告発 4
「先輩方、何をしてるんですか?」
翔太との共同作業中に声がかかった。振り返った先に立つのはドングリ英字だ。飛鳥ほどではないにしろ、不安という文字をわかりやすく顔に浮かべている。
「見ての通り、当主の間を調べようとしているところさ」
鍵穴に刺さったままの皇帝の鍵は何故か満足に動かず、翔太のマッチョを頼りにしているところだ。
「榊原さんが屋敷内に隠れているって推測は……本気なんですね?」
「もちろんさ。僕らの中に殺人鬼がいるなんて思いたくないだろう?」
「そうですけど……」
「よし、開いたぞ」
気持ちの良い音が微かに響き、翔太は皇帝の鍵を解放した。立派な装飾が施されたその鍵に怪しい細工の類いは見られず、ガタガタと揺れる把手を見た翔太は、
「施錠されていた理由は当主の間だということと、この把手だろうな。乱暴にしたら壊れそうだ」
「当主様は亡くなっているし、取り壊すから修復する必要もないってことかい?」
「そうだろう。さて……お前が危惧している榊原さんの潜伏先だとしたら、襲撃の可能性があるぞ?」
「恐れる必要はないよ。老人一人に対して男三人だ」
「僕も含まれてるんですか!?」
それには応えず、秀一は頼りない把手を握り締め、皇帝の鋭い双眸を過去にした。
「さぁ、隠れているなら潔く出て来なよ!」
勝利宣言に近い覇気を携え、秀一は堂々と当主の間に足を踏み入れた。それに続いて翔太も踏み込んだが、
「あっ……すいません。僕は飯島先輩の所へ行ってきます」
「英字? 犯人確保の瞬間かもしれないんだよ?」
東側階段を駆け下りて行った英字の背中に向かって叫んだ秀一だが、彼は振り返ることなく視界から消えてしまった。
「ふん。付き合い悪いなぁ」
「仕方ないだろう。天音の死もあるし……殺人鬼が潜んでいる可能性がある場所なんて入りたくないんだろう」
踊り場を一瞥した秀一は、頭を掻きながら当主の間に戻った。すでに翔太が先行しており、置かれていたランタンを全て灯している。
その灯りの中に浮かび上がるのは、サロンや大食堂にも劣らない立派な煖炉、チェストにクローゼット、ストールを掲げるロッキングチェアー、革張りのソファーやテーブル、大東亜戦争時の物と思われる軍刀まで飾られている。床にはペルシャ絨毯が敷かれ、ガラスケースに収められた皇帝の人形もある。ランタンによって浮かび上がる範囲でわかるものはそれらだが、翳りの所為なのか部屋の広さに反して奇妙な圧迫感がある。
「当主の間……か。高級品はともかく、こう……きらびやかさはないね」
「隠れられる場所もな。部屋中に埃だし、俺たちが動いた所為で埃も動いた。隠れるのは無理そうだな」
舞う埃に眉を顰めた翔太は、ハンカチで鼻と口をガードした。ランタンの一つは電池切れで沈黙し、秀一の動き一つで埃が沸き立つ始末だ。老人が隠れる場所にしては最悪だ。
「やぁ、ここにもお人形さんか」
秀一もハンカチを連れて室内を歩き、壁に寄り添っている皇帝人形を見た。
威厳ある髭と表情を刻み、赤いマントと鎧を身に纏い、剣を持った皇帝。当主の間に相応しい人形だが、どことなくその人形に違和感をおぼえた秀一は、早く出ようと急かす翔太を無視して顔を近付けた――その瞬間、
「二人目……死んでます」
響く水音に負けないほどの足音と性急を連れて、飛鳥が部屋に飛び込んで来た。その息遣いは荒く、踏み込んだ足の下で埃たちが暴れている。
「二人目……?!」
まさか、と秀一と翔太は互いの顔を見合せ、
「どこの部屋だ!」
「東館一階の……正義の部屋です」
這々の答えを聞いた途端、翔太は「遼太郎!」と叫びながら部屋を飛び出した。
「確かなんだね?!」
頷いた飛鳥を見、秀一もその背中に続いた。踊り場から東側廊下に飛び降りると、客室前の廊下に英字が力無く座り込んでおり、エントランスを挟んだ西側廊下には加奈が立っていて、何やら首を傾げている。
「英字! 大丈夫かい?」
大丈夫です、と英字は頷いたが、力はまるで見られない。
「うっ……遼太郎、なんてこった……」
開け放たれたままの正義の部屋から、翔太が口を押さえながら飛び出して来た。堂々としていた体躯は丸められ、そのまま床と出会してしまった。
「ドクター……遼太郎は……」
翔太が匙を投げたということは、そういうことだ。秀一は壮絶な想像に覚悟を決めながら、正義の部屋を覗き込んだ――と同時に込み上げて来る朝食を僅かに吐き出してしまった。
「これは……とんだ猟奇殺人だね……」
口から掌に飛び出した朝食の欠片を押さえつけたまま、秀一は堪らず部屋から逃げ出した。翔太や英字が抜け殻になるのも無理はない。扉の手前で呆然としているエドガーも同じだ。
「ドクター……検視をお願いしてもいいかな?」
「……冗談だろう? 俺は山登りの応急処置ぐらいしか知らん。調べなくても死んでいることは確実だろうが……」
「だけどさ……もしかしたら犯人のヒントになるようなものがあるかもしれないじゃないか」
「……断る。あんな死体を調べることなんて俺には無理だ……!」
調べたいならお前がやれ、と言外に告げられた秀一は、呆然のエドガーにカメラを要求してから部屋に入った。
灯されたランタンを連れ、部屋の中にある全てのランタンを起こした秀一は、遼太郎から逃げるようにフランス窓の確認へ向かった。
「雪が入り込んだ痕跡は無し、外は猛吹雪で出入りはほぼ不可能、施錠はされている……か」
視界を求めてカーテンを退かし、壮絶な部屋に光を呼び寄せた。吹雪の所為でろくな援軍は得られないが、それでも閉鎖しているよりマシだ。そんな外を見つめる秀一の後ろでは、文字通り惨殺された遼太郎のもの言わぬ死体が横たわっている。
夥しい量の血と肉片が撒き散らされ、生者の鼻をもぎ取ろうとする悪臭を放つ死体が横たわっている。そんな光景を誰が楽しいと思うだろうか。常に民族紛争や麻薬組織の抗争などで荒れている国ならいざ知らず、この瑞穂の国で死体を見慣れている人など僅かなはずだ。肯定的な意味で死体を見慣れている検屍官などは冷静でいられるかもしれないが、
「それで……飛鳥ちゃんは何をしているんだい?」
廊下で怪訝な顔付きをしているエドガーや翔太と同じように、秀一も怪訝になった。その怪訝な視線の先にいるのは、無残な姿になった遼太郎を熱心に調べる飛鳥の姿があった。
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