第12話 指南の日々は続く
言いたい事は山ほどある。
ぶちまけたい感情はいくらでもある。
しかし、目の前の“国王”という生き物にはまるで響かない。
本当に
(国王として、国の行く末を第一に考え、繁栄と永続性に思考を巡らせる。それは王としては当然の振る舞いであるし、それをもっとも形にしているのは父上だ。だが、あまりにも、ろくでなし過ぎる!)
やれ、十歳の花嫁を娶れだの。
やれ、女は子を成すための畑だの。
人の心が欠落しているとしか言いようがない。
(そう言えば、かつて世界を破滅させようとした“魔王”も、確か“心”が欠損していた
心がないと言う事は、あらゆる事象に思い入れがないということだ。
壊してしまっても、ただそれだけの事。
執着も未練もなく、ただただ気の赴くままのその日暮らしなのだろうか。
しかも、誰も止められないほどの力を持った絶対者だったのだ。
文字通り、好き放題にやった事だろう。
(そういう意味では、父は魔王っぽくても魔王じゃないな。なにしろ、“国”というものに誰よりも執着しているのだから)
ろくでなしだが、魔王に非ず。
だから安心しろとは言わないが、少なくとも自分にとっては魔王そのものだ。
難題をあれやこれや押し付けて、平然としている姿は腹立たしい。
しかも、“国益”という観点から言えば妥当な判断であり、反論を許さない。
それがまた苛立たせる要因だ。
「ネイローザ」
ここで父が僕から視線を外し、側で跪いていたネイローザに話しかけた。
まるで置物のように微動だにせず、僕と父のやり取りを聞いていた黒い薔薇は、呼びかけに応じてスッと立ち上がった。
その表情は無表情だが、若干不安げな雰囲気も出している。
珍しくその手が微妙に汗ばんでいるのがその証拠だ。
(あんな話を延々聞かされたら、そりゃ誰だって嫌になるさ)
むしろ、感情を吐き出した僕よりも、ただジッと跪いて聞き入っていたネイローザの方が辛かったのかもしれない。
そんな憂う顔もまた魅力的なのだが、今はそれを愛でるように眺める余裕が僕にはなかった。
「ネイローザよ、今まで息子の指南、ご苦労だった」
「はい、勿体ないお言葉です」
「先程も申し述べたが、姫君の輿入れは春になってからになる。それまで引き続き、息子の指南役を続けてくれ。大丈夫だとは思うが、十歳の小娘に後れを取るようなことになれば、我が国の威信が大いに傷付くゆえな」
「仰せのままに」
嫌味か、皮肉か、僕が花嫁の尻に敷かれるとでも言うのだろうか。
まったくもって、発言がいちいち気に障る。
ニヤつきながら見つめてくる視線もまた、こちらの神経を逆撫でする。
ああ、火山のごとく怒りが吹き上げてくる。
ネイローザが見ていなかったら、本気で殴り飛ばしているところだ。
「時に息子よ、お前、
「……ダンスなんぞ、何の役に立つというのですか?」
「伝統という名の儀礼だ。為政者としては、持続可能な範囲で、伝統や文化を維持していく義務がある。昔から続く伝統的なダンスもまた、それに含まれる。王子が、いずれなる国王が、伝統に通じていないというのは、ある種の恥だ。恥をかきたくなければ、舞いの一つでも習得しろと言っている」
「正直、乗り気が一切しませんね」
「するしないではない、やれ。まともに踊れるようになるそれまでの間、武芸の調練を禁止する」
完全に読まれた、と僕は心の中で舌打ちした。
今、僕に必要なのは城を抜け出し、ネイローザと駆け落ちする手段だ。
その手段はもちろん“力ずく”だ。
彼女を打ち負かし、そのまま小さな体を担いで、城を出ていく。
かなり強引な駆け落ちだが、それしかもう望まぬ結婚を回避する手段がない。
しかし、ネイローザはこの国最強の剣士だ。
今朝も調練で僕は彼女に
実力に差があり過ぎるからだが、これを埋めるには、修練に修練を重ねるしかない。
流した汗と、積み上げた時間だけが、彼女との距離を埋めることができる。
もちろん、彼女と一緒に過ごせる時間もまた、重要な要素ではあるが。
しかし、武芸の調練を禁止され、ダンスを覚えろなど、最悪と言わざるを得ない。
彼女との差が一向に縮まらず、すぐに春が訪れてしまう。
それを踏まえた上での、ダンスの練習だなどと父が言っているように聞こえた。
少なくとも、その不敵な笑みの下では、「お見通しだ、大馬鹿者」とでも言っていそうな雰囲気がする。
そんな苛立っている僕を察してか、ネイローザが腕を掴んできた。
急な事であったため僕は驚いたが、その手はごつごつとしており、その感触が僕を現実へと引き戻してくれた。
少女の見た目とは裏腹に、百年の研鑽と数多の戦場を経験してきた、まさに歴戦の猛者。
硬い手はその証だ。
見た目こそ可憐な少女ではあるが、その手は百戦錬磨の武人のそれであり、その異様さが際立つ。
そうまでしても、彼女もまた国のために働いてきたのだ。
(父のやり方を否定する事は、それに応え続けた彼女をも否定する事になる!)
そう考えると、途端に怒りが和らいできた。
ああ、ネイローザ、君は正しいし、それをいつも僕に気付かせてくれる。
本当に、本当に罪深い。
無言のうちに、「父のようになれ」と、そう告げられた気がしてならない。
それは嫌だが、嫌とは言わせてくれない君の温もりが袖越しに伝わってくる。
そして、半ば強引に引っ張られるように、執務室を辞去した。
やりたくもないダンスの稽古のために。
ああでも、そんな嫌いなダンスでも、君となら軽やかにステップを踏めそうな気がしないでもない。
ネイローザ、是非とも僕と一緒に踊ってはくれないだろうか。
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