第26話 未来と愛情
結局、なんやかんやで夕刻までダンスの稽古をするハメになった。
ネイローザの鋭い視線がある以上、やはり手を抜くのは
表面的には問題なく踊れるようになっていれば、剣術の稽古に打ち込んでも、文句はなかろうという思惑もある。
自覚している事ではあるが、踊り手としては不真面目なのだが、武芸の調練をしたいという自らの願望には逆らえなかったのだ。
極めて利己的な理由によるもので、生徒としてはろくでもない話だと自嘲した。
「では、剣を元に戻してきますので、これにて失礼いたします」
稽古の感想でも聞こうとしたら、ネイローザは飛び跳ねるウサギの如く辞去していった。
踊りの稽古の間は、広間の隅でジッと立ち、こちらを観察していたが、終わった途端にこれである。
(内心、ネイローザも退屈していたのかもな)
剣舞の後は特に何かするでもなく、ただ見ていただけ。
苦言、助言は必要ないとの評価かもしれないが、それを聞こうにも当人は走り去った。
今日は特に忙しないなと、消えてしまった麗しい妖精の姿を想像した。
「殿下、お疲れ様でございました」
悶々としていると、年配の女官が話しかけてきた。
こちらも特に言うこともなし。
たまに細かな点を指摘する程度であった。
「殿下、踊りが下手だと伺っていましたが、そんな事はござきませんでしたね。午前と午後とで、見違えるような変化がありました」
「そりゃどうも。と言うか、お目付け役の視線が痛くて、真面目にやっただけさ」
「フフッ、ネイローザ殿がそんなにお怖いですか?」
「剣舞の切り上げ合図となったあの突き、見ただろ? とても防ぎきれん。きっちり折檻されたってところか」
「早く一人前になってほしいのでございましょう。殿下の指南役なのですから」
「不肖の弟子ではあるがな」
「しかし、苦手な踊りもかなりものになりましたし、脅しの効果はあったご様子。明日もビシビシしごいてもらいましょうか」
「勘弁してくれ」
実際、程々にしてほしいとは思う。
剣術の稽古ならいざ知らず、ダンスの稽古でビシバシしごかれるのは御免こうむりたい、というのが本音だ。
あくまでダンスは余技、あるいは必要最低限の作法程度に止めておきたい。
古典や伝統に通じているのは、知識としては必要なのかもしれないが、それに首ったけになる事はない。
(そう、僕が首ったけなのは、黒い薔薇だけなのだ。それを振り向かせることができるのは、ただ純粋な“力”だけだ。剣がそれを表していると言っても良い)
理想を言えば、王族の責務を全て放り投げて、ネイローザと駆け落ちでもしたい。
何も考えず、ただただ麗しき黒薔薇を愛でていたい。
しかし、それが叶わない事も重々承知しているが、それを唯一可能とするのが力ずくで彼女をねじ伏せることだ。
(まあ、それも茨の道なんだけどな~。腕前の差が一向に縮むようには思えないし、それは先程の剣舞での動きで一目瞭然だ。王族の責務として、望まぬ結婚をしないといけないのだろうか)
本当にやるせない気分だ。
僕の初恋はネイローザであり、それは今も変わらない。
小さかった頃から、今の今まで、君以外の女性に興味も欲情も抱いた事がない。
これからもずっとそうだろう。
例え、花嫁がやって来て、結婚する事になろうとも、僕の心は常に久遠に咲く黒き花にのみ注がれると言っても良い。
だからこそ、嫁いでくるという花嫁が哀れで仕方がない。
僕が思うのもなんだが、彼女が愛される事はないのだから。
(……いや、いっその事、割り切ってしまおうか? 子を産むのは花嫁で、僕の寵を受けるのはネイローザだと。おいおい、とんでもない下衆な発想だな)
僕の我がままを通すのであれば、それが最良なのだろうが、ネイローザも、花嫁も、そのどちらの心を踏み躙っている。
とんでもない腐れ外道だ。
未来を託す者と、愛情を注ぐ者、本来は同一でなくてはならないのに。
(花嫁には子供だけ生んでくれればいいと言い放ち、他の女の所へ出かける。とんでもない話だ。それこそ、後ろから刺してくれといっているようなもんだ)
こんなあからさまな浮気なんて、とても僕の小心な神経ではできないだろう。
そもそも、花嫁の方も混乱するか、怒るかのどちらかではないか。
あるいは、僕の母のようにすべてを投げ打てるほどの“献身”であれば、例え夫の愛情がなくとも、王妃として全うできるとも言えなくもない。
(まあ、母上ほどの聡明で理知的で、心の広い優しい人なんて、なかなかいるとも思えんしな。……よし!)
そして、僕はとんでもない事を思いついた。
それは“父”に聞いてみる事だ。
「愛してもいない妻と過ごすのには、どう向き合えばよいのか」と。
発想があまりにも下衆だ。
なにしろ、嫌っている父の真似事をしようとしているのだから。
しかし、結婚が既定路線である以上、その心得くらいは聞いておきたいと結論を出してしまった僕がいる。
やはり僕もまた、あの父の血を引く息子なのだと嫌悪感が湧いてくる。
それでもネイローザを寵姫とする話を通そうとすると、どうしても国王の権限が必要というのもまた事実。
許可は出ずとも、今後の指針の材料くらいは手に入れられるかもしれない。
そんな馬鹿げた期待を胸に、父の執務室へと早足で向かった。
ほんと、度し難いものだ、僕も、父も、この国の王族すべてが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます