追憶 2

「八雲様、お二人の松明が見えます」

 時計塔の四方につけられた監視カメラのモニターに映る松明を見、龍一は安堵するように言った。

「……そうか。安全な位置なんですよね?」

「はい。ご安心ください」

 確かに頷いた龍一を見、安堵の息を吐いた八雲は玉座の背後にある扉を開け、不意に立ち止まった。

「八雲様?」

「榊原龍一さん……ありがとうございました」

「先に……お待ちしております」

 深々と頭を垂れた龍一を一瞥し、八雲は扉を抜けた。

 その先は、螺旋階段だけが存在する空間だ。

「行こう、詩」

 遥か彼方まで伸びる永久への階段を見上げ、八雲は言った。

 微かな蒼い照明で照らされた階段を詩とともに上がる。一段一段を踏み締めるたびに詩のドレスが揺れ、鐘の歌声を彩る。

「自分の過ち……改めて気付かされたよ。今更だけど……あの時、彼女がいてくれたのなら、0――愚者のように道を踏み外さず……遥か彼方へ飛べたのかな?」

 問いかけたが、自分の中にいる詩は振り返らない。

 鐘の歌声が次第に小さくなる。だが、終わる前に辿り着けるだろう。

「ただ……君に逢いたかった。ただ……君を取り戻したかった。だけど……君は逝ってしまった。人である間は決して辿り着けない場所へ……」

 最期の一段を迎え、八雲は小さく頷いて踏み締めた。その先には、永久へと続く最期の扉がある。

「僕が人であるうちに……君と結ばれたかった」

 最期の扉を開け、八雲は宵霧湖の中心にそびえ立つ時計塔の頂点に出た。かつて、人身御供が行われた湖の中心に。

 遥かの霧の中には微かに、人の営みを象徴する光が揺らめき、遥か下には飛鳥と水羽の存在を知らせる松明が見えた。

「詩……待たせてごめん。これが……俺たちの結婚式だ」

 目を閉じ、詩を想う――。


 詩は振り返り――ただ、悲しげに目を伏せた。


「ああ……すまなかった……詩……みんな――」


 流れた涙を感じ――握り締めていた小さなスイッチを押した。


 鐘の歌声は消え、時計塔は噴火したように爆発――崩壊した。

 傾いた尖塔と巨大な時計は鐘を引き連れて、自らの下半身を押し崩しながら湖を天へと舞い上げた。そして、最後の爆発が湖の底より姿を見せ、完全に動きを止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る