第4話 駆け落ちは許されない

 真面目なだけではダメ。人を“騙す”事をしないといけない。


 そう諭された僕ではあるが、正直、嫌悪感しか湧かなかった。


 冷徹な父の事を考えると、自分もああなれと言われた気がしてならないのだ。



(なにしろ、亡くなった母に対しても、父は冷淡であったからな~)



 夫婦仲が悪かったとか、そういうのではない。


 今でこそなんとなしに分かるのだが、“割り切っていた”のだと思う。それも“お互いに”だ。


 女は子を産む道具であり、未来を紡ぐ子を実らせる畑、という感じで。


 記憶にある母の顔はいつも笑顔か、あるいは凛々しい顔をしていた。


 宮中の廷臣から下々の民草に至るまで、誰とでも優しく思いやりのある振る舞いを見せ、人々から慕われていた。


 他国からの輿入れではあったけど、本当にこの国の人々を愛してくれていたのだと、僕は考えている。


 そうした立派な王妃であったからこそ、人々は母を慕い、そして、讃えた。



「良妻賢母という言葉は、王妃様のためにあるような言葉だ」



 誰の言葉だったか、そう評されていた。


 妻として夫である国王を支え、母として僕をしっかりと育ててくれた。


 しかし、それもまやかしではないかと思ってしまう。


 なにしろ、母が病に倒れた時、父は見舞いにも来なかった。


 折り悪く、領内南部において地震が発生し、復旧作業に追われていたと言うのもあるが、それでも一目くらいは見舞いに来るべきだろう。


 結局、父が母の下を訪れたのは、母が亡くなった二日後だった。


 そんな薄情な父に対して、母は一言も文句も泣き言も言わなかった。


 最後の最後まで、“王妃”としてその責を全うしたと思う。


 呼べば来るかもしれないが、呼べば王の仕事の邪魔になる。そう考えた末に、何も言わずに天へと召されたのではないか、と。


 ただやはり、父上は冷淡に過ぎた。葬儀の席でも涙一粒どころか、悲しむ素振りすら父上は見せなかったからだ。



(そう。国王としては、その姿勢は正しいのだろう。自分の妻が病気で寝込んでいようが、まずは国や領民の事を第一に考えなくてはならない。伴侶を失い、悲観に暮れるなど、業務を滞らせるだけであるから、葬儀も淡々と済ませると言うのも分かる。しかし……、しかし、だ!)



 そんな父を見てきたからこそ、それに対する拒否感も強くなる一方だ。


 どこまでも冷淡に、国の事だけを考えねばならない。


 王と言う存在は、実に孤独であり、ままならない立場なのだろうか。


 それにいずれ自分が就くと考えると、いささか億劫にもなろうと言うものだ。



(でも、僕の妃がネイローザだったらいいんだけどな)



 世界で一番美しい黒い薔薇を、妻として愛でる。


 これ以上に無い幸せだ。


 ああ、その輝く銀色の髪を撫で回したい。


 小さいながらも内に秘めたる強靭な心身を、心行くまで抱き締めたい。



(だが、それは叶わぬ夢だと、思い知らされているさ)



 王としての立場を考えると、目の前の麗しい剣姫を娶るというのは、はっきり言えば最悪中の最悪と言わなくてはならない。


 なにしろ、彼女は“成長”が欠損してしまっている黒エルフダークエルフだ。


 ゆえに、彼女の体は少女の姿のままで、百年以上の時を過ごしている。


 つまり、彼女は少女ではあっても、女性ではない。子供は子供を産めないのだ。


 彼女を娶るという事は、血筋を絶やす事と同義である。



(ああ、神はなんと残酷なのだろうか! 僕は目の前の姫君に恋をして、いずれは妻にしたいと考えている。なのに、それを立場が許してはくれない! 王子である僕は、いずれこの国の王様となり、それを繁栄させていく義務を背負う。しかし、いずれは老いて朽ちるがゆえに、次を用意しなくてはならない。僕の血を引くであろう子供、次の王子を、だ)



 結婚して妻を迎えるとは、そういう事なのだと認識している。


 ああ、なんてクソッタレな発想か。


 これでは父と何ら変わらないではないかと、これを理解している、してしまっている自分を嫌悪する。


 まあ、神が残酷なのは言うまでもない。なにしろ、彼女……、黒エルフに祝福と言う名の“欠損”を与えたのは邪神なのだから。


 欠損の対価としての能力の向上。ネイローザの圧倒的な強さは、その欠損の代償として得られたものだ。


 それが良いかどうかは当人しか分からないし、そもそも黒エルフ特有の先天的な事象であるから、聞いてみるのも怖い。


 下手に尋ねて、彼女に嫌われでもしたら発狂しそうだ。



「殿下、いかがなさいましたか?」



 少し考え事をしていた僕に対して、事も無げに君は尋ねてくる。


 まあ、察しの良い彼女の事だ。僕の悩みや思考くらい、察してしまう事だろう。


 不甲斐ない、情けない限りだ。君を愛でたいと想うがゆえに、自身の未熟さを痛感してしまう。


 いっその事、立場を捨てて、駆け落ちでもできたらどれほど素晴らしいことだろうか。


 そう考えた事も、“今”に始まった事ではない。



(でも、駆け落ちなんて、君は認めないだろうからな~)



 君が僕を察しているように、僕もまた君の事を察しているんだよ、ネイローザ。


 この姫君は誰よりも真面目だ。斜に構えろなどと言いつつも、誰よりも真っ直ぐで、純粋なのだ。


 僕のご先祖様に仕えて以来、ずっとこの国のために働いて来ている。


 今こうして僕にしているように、次の世代を担う王子を鍛えて、国王となるに相応しい強さと心構えを教えてくれている。


 そして、いざともなれば戦場に出る事もいとわず、国に仇なす存在をその剣にて屠って来た。


 そんな彼女に「僕と駆け落ちしよう!」などと持ち掛けても、拒否されるのが関の山だ。


 真面目だからこその拒絶。国に恩義があるからこそ、国を損なう行為は絶対に許容しないことだろう。


 なにしろ、次を担うであろう僕がいなくなれば、この国の王位は誰が担うというのだろうか、という単純な話に行き付いてしまう。


 それこそ、王に相応しい性根に叩き直す、としてまたその木剣でボコボコにしてくるのは目に見えていた。



(本当に駆け落ちしたいのならば、彼女をねじ伏せれるくらいに強くはならないといけないよな。そう、最強の剣士を倒し、それを娶るに相応しいくらいの強さを得てこそ、君を抱き締めてやれるんだ!)



 だが、こうして毎日ボコボコにされているだけに、その道は果てしなく遠い茨の道であると自覚している。


 しかも、その茨の道の先にあるのは黒い薔薇。しっかりと掴めば、その棘で血を流してしまう。


 おまけに流される血は、よりにもよって僕ではなく、“この国の民”なのだ。


 継嗣あとつぎがいなくなれば、この国は混乱するであろうし、周辺国も混乱に乗じて動く可能性も高い。


 そうなれば、不幸になるのはこの国の民だ。


 混乱は戦火を呼び、血を見ずにはいられない。


 僕でさえ気付く程度の簡単な図式であるし、君がそれに思い至らない訳がない。


 ああ、ネイローザ、君は本当に罪深い。


 君は本当にどこまで行っても『黒薔薇の剣姫』なんだ。


 僕が独占する事を許されない、世界で一番美しい棘のある花。


 抱き締めたいのに抱き締められないなんて、なんて理不尽なんだ!

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