第玖幕 剥落

 全ての始まりは一九八八年、俺が十五歳の時だった。

 趣味としていた写真をコンテストに送ったところ、偶然にもそれは叢雲精巧社が主催していたコンテストだった。その時に俺は帝二様に見初められた。十五歳とは思えない成熟した美しい写真だと褒めてくださり、賞どころか邸宅にまで招いてくださった。

 ああ……詩……詩……。

 俺はその邸宅で、当時七歳だった詩に出会った。日本人としての心と名前を持っていても変えることの出来ない容姿はコンプレックスでもあった。だけど、詩は俺の容姿をからかうことなく、笑顔をくれたんだ。

 その後、詩が十四歳を迎えた時、帝二様から婚約と叢雲精巧社の代表になってほしいと話があった。もちろん、その話に断る理由などなく、詩も俺との結婚を望んでくれていたため承諾した。

 ハイエナよりも質が悪いマスコミに詩や俺の存在を漁られないようにと帝二様は大友財閥にも協力を要請していて、いずれは精巧社を次ぐ立場でありながらも詮索はされなかった。

 やがて中学卒業と同時に俺は海外留学兼研修ということで日本を離れた。その間の詩は病弱な身体のリハビリに励んでいた。叢雲の次期当主として相応しい夫になる、叢雲精巧社の代表を支える良き妻になる、という互いの約束を胸に、俺たちはそれぞれの時間を過ごしていた。

 そうして月日は流れ、叢雲精巧社と叢雲家の全てを終わらせる事件が起きた。

 一九九七年十二月二十四日。

 クリスマスの一日だけでもいいから逢いたい、という詩からの連絡を受け、俺はその日の夕方に日本へ帰った。俺は二十四歳だが、詩はまだ十六歳だ。デートをするにしても時間は限られている。

 待ち合わせ場所へ急いだ俺だが、約束の時間になっても詩は現れなかった。帝二様と榊原さんにも連絡したが、居場所は掴めなかった。不安を抱いたまま、二時間後に病院で詩と逢えた……。

 車に撥ねられたことで、優しく綺麗だった顔立ちは汚され、詩が一生懸命選んでいたという服は血と泥で色が変わってしまっていた。

 二人きりで逢いたいという詩の意向を受けて、付き添いがいなかったことが裏目に出た。どうにか見つけられた目撃者によると、青信号の横断歩道を歩いていた詩に向かって車が突っ込んで来たという。車はそのまま逃走し、目撃者が詩に駆け寄った時にはもう意識がなかったという。それに加え、十二月の夜という環境が運転手に味方した所為で、警察の捜査でも車は見つからなかった。

 詩の突然の死で帝二様は消沈し、以前のような威風堂々たる態度は消えてしまった。奥様を病気で亡くされたことに続いて一人娘までもが奪われてしまった。親としてこれ以上の地獄はないだろう。

 そんな二人の後を追うようにして、帝二様も亡くなられた。残された会社や従業員、俺も含めて大友財閥に拾われる道が用意されていたものの、俺は帝二様と同じ道を選ぶことにした。

 一九九九年二月。

 大友財閥による内偵で得た情報を榊原さんにも提示し、復讐を計画していることを告げた。

 ただ殺すのではなく、詩を失った我々と同じ苦しみを与え、命乞いする彼を嘲笑う必要がある。そのためには人里から離れ、容易に脱出も外部との連絡も取れず、掌で踊らせることが出来る場所が必要だ。

 そこで思い付いたのが、叢雲帝二様のお父様である帝一様が道楽で作られた叢雲邸だ。トランプにタロットカード、古典的なスパイ映画などを好んでいた帝一様だからこそ、人里離れた場所に建てた叢雲邸に絡繰り仕掛けを施したのだ。そのことを詩から聞いていた俺は、帝二様の遺言で管理を担うことになった榊原さんに復讐計画を伝えた。

 内偵によって得た情報から、秀一に対して幼なじみゆえのコンプレックスを抱いていた骨沢英字を巧みに誘惑し、協力者として引き入れることが出来たため、秀一とその周辺関係を完全に把握。さらに飲酒運転の常習犯であること、天音夕子との関係を意図的にリークした。

