第11話 心を持たぬ国王

 言葉は通じるのに会話が成立しないとは。


 今日ほど、父親、もとい、“国王”という生き物を嫌悪した事はない。


 いくら利益があるから、国益にかなうからと、常人ならば眉をひそめるやり方を通してくるとは、正気を疑うレベルだ。


 そんな僕の苦悩を嘲笑うかのように、父上は話を続けてきた。



「まあ、それにあれだ。歳の差は、たったの七歳ではないか。ワシと妃の場合、十歳は離れていたからな」



「屁理屈にも程があります! 二十五歳と十五歳の結婚と、十七歳と十歳の結婚を、同列に語らないでいただきたい!」



 皮肉とも、冗談とも、率直な意見とも、どれか判断の付かない父の言葉に、僕はつい声を荒げた。


 母がこの国に嫁いで来たのは、十五歳の時だ。


 すでに幼さなど微塵も消えており、学識も心構えも携えた、才女として名高い女性で、今回とは別の隣国のお姫様だったと聞いている。


 我が国との友好関係を強固にするための嫁入りであり、今回のような人質同然の輿入れとは訳が違う。


 母上は十五歳で、今回嫁いでくる花嫁は十歳。しかも友好の証ではなく、敗戦の象徴としての人質的な輿入れだ。


 条件があまりにも違い過ぎる。


 僅か十歳で親元を離れて、敵国同然の異国へと赴き、頼れる者もなく窮屈な生活を強いられる事になるだろう。


 なにしろ、夫となる男が僕なのだからな。


 最低限の相手はするであろうし、礼節に則った扱いにはなるだろうが、心を偽れるほど僕は器用とは言い難い。


 僕はネイローザ以外の女性を、妻として迎える気はないのだから。


 きっと花嫁がやって来ても、適当に扱う事になる。


 なにしろ、欠片も興味がないし、年齢が年齢だけに、夜伽を命じる事もできない。


 それこそ、一緒に“おままごと”でもやっていろと言うのだろうか。


 嫁いできてこれでは、哀れと言うより他ない。


 父がそうしたように、妃に対して“便利な道具”や“種付けするための畑”程度の態度といったところだろうか。


 それに幼子が耐えられるとは思えない。


 誰しもが僕の母のように、聡明さと忍耐力を兼ね備えているとは限らないからだ。


 この結婚は誰もが不幸になるだけだ。


 いくら歳の差が少なかろうが、僕も、花嫁も、幸せになる事はない。


 こうまで罪深い望まぬ結婚というのも、珍しいのではないかと思ってしまう。



「父上、この際ですから、はっきりと聞いておきたい事があります!」



「何についてだ?」



「あなたは母上を愛していらっしゃったのですか?」



「愛しているわけなかろう。女、いや、王妃などと言うものは、国王にとっては所詮子供を産む道具に過ぎん。種を蒔くための畑、それ以上でも以下でもない」



 ここまできっぱりと言い切れるのは、逆に清々しいくらいだ。


 迷いも躊躇もなく即答。


 本当にこの人には人の心がないのだと、しっかりと認識できた瞬間と言えよう。



「極論を言ってしまえばな、王妃に迎える女性などな、誰でも良いのだよ。それこそ、そこらにいる女官でも、眼下の街の通りを歩いている町娘でも、な」



「子を孕み、次代を担う者を作れればそれでよい、と!?」



「そうだ。王妃の最大の仕事は、王子を産む事だ。それさえ満たせば、誰でもよい」



 きっぱりと言い切る父には、本当に感情がない。


 そうだと考えている事を、さも当然のように語っているのだから、感情の色がないのは分かっていたが、それでもこうまであからさまなのには寒気を覚えるほどだ。


 ここまで“壊れていたのか”、と。



「しかし、王という立場もあり、あらゆる事象には政治的案件が付きまとう。子を成す事に加え、政治的に有利な条件を持った女性を娶った方が、当然ながら都合が良い」



「ええ、そうでしょうね。母上との結婚もそうでしたね。隣国との友好関係、それを喧伝するのに、婚儀は最高の材料ですから」



「そうだ。王妃とは、煌びやかな装飾品でもあるからな。王を引き立てる、そうした役目もある」



「…………ッ! あれほど聡明であり、誰に対しても優しかった母上を、あなたは……、父上は道具扱いすると言うのですか!?」



「ああ、すまぬ、言い直そう。我が妃に対しては、そうだな、『使い勝手の良い便利で高性能な道具』としておこう。感謝している。早くに亡くなってしまったのは、残念ではあるがな」



