第7話 ろくでもない話
僕はネイローザを伴い、国王の執務室まで来た。
扉の前には先程の騎士の姿もあり、こちらの姿を確認するなり、部屋の中の父にその旨を伝え、中へと通された。
部屋の中には、執務机で日々の雑務に追われる父の姿があり、幾人かの文官もいた。
そして、僕が部屋に入るなり、無言で手を払い、文官達が一斉に拝礼した後、書類とともに部屋を辞去した。
つまり、人払いだ。
そのため、部屋の中に残ったのは、僕と、父と、ネイローザの三名だけ。
人払いにもかかわらず、ネイローザが辞去しなかった理由は、彼女の特殊な立ち位置にある。
彼女は武官として王家に仕えている
その正式な肩書は“近衛騎士団 零番隊 隊長”というものだ。
近衛騎士の任務は、王宮や王都の警備、それに王族の警護という事になる。
しかし、零番隊の役目は極めて限定的。国王ないしその継嗣の護衛、だ。
しかも、どちらを護衛するかは隊長の差配に委ねる、という独立した指揮権まで持っている。
なお、零番隊の所属員はネイローザただ一人であり、実質彼女のためだけに用意された役職というわけだ。
ちなみに、ここ最近の彼女の日程は、朝、僕を叩き起こして調練を行い、その後もベッタリと張り付いて護衛や教育を施し、夜に教育の経過報告をしに父の下へ赴く、といった感じだ。
流石に戦争の時は、親征する父に帯同して、しばらく王宮を離れていたが、日々の動きはだいたいそんなところだ。
こうして人払いを命じても、彼女だけは僕や父から離れないのは、そうした権限を持っているからに他ならない。
(まあ、そういう意味では、父もまたネイローザを特別視しているという事でもあるんだよな~)
いつから零番隊の役職があるのかは知らないが、ずっと存続しているという事は、父も、御爺様も、そのまた御爺様も、ずっとずっとこれを認めているという事でもある。
単騎であれば、確実に我が国の最高戦力であり、護衛としても教育者としても、得難い人材なのだ。
特別視するのも、当然と言えば当然。
(まあ、僕ならずっと彼女を側に置いておくけどな。彼女に見守られながらであれば、退屈な雑務にも、華があるというものだ)
いずれ生まれてくるであろう息子なんぞに、くれてやるものかとなる。
しかし、行動の自由があるのはいただけない。
零番隊の規約を変えてやろうかと、本気で考えたりもする。
ずっとずっと、僕だけを見てほしい。
抱き締める事が叶わないのであれば、せめてずっとずっと見つめて、その姿を愛でておきたい。
そんな邪な考えを、麗しい黒い薔薇を見る度に思うのだ。
しかし、父の態度はそんな僕の考えなど関係なしに、相も変わらず冷めた視線を突き刺してくる。
「遅かったな。危うく案件を伝えるのが、昼食の席になるところだったぞ」
皮肉、嫌味……、開口一番にこれである。
やはり父を好きにはなれないなと、再認識させられた。
「それで、ご要件とは何でしょうか? 早く調練に戻りたいのですが」
こちらも皮肉を無視して、話を進める。
実際、その通りだ。
こんな男との会話なんてさっさと切り上げて、ネイローザとの訓練という名の楽しいひとときを過ごしたいのですよ、本気でね。
そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、父はニヤリと笑う。
そして、口から出た言葉は、予想通り極めて不快な内容の話だった。
「お前の結婚が決まった。そのつもりでいるように」
最悪で、最低で、耳にしたくもない話であった。
僕は結婚なんて真っ平御免だ! ネイローザ以外とは!
彼女以外を娶るなんてありえない!
しかも、彼女が見ている前でこんな話をしてくるとは、どうにもこうにもこの目の前にいる“国王”という生き物に苛立って仕方がない!
ああ、本当に最悪な気分だ!
今日はとんだ厄日というわけか!
本当に、本当に、今までの人生で一番最悪な気分です、父よ!
こんなろくでもない話を振って来るなんて!
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