 さらに、大友財閥の差し金で秀一の父親への経済的圧力にも成功した。秀一の金遣いが荒いのなら、金欠に持ち込むことで餌に飛び込んで来ると判断したからだ。

 そんな秀一の状況を英字に逐一報告させつつ、俺と榊原さんは屋敷の仕掛けの把握や秀一を誘き寄せるための準備に急いだ。

 奴を誘き寄せるため、偽のアルバイト情報を大学に渡した。一週間の屋敷管理をするだけで三十万というあまりにも怪しい求人だったが、英字の手引きもなしに秀一は面接にやって来た。初対面した仇に榊原さんは少々不審な動きをしてしまったが、その時のことを秀一は前向きに捉えてくれた。

 その後、秀一は自らが犯した罪をともに償ってくれる友達想いの友人らを選んだ。そこにも英字の干渉があるはずだったのだが、奇しくも秀一自身が相応しい友人たちを選んでくれた。

 この人選は順調に決まったが、何よりも問題だったのは日時だ。外からの救援も連絡も不可能、下山することも出来ない、という状況が何よりも必要だった。普段なら気性の荒い宵霧山にも関わらず、日時の睨み合いには消極的で、一週間は続く猛吹雪が十二月前半になっても一向に巻き起こらなかった。そのことを怨みつつも天気と睨み合っていた時、文字通りの転機が訪れた。

 一九九九年十二月二十五日の夜から約一週間、宵霧山は猛吹雪に覆われることになった。もうこの時しかない。屋敷で待機している榊原さんに日時を伝えた。

 そして運命の一九九九年十二月二十五日。

 彼らは来た。自らの罪を裁き、自らの墓標となる叢雲邸へ。

 ヘラヘラとくだらないことを口にする秀一に対する憎しみを隠しながら、榊原さんは彼らを屋敷へ誘った。俺はそれを屋敷の中から見下ろしていた。案の定、秀一という罪人は詩を撥ねたことなど微塵も気にしていないようで、それは遠目からでも充分にわかった。

 俺はバルコニーの陰から彼を見下ろしていたが、到着と同時に皇帝の部屋へ移動した。皇帝の部屋には隠し部屋があり、屋敷の至る所に飾られている人形たちに内蔵された隠しカメラを統御している監視ルームがあるのだ。それに加えて客室には隠された盗聴器もあり、文字通り屋敷の全てを把握出来る。

 監視ルームに入るには、皇帝人形を収めたガラスケースを押すことだ。それによってガラスケースは台の中へ退くので、露になった皇帝人形の剣と王笏を交換する。王笏を持たせれば監視ルームの扉が解錠され、剣を持たせれば施錠されるというわけだ。中からも同じ要領で開閉が出来るため、閉じ込められることはない。

 仕掛けとしては単純な気もするし、タロットに心得がある相手に見られたら露見する危険もあると思うが、わざわざ人形のことを気にしないうえに、皇帝という当主の部屋に入ろうとする不敬者はいないというわけだ。帝一様はこの部屋で大好きなスパイ気分を満喫していたのだろう。今となっては、詩の復讐を大いに手助けしてくれている。

 剣から王笏へ持ち替え、俺は監視ルームで待機する。計画上、俺はしばらく動かないし、仕掛けておいた罪の象徴で罪人たちがどう動くのか見たかった。そんな時、英字と榊原さん経由で遼太郎という男がスキットルにスピリタスというアルコールを入れていることを知った。

 煙草にすら反応する危険なアルコールだが、俺は大食堂に飾られている人形を思い出して、ちょっとした遊びをしてみようと思いたった。誰が座るかわからないロシアンルーレットだが、秀一と英字以外が座り、なおかつ成功したなら充分な恐怖を与えることが出来るだろう。

 どのタイミングでスピリタスを奪おうかと考えている間に迎えた二十五日の夜。

 自分たちは上流階級の人間だとでも気取っているのか、秀一の提案で奴らは大食堂に集まった。榊原さん経由で英字にも計画を伝えたため、人形の背後に座らないよう警告しておいた。その結果、生贄は奇しくも天音夕子に決まった。

