告発 6

「女帝の次は正義……次は誰だろうね」

 相も変わらず缶詰だけの昼食が終わり、サロン内のバーでワインを飲んでいた秀一の台詞。

 彼が言うように、殺人事件は次の段階へ至った。ミステリの女王に倣った見立て殺人は順調に進み、残るは魔術師の加奈。死神の飛鳥。戦車の翔太。塔のエドガー。星の秀一。月の英字だ。行きずりの闖入者である飛鳥とエドガーを除けばたったの四人だ。

「……遅いか早いかだけだ。このまま犯行を野放しにするのならな」

 達観か諦観かわからない秀一の声音に対し、エドガーと加奈が淹れてくれた珈琲を飲み干した翔太が言った。彼の声音には怒りのようなものが混ざっており、それには英字が続いた。

「遅いか早いかなんて……なんで坂本先輩はそんなに冷静でいられるんですか!? 状況をわかってますか!?」

 癇癪を起こした子供のように英字は身体を震わせた。昼食中も彼は周囲を警戒し、未開の缶詰でさえ食べるのに時間がかかったほどだ。すでに自らが疑心暗鬼の塊であると公言して憚らない状態だ。淹れられた珈琲にもなかなか口をつけようとしなかった。

「……落ち着けよ、英字。二人が殺された以上、正体も動機も不明の殺人鬼が動くことは困難だ。互いの監視も含めた集団行動を続ければ、殺人鬼はどうすることも出来ない」

「だけど……僕らを殺せないとわかった殺人鬼が何をするか……わからないじゃないですか! 屋敷に爆弾が仕掛けてあったり……火をつけたりすることも出来るわけでしょう? 先輩が言っていたように、殺人鬼も死ぬつもりなら――」

「それはないよ。僕らを殺せないから爆弾やら放火やらの選択をするような殺人鬼なら……もうとっくにやってるさ。おそらく……僕らが警戒してもその網をくぐり抜ける自信があるんだよ」

「その根拠はあります? 先輩……探偵気取りしてるみたいですけど……場を仕切ろうとする先輩こそ一番怪しいんですよ? こういった山荘もので怪しいのは招待者なんですから。昔から苦労もしないで……遊んでばかりのすねかじりにとって僕らみたいな庶民はおもちゃみたいなもんなんでしょう?! この事件を起こしてるのは先輩なんじゃないんですか? 庶民の命を弄んでる暇な金持ちの道楽じゃ――」

「やめないか、英字!!」

 唾を撒き散らしながら捲し立てる英字の醜態に対し、翔太から怒号が飛んだ。

「確かに小説みたいな殺人事件だが……秀一の言うようにメンバーも限られてきた。その中でどう振る舞って俺たちを殺そうか思案してる輩が相手なんだ。お前のように疑心暗鬼に駆られて場を掻き乱す奴がいれば殺人鬼の思うつぼだ! 第一……招待者なんて真っ先に疑われるんだぞ? それにも関わらず秀一が殺人を続けているなんて俺には思えない」

 立て続けの怒号だが、目を赤くしたままの英字は翔太を睨む。

「……坂本先輩が先輩の何を知ってるんですか? 同じ大学に通って、ちょっと話したことがある程度でしょう? 僕は知ってるんですからね……先輩がひた隠しにしている重大なことを!」

 両手を叩き付けた英字は、困惑する飛鳥とエドガーには一瞥もくれずに秀一を指差した。それが何をしようとしているのか、飛鳥はすぐに理解した。

「先輩――古泉秀一は飲酒運転の常習犯なんですよ!」

 告発だ。だが、

「英字、その告発に何か意味があるのかい?」

 突きつけられた人差し指を一心に見据えたまま、秀一は囁くように問いかけた。

 飛鳥はその問い掛けを辿って英字を見た。確かに英字による告発の意図は不明だ。単純に秀一のことを社会的に咎めたいのなら、ここでする必要はない。大学でも彼の家でも警察にでも話すことは出来るはずだ。

「……信用なんて出来ませんよ。誰かを轢き殺しても構わない自分勝手な考えの持ち主なら……殺人鬼に相応しいじゃないですか!」

「……そんな自分本位の人が手の込んだ殺人をしますか?」

 思わず飛鳥は口を開いた。その不意な行為に対し、スケッチブックと向き合う加奈以外の全員の視線が飛鳥へ集中した。

「殺害予告に加えてスティレット、ミステリ女王の小説見立て……あまりに乱暴かつ賭けな仕掛けと滅多刺しを思うに……古泉さんはイメージに相応しいとは思いません。何というか……こう、私たちに見せつけるような殺し方じゃないですか?」

「……次はお前だぞ、という感じかな? それなら僕も感じている。そもそも、殺害予告の時点でそれは感じていたよ」

 煙草を吹かし、秀一は飛鳥に片手をあげた。

「確かに……飛鳥ちゃんが言うように、僕には相応しくない感じがするね。自分本位の殺人鬼の手口はもっと直接的なやり方だろうしね」

 予想外の援護に秀一は顔色を良くしたが、英字の方は飛鳥の援護を一蹴する。

「演技なんていくらでも出来ますよ。先輩はそうやって顔を変えて色んな女性を漁ってきたんですから……!」

「……どうやら、英字は僕を殺人鬼として認定したいみたいだけど、証拠はあるのかい? それに加えて……一番大事な動機は?」

「証拠は……ありませんが、動機はありますよ。飯島先輩と天音先輩の死が証明してます」

「……ほう?」

 秀一は幼なじみの告発を重鎮ぶった態度で受け止めるが、英字はこれからが本番だと言わんばかりに目を見開くと、

「知ってるんですからね……? 二年前、飲酒運転で事故を起こした時、天音先輩が助手席にいたことと……それを飯島先輩に嗅ぎ付けられたこと!」

「っ! 秀一、事故って本当か!?」

 いの一番に反応したのは当然翔太だ。彼は勢い余ってイスを倒してしまった。

「参ったね……英字にそこまで知られてるなんて、思ってもいなかったよ」

「僕のことは都合の良い召使い程度にしか思っていなかったでしょう? 小さい頃から僕のことをバカにして……笑いものにしてきましたもんねぇ!? 金持ちだからって威張り散らして……どうせ事故も金で揉み消してもらったんでしょう?! 御偉いお父様に泣き付いて――」

 不意に英字が口を閉じた。

「英字……どうしたんだい?」

 その瞬間、罪人を見下ろしていたはずの英字は、呻き声とともにテーブルへ突っ伏した。その勢いは凄まじく、加奈のスケッチブックが床へ飛び、飛鳥たちの手前に置かれていたカップが揃って倒れ込んでしまった。

「骨沢さん!?」

 床へ落ちたスケッチブックを拾い上げながら、エドガーは驚愕の声をあげた。それに続いて翔太が英字に掴み掛かるが、英字はその腕を振り払い、

「英字……毒か!?」

 暴れ狂う英字の四肢がテーブルを襲い、叩き付けられた顔からは眼鏡が砕け飛び、イスは蹴り倒され、白いテーブルクロスは瞬く間に血と嘔吐物で穢れ――英字は勢いよく上体を反り上げた。感電したような痙攣を連れたままの上半身を支えきれなくなった両足は頽れ、剥き出された白眼と耳を覆わせる断末魔をあげて英字は床をのたうち――。

 骨沢英字は永遠に動かなくなった。

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