第27話 彼女への評価
王宮の廊下を早足で進む。
すでに日が沈み始め、徐々に夜の闇が広がりつつある。
来たくもない父の、国王の執務室に一日に二度も足を運ぶなど、これまでにはなかった出来事だ。
(今までなら、こんな真似はしない。ああ、結局のところ、嫌でも“結婚”について、意識をしてしまっているという証か)
もちろん、今でも結婚は破談にしてしまいたいと考えている。
会った事もない姫君なんぞよりも、すぐ側に咲き誇る黒薔薇の方が断然魅力的であるのだから。
いつでも彼女に告白をして、求婚できるように席の隣は空けておきたい。
結婚してしまっては、それも叶わないというものだ。
しかし、現実はそれが許さない。
王族としての責務が、僕の願いをことごとく退けてしまうからだ。
(ならばいっそ、愛妾や寵姫として、側に置く事はできないものだろうか?)
嫁いでくる姫君は“義理”や“責務”としての結婚と割り切り、男として愛情を注ぐのはネイローザとする。
とんでもない阿呆な発想だとは自覚しているが、今やそうせざるを得ないほどに道が狭まっている。
修練を重ね、彼女を力ずくでねじ伏せるための時間が、あまりにも少ないのだ。
結婚前にそれを成そうとすれば、輿入れの予定されている春までに、彼女を超える力を手に入れなければならない。
無論、研鑽の努力を惜しむつもりはないが、それでも届かない可能性の方が遥かに高いのだ。
最強の騎士にして、優れた魔術師。言葉で表すのには優しいが、その実力差を埋めるのは易しくはない。
今日のダンスの稽古もそうだが、武芸の鍛練にのみ時間を割けないというのも、本当に煩わしい。
全てを彼女のためだけに捧げ、そして、“王子”としてではなく、“一人の男”として彼女を振り向かせたい。
そう願って止まない。
そのために、彼女を寵姫として迎えるために、国王の許可を取りに来たというわけだが、却下される可能性は高いと見ている。
(まあ、彼女は最強の騎士であるわけだし、先頃も戦場に出ていたほどだ。それを寵姫だなどと言っても、鼻で笑われるだろうな)
しかし、父がどういう反応を示すかは見ておきたい。
それ次第で、今後の動きもまた変わって来るのだろうから。
そんな事を考えていると、執務室の前に到着した。
歩哨として、近衛騎士の一人が扉の前に立っていた。
今朝方、僕を呼びに来た男だ。
「これは殿下、このような時間に珍しい」
「父に話しがあるんだ。取り次いでくれ」
「申し訳ございません。陛下は今、席を外しております」
「珍しいな。普段の夕食には早いぞ」
父は忙しなく執務に当たっている事が多いが、そのため夕食を食べる時間が遅くなることも多い。
いずれ自分もそうなるのかと思うと、少しばかり気が重くなる。
父は皮肉や嫌味で僕を笑い飛ばしてくるが、それでも国王としてはまず間違いなく立派な存在であることは認めている。
朝早くから夜遅くまで、国をよりよくするために余念がないのであるからだ。
日々の雑務を黙々とこなしている点は、称賛に値する。
僕にも家臣にも厳しいが、自分に対してはより厳しい。
だからこそ誰も文句を言わずについてくるし、僕も嫌々ながら父の言葉を受け入れたりしているのだ。
(もちろん、今回ばかりは全力で抵抗するけどな)
ネイローザと歩む
到底、僕は受け入れることはできない。
王族としての責務がある以上、致し方ない事だとは思うが、せめて“裏道”くらいは舗装しておきたいというのが今の僕だ。
情けない限りであるのは承知しているが、全てを投げ出せるほどの勇気も、あるいは逆に王族としての責務を放棄する事も、もしくはネイローザを攫って行く実力も持ち合わせてない以上、もうそれしか手立てがない。
今日一日で、神経がどれほどすり切れたかと考えると、苦笑いの一つも出てくるというものだ。
「いえ、殿下、陛下は食堂では無く、鍛練場の方へと向かわれました。ネイローザ殿を伴って」
「え? 父が、ネイローザと……、しかも鍛練場に?」
時間、場所、随伴者、どれもこれもが父らしくないと思った。
何を考えているのかさっぱり分からない。