 出来る限り仲間割れするように、疑惑が秀一へ集まるように、最初の犠牲者は夕子だと考えてはいた。どうやら誓約は生者の俺にツキがあるようだ。

 その幸運に加え、加奈という少女が選んだ(管理の関係上、部屋割りはこちらで選んでおいたと言ってやった)魔術師の部屋のクローゼットには、詩が殺された時に身に付けていた服を入れておいたのだが、ありがたいことに彼女はそれを着て夕食に参加してくれた。だが、その服に反応したのは夕子だけで、撥ねた本人が反応することはなかった。

 今すぐにでも大食堂へ駆け込み、秀一を嬲り殺したかったが、もう管理小屋へ戻ったということになっている榊原さんに咎められ、俺はその衝動に耐えた。

 そうして夕食は終わり、夕子が食器を片付けた後は誰も大食堂に現れなかった。全員が寝ていた早朝に俺は監視ルームから抜け出し、人数分のスティレットと各部屋のタロットカードを持って大食堂へ向かった。最初はそれぞれの部屋の扉に突き刺しておこうとも思ったが、全員が共有して殺人予告に怯えてもらわなくては面白くない。

 そうして迎えた二日目の十二月二十六日。

 朝になり、もくろみ通りに殺害予告は見つかった。想像力豊かな遼太郎が殺害予告だと口にして騒いでくれたが、直接的な害がなかったことから夕子以外はろくに取り合わなかった。そんなやや気まずい朝食中に俺はマスターキーを用いて遼太郎の部屋からスピリタスを頂戴した。夕子が今夜死ぬかどうかは神様次第だ。

 朝食後、気分を害した遼太郎は屋敷から出ようとしたが、榊原さんの部屋に書かれていた電話番号は監視ルームのものだ。榊原さんには昼頃に屋敷へ行くと言ってもらい、後は監視ルーム待機してもらう。

 そして俺は、今夜から彼らに仲間入りする予定だ。初めて日本を訪れたカメラ好き外国人が道に迷い、行きずりの客として招かれるのだ。

 食堂の人形と剣を支える紐にスピリタスを滲ませてから、俺は皇帝の部屋のバルコニーから外へ出、夕食まで外で待機だ。英字の干渉があっても大食堂に連中が集まらなければスピリタスの計画は変更する予定だったが、それは杞憂だった。連中は計画通りに大食堂へ集まり――煙草を吸った結果、人形の剣が夕子の胸を貫いた。それを見届けた俺は大食堂の窓を叩き、行きずりの外国人は計画通りに現れた。

 俺は文字通り死にかけていたため、その後は医務室に運ばれた。流暢な英語を話す加奈によって状況の説明を受け、次の日の朝に俺は紹介される形になった。

 ちなみに女帝の人形は、夕子の遺体が部屋に運ばれる前に榊原さんが消しておいた。見立てというほどでもないが、ミステリの女王に敬意を表しての行為であり、その見立て殺人なのではないかと怯えさせるためだ。

 そうして迎えた深夜。客室の盗聴器から榊原さんに繋がった情報を得、俺は眠りに落ちた遼太郎を殺しに向かった。隠し通路などの絡繰りはエントランスの水音で掻き消されているため、人目がなければ何時でも動かせる。そうして露にした地下通路を抜け、正義の人形を消した後はクローゼットから出、遼太郎の首にスティレットを突き立てた。

 リークさせた飲酒運転や事故の件を遼太郎は強請という形で秀一に迫っていた。彼もまた秀一とは別の形で罪人となった。警察に通報するなりしていれば、殺されずにすんだかもしれないのに……まったくもって愚かだ。

 そんなことを考えていた所為か、俺は迂闊にも遼太郎に背中を向けてしまっていた。噴き出す血を連れたまま、遼太郎の奴はガラスケースに覆い被さった。死という恐怖の中でも、奴は冷静さをなくしていなかったようで、殺人鬼は鍵が無くても部屋に入れてるうえに、人形はガラスケースを開けなくても姿を消せることをアピールしようとしたのだろう。