 客観的な評価が付いた分、余計に人間味を感じなくなった。


 父は本当に“国王”というおぞましい生き物なのだと、改めて思い知らされた。


 当然、僕は完全にキレた。



「感謝、感謝ですか! 母上に対して向ける感情が、妻への“愛情”や“優しさ”などではなく、“道具としての感謝”ですか!」



「子供という未来を紡いだ、母親としての責務。夫の事を第一に考える、妻としての責務。国王を陰ながら支える、王妃としての責務。最重要の三つの案件、その全てにおいて完遂し、結果を残した。ゆえに、残る感情は“感謝”だ。それのどこがおかしいというか?」



「その判断や評価を下せる、あなたの思考がおかしいのですよ!」



「王が王妃に対して求めるものは、責務を全うできるのか、ただただそれだけだ。愛だの優しさだのはいらぬ、不要なものだ。あと、勘違いしているようであるから述べておくが、それを誰よりも認識していたのは、妃なのだぞ」



 分かってやれと、うんざりしている父の顔にこそ、僕はうんざりしていた。


 本当に感情を殺し尽くし、理性と打算のみで動いているのだと思い知らされた。



「王という立場には、“恋愛”などというものはそぐわない。それを誰よりもわきまえていたからこそ、お前の母親は泣き言一つ言わず、天へと召されたのだ。息子として、その意をしかと汲んでやることだな」



「あなたという人は……!」



 想像以上だった。


 父が歪んでいるというか、澱んでいるというか、とにかく常人のそれではない思考の持ち主だというのは知っていた。


 知ってはいたが、それは僕の考えていた以上に、“深くて暗い”。


 本当に、“この国をより良い形で保つ”ということ以外、眼中にないという事だ。


 ただ、それだけのために存在しているかのように、何事にも心揺さぶられず、そこにいる。


 はっきり言えば、“怪物”だ。



「よいか、息子よ。国王にとって最も重要な事は、いかに国を維持していくかだ。ゆえに、お前には最高の指南役を付け、いずれより良き王となれるように仕向けている。ワシの後を継ぐのはお前なのだからな」



「ええ、そうですね。ネイローザもそうですが、僕にあれこれ教えてくれる先生方は、皆揃って名の通った学者や芸達者な者ばかり。日々教え込まれています。その点では感謝しておりますとも」



「愚かな王を戴けば、国が傾き、血と涙で大地が満たされるのだ。そんな状況、お前は望むまい?」



「であるからこそ、感情を捨てて、国のために悪魔に魂を捧げろとでも!?」



「捧げる先は、悪魔ではないのだがな。まあ、いずれお前にも分かるだろう。そのうちに、な。殿下から、陛下と呼ばれるようになれば、いずれ“こちら側”になびく。絶対に……、絶対に、だ」



「なりません! 人を駒として扱い、自身の妻すら道具と割り切り、数字と戦略だけで頭を埋め尽くして、国の舵取りをする。そんな人間味のない王様には、なるつもりは一切ございませんので!」



「国王とはそうなのだ、と早く割り切れ、息子よ」



 皮肉のつもりか、不敵な笑みを浮かべる父に、僕は更なる嫌悪感を覚えた。


 いずれは自分のようになる。王子から国王になればそうなる、と。



(冗談じゃない! 僕はあなたのような冷血漢にはならないからな!)



 国王としては正しくとも、人間としては完全に壊れてしまっている父。こんな存在になってたまるかと、僕はますます意志を固くした。


 そして、視線はまだ跪いて頭を垂れているネイローザに向けられた。



(今日という今日は本当にうんざりした! もう立場なんか知った事か! 僕はこの黒薔薇を連れて、王宮ここから出て行ってやる!)



 望まぬ結婚、望まぬ王位、もう全部放り出してやると僕は決意した。


 彼女が側にいてくれるだけで、僕は満たされる。


 こんな息苦しい場所は、彼女には相応しくない。


 もっとのびのびと生きるべきだ、僕も、彼女も。


 そう思わずには言われないのだ。

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