を落としてしまった。
堕ちたる剣に、僕と、父と、ネイローザの視線が集中するのも当然と言えた。
(無様! あまりにも無様! というか、今日一日で何回頭が焼き切れた事か! 状況が二転三転しすぎている! 誰か丁寧に説明してくれ!)
結婚話から始まった今日の混乱は、夜になっても収まる事を知らないようだ。
少なくとも、僕はそう感じるのであった。
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