 雑でもその意図に気付いた俺は、無駄な抵抗を示した遼太郎に対して急激な怒りと殺意を抱き、その身体を滅多刺しにした。怒りと憎しみの発散は秀一の為にとっておこうと思っていたのだが、不思議とその衝動を止められなかったし、止めようとも思わなかった。隣の正義の部屋には翔太が寝ているというのに、今思うとずいぶんと暴れてしまっていた。

 どうにか正気を取り戻した俺は、滅多刺しにした遼太郎を途端に哀れに思い、憐憫のまま死体を整えてやった。

 三日目の十二月二十七日。

 朝食時に俺は紹介された。設定に従い、日本語を話せないふりをしていたというのに、遼太郎の死体を発見する役目を任せていた英字が迂闊なことをしてくれた。

 何を血迷ったか、俺のことを日本式の手振りで呼んでしまった。咄嗟かつ反射的に反応してしまった。幸いにも誰にも見られていなかった……はずだったのだが、加奈がその光景を見ていたらしい。

 微かでも俺の出自に疑惑を抱かれたら自由に動けなくなる。それを危惧した俺は、遼太郎の死体を発見して疑心暗鬼に陥った演技をしてくれている英字を早急に殺すことにした。毒殺を警戒していると口にしていたが、まさか奴自身も殺しのリストに入っているとは思いもしなかっただろう。彼に協力を持ちかけた時、秀一を殺す為の順序として、英字の死を偽装してさらに苦しめると伝えておいた。睡眠薬を用いて英字が死んだと思わせるのだと説明しておいたため、俺が珈琲に混ぜた毒薬を疑いもせずに飲んでくれた。

 こうして英字は簡単に死んでくれた。ずいぶんと苦しそうだったが、俺や叢雲家が味わった苦しみに比べれば大したことはないだろう。そんな気持ちで終わるはずだったのだが、ここに来て英字がしでかした最悪なことが尾を引いた。

 毒の苦しみで暴れた英字によって加奈が倒れた。その際にスケッチブックを落としたのだが、その中に俺が日本人の手招きで反応する瞬間を描いていたページがあったのだ。その場で破り捨てたい衝動に駆られながらも、どうにかスケッチブックを加奈に返した。

 その後、犯人像は秀一と榊原さんに向けられた。強行軍を編成して管理小屋へ行くというくだらない提案も宵霧山が俺に味方した。頭の中はスケッチブックのことばかりで落ち着かなかったが、どうにかこの夜も全員を一人にさせることが出来た。だが、加奈が部屋を替えると言い出した。魔術師の部屋から死神の部屋へと移動しただけだが、スケッチブックのこともあったため、計画的な犯行を諦めた。

 寝静まったことを榊原さんから聞き、俺はバルコニー経由で死神の部屋へ向かった。いざという時に用意していた黒いローブと斧、帝二様の軍刀を持ち、帝一様のコレクションを用いて窓ガラスに穴を開けた。加奈には気付かれることなく侵入した俺は、眠っていた彼女に斧を振り下ろしたが――何が起きたのか、彼女は咄嗟に寝返りを打ち、斧を躱してくれた。そのまま勢い余ってベッドを粉砕した時、耳に付けたインカムから警告が届いた。

 警告の内容は、秀一が西館の一階をうろついているということだ。内偵と盗聴で二人が麻薬に逃げていたことは知っていたが、このタイミングで西館にいるのは面倒だ。

 その警告で集中に邪魔が入り、俺は加奈から与えられた言葉に躊躇いを見せてしまった。

「……復讐は正義であるが、罪人の血を浴びた復讐者もまた罪人となる」

 振り上げた軍刀を恐れることなく見据えた加奈の台詞だ。

「……その覚悟がありますか〜?」

 見透かすような双眸を思うに、俺が殺人鬼だということをわかっていたのだろう。試すような言葉と見透かす瞳に圧された俺は微かに躊躇い――加奈を斬り殺した。だがその直後、加奈の胸ポケットに入れられていた翔太のブザーが作動した。水音と吹雪の咆哮を上回るほどの音量に怯んだ俺は、スケッチブックの回収を諦めてバルコニーへ飛び出した。