(いや、待てよ。ここは逆に好機かもしれん)
僕にふとした閃きが起こった。
あの二人が揃っておらず、しかも二人をよく知る人物が目の前にいる。
これは好機だと感じた。
「なあ、少し聞いてみたい事があるのだが」
「何でございましょうか?」
「お前も騎士の一人ではあるが、ネイローザの事をどう思っている?」
ここで僕は騎士にネイローザの事を尋ねてみた。
僕はネイローザの事を愛おしく思っているが、周囲はどうかなど今の今まで考えた事もなかった。
結婚話が出て、思い切り意識し出したというのもあり、彼女の周囲の評価や風聞が気になって仕方がなかった。
少なくとも、今日のダンスの師範を勤めた年配の女官は、ネイローザに対しては好意的に見ている風なのは分かった。
では、同じ“武官”からの視点はどうなのかと、そんな事が気になったのだ。
「無論、我ら騎士の中では、目標とすべき存在です。私自身、修練で彼女とは手合わせした事もございますが、未だに勝ったためしがございません」
負けた事を堂々と言えるという事は、特に気にしてもいないという事だ。
同じ武官として嫉妬の類はなく、かといって僕のように異性として意識している風でもない。
純粋に“武人”として尊敬している。そういう風に感じた。
「他の騎士やなんかもそうなのかい?」
「そうでございますね。皆、ネイローザ殿を尊敬しております。もちろん、武官だけではなく、文官の方々も一目置いておりますね」
「そうなのかい?」
「はい。なにしろ、書庫や倉庫に何があるのかを全部把握しておられますので、探し物をする際には、よく話を聞くそうです。かつての資料や記録の類も、全部頭に入っているようなので」
「年季が長いからな~。文官としても十分通用するレベルか」
なにしろ、爺様の爺様の、そのまた爺様の代から、彼女は王宮に出仕しているのだ。
王宮の事は誰よりも詳しく、まさに“生き字引き”と言ったところだろうか。
(つまり、武官のみならず、文官からも頼りにされる存在というわけか。女官からの印象も良いようだし、完璧超人だな、ネイローザは)
改めて話を聞いてみると、やはり彼女の万能ぶり、有能ぶりは凄まじいと意識させられる。
僕にしてみても、剣術のみならず、史学の指南役でもあるのだ。
しかも、要所要所で諭すように
つまり、王族だけではなく、宮仕え全員からも慕われ、あるいは頼りにされているという事だ。
(う~ん。ますます駆け落ちがやり辛くなるな~)
そんな事をすれば、冗談抜きで国を傾ける事になりかねないと、改めて思い知らされる事となった。
やはり、現実的な道筋としては、彼女を愛でようと思えば、寵姫、愛妾が精いっぱいという事なのだ。
「しかし、彼女が宮中の皆から慕われているのが分かって安心した。やはり彼女はこの国に無くてはならない存在なのだな、とそう思った」
「……いえ、実は一人だけ、ネイローザ殿を嫌っている人物がおります」
「なに……!?」
騎士の口から聞き捨てならない台詞が飛び出した。
なお、騎士の方はうっかり言ってしまったという感じで、慌てて口を塞いだが、それはもう遅いと言わざるを得ない。
しっかりと僕の耳に入り、頭に刻み込まれたのだから。
「誰なんだい? そのネイローザを嫌っている奴ってのは?」
「そ、それは……」
「大丈夫、周囲には誰もいないし、僕は誰かに吹聴する趣味もない」
まあ、本当に聞くだけのつもりだ。
あんな素晴らしい彼女を嫌う奴なんて、どんな馬鹿か知っておきたいだけだ。
どうせ、目か頭か、どちらかが悪いのだろうけど、後学のために知っておきたいという、純粋な好奇心からくるものだ。
騎士は周囲をキョロキョロと探り、本当に誰もいないかの確認を取ってから、僕に小声で耳打ちしてきた。
「その人物とは、殿下の御母君……。つまり、亡くなられた王妃様の事です」
騎士より告げられた意外な人物とは、まさかの母親。
母がネイローザを嫌っていたとは、思いもよらない事だった。
結婚話に次ぐ、今日二番手の衝撃的な話だ。
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