 即座に駆けつけて来た翔太と出会さないようにバルコニーを経由し、軍刀とローブをサロンから外へ放り投げる。そんな大胆な動きが出来たのも、秀一が西館にいてくれたおかげだ。

 それに加え、即座に駆けつけて来なかった秀一が翔太の注意を一心に背負ってくれた。LSDと事故のことも暴露し、このまま殺人鬼は秀一という流れになりそうだったが、秀一は榊原さんが面接時に見せてしまった睨みを思い出し、翔太の方も加奈の服と夕子の反応から詩の事故を結びつけてしまった。

 推理なんて出来るはずもないと見下していたことが仇になった。加えて、天気予報とも睨み合っていた榊原さんから連絡が入り、明日は快晴になるという最悪な事態が発生してしまった。

 スケッチブックの確実な処分も含めて、今夜の内に全てを片付けなければいけない。死神の部屋に置かれているはずのスケッチブック回収は榊原さんに任せ、俺は見立てを捨てて翔太の命を狙った。

 巻き起こる殺人事件に恐怖したエドガーは、翔太や秀一と一緒にいることを拒んだ。部屋に閉じこもっていることこそが安全だとして迂闊さを演じ、お人好しな翔太を東館へと誘導する。

 その隙に監視ルームから出た榊原さんは、死神の部屋にあるスケッチブックの回収へ向かってくれたのだが、俺が部屋に籠ると同時に連絡がきた。その内容は死神の部屋にスケッチブックが無いというもので、加奈は全ての荷物を運んで来たわけではなかったのだ。魔術師の部屋には秀一がいるし、もしも奴に内容を見られたら全てが終わる。

 扉に背中を預けたまま、隠し持っていたスティレットを胸に当てた。どうすべきか、どう動くべきか、白紙の瀬戸際になった計画の全貌を洗い――。

「……寒いな。エドガー、俺は部屋に戻って着替えてくる。西館へ戻る前にもう一度ここに寄るから……気が変わることを待ってるぞ」

 まさに天佑神助。数分でも自在に動けるのなら、翔太を誘い込んで殺せる。

「……わかりました」と返事した俺は、部屋のカーテンを連れて月の部屋に飛び込んだ。扉を開け放し、英字の死体とカーテンを入れ替える。英字の死に様から目を逸らすように布団をかけていたため、確認する勇気がなければ入れ代わったことには気付かないはずだ。

 英字の穢れた死体を連れてバルコニーから塔の部屋に戻った俺は、死体をベッドに放り投げ、別のカーテンでそれを覆った。その隙間からは英字の片腕が出ているのだが、俺が殺されたと思わせる演出には肌色が邪魔をしている。その対策には急遽俺の鮮血が使われた。

 そうしてクローゼットに隠れていた俺は、約束通りに戻って来てくれた翔太の背中を奪い、彼の巨体をスティレットで容易く貫いた。瞬く間に血を吐き出したのなら、巨体を誇るクマでも倒すのは容易い。彼に怨みなんて微塵もないが、秀一に選ばれた以上、この屋敷に足を踏み入れた以上、彼にも死んでもらわなくてはならない。心の中で翔太に詫びながらも、躊躇うことなく彼を殺した。

 そんな時、榊原さんからの連絡を受けた。秀一が何故か魔術師の部屋から出て行ったため、どうにかスケッチブックを確保出来たという報告だ。だが、秀一がどこに行ったのかはわからない。

 もう標的は秀一しかいない。俺は翔太の遺体を放置したまま、秀一を捜しに動き出した。屋敷の散策に向かうような軽い足取りでL字廊下に出――開け放たれたままになっている皇帝の部屋に気付いた。榊原さんが開け放したのか、それとも……。

 足音を忍ばせながら中を覗き込むと、そこにはまさかの秀一が立っていた。何を血迷ったのか、皇帝人形の仕掛けに気付き、監視ルームへ入ろうとしていたのだ。

 その背後に忍び寄った俺は、秀一の無防備な後頭部に向かって置物を振り下ろした。言葉にならない呻きを残して秀一の身体は床を舐めた。

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