告発 3

「初めまして、皆さん、私はエドガー・シャーロットといいます。アメリカのボストンっ子です」

 サロンにて、遼太郎と夕子を除いた面子が座るテーブルでエドガーは英語で挨拶した。その挨拶に対してささやかな拍手をしたのは加奈だけだ。

「ここへ来るまでの経由よりも先に……皆さんへ感謝させてください。この叢雲邸の光を見つけることが出来なければ、私は今頃凍死していたことでしょう……助けていただいて、本当にありがとうございます」

 エドガーは秀一たちに向けて深々と頭を垂れた。初日の自分を見ているようで、飛鳥は静かに頭を掻いた。

「御礼はいいよ。助けを求められたら助けるのは人間として当たり前のことだし、僕らにとっても唯一信用出来る人が出来たわけだしね」

 ね、と秀一は飛鳥たちを見回した。

「……そうだな。榊原さんの失踪時にも夕子の死に際にも彼はいなかったし、信用していいだろうさ」

「……英語は話せないんですけど」

「そうなの〜? 私は話せるよ〜?」

 スケッチブックにエドガーを描いていた加奈は、その手を止めると頭を左右に降り始めた。

「エドガーさんはどうして来日したの〜? 観光? お仕事なの〜?」

 飛鳥よりも綺麗かつ流暢な英語を披露する加奈。その発音の良さに秀一は感嘆を上げ、英字は目を丸くし、エドガーは笑顔を見せた。

「これは驚いた……ネイティブの発音だとしてもおかしくはないですよ。留学や先生が?」

「ん〜独学かな〜。映画や外人さんの発音を聴いておぼえたの〜」

 それを文字通り天才肌と言う。今は流暢になった飛鳥も、おぼえたての頃はずいぶんと苦労してきたのだ。加奈の才能を羨みつつ、飛鳥は英字と翔太に日本語訳をする。

「来日理由は至極単純です。この国の美しい景色に焦がれたからです。特に神社仏閣や山々に惹かれて……今年ようやく来日出来たんです。ただ……文化が違うので色々と苦労しました」

 ネイティブの英語を難なく聞き取り、

「それは仕方ないね。初めての来日なら失敗だってするさ。日本人にとってのタブーを犯しても、初来日だということを告げて、次から気にしてくれれば日本人は怒らないよ。もちろん、僕らもね」

 秀一も流暢な英語を披露した。その発音は加奈や飛鳥に比べて少々落ちるが、中学高校と英語で苦労してきた英字にとっては羨ましい限りであり、

「ほんと……先輩は何でも器用にこなしますよね」

「……そうでもないさ。加奈ちゃんと違って、僕も勉強して話せるようになったんだ」

「……そうでしょうかね。僕は何をしても英語を話せませんよ」

 誰でも勉強すれば英語を話せるようになる。英語教諭のような物言いに対し、英字は露骨に眉を顰めてみせた。英語の所為で苦労してきたことを告げる声音と態度は飛鳥にもわかり、水羽の影が脳裏に浮かんだ。水羽も英語が苦手で、外国人相手ではさすがに飛鳥が前に出ていた。

「よろしく、エドガーさん。少々物騒な状況になっているが、君も気を付けてくれ」

 英語でそう言うと、秀一はこの場にいる全員を紹介していった。部屋に籠っていると思われる遼太郎のことも伝え、エドガーの部屋は東館二階の塔になった。

「それじゃあ……僕は館内の捜索に当ろうかな」

 吸っていた煙草を潰し、まだ湯気残るココアを飲み干した秀一は、翔太と英字を見た。

「それとも……エドガーさんに頼もうか? 彼なら屋敷内をうろついても信用出来るだろう? それに、どうしても僕が怪しいと言うのなら、見張りとして付いて来ておくれよ。榊原氏を捜すだけなんだから、各自が使っている部屋なんて調べないしね」

「……わかった。俺も榊原さんを捜すよ」

 腰を上げた翔太に頷いた秀一は、

「飛鳥ちゃんと加奈ちゃんはエドガーさんと一緒にいなよ。彼はまだ朝食を楽しんでいないだろう? 英字は?」

「朝食というなら……飯島先輩はどうしてますかね? もう食べたんでしょうか」

「まぁ……気になるなら訊いてみたらどうだい? 僕と翔太は捜索へ行くよ」

 そう言うと、秀一は翔太を連れてサロンから出て行った。

「……海堂さんたちは朝食を?」

「エドガーさんはまだ食べてません。加奈さん、加奈さんもまだなら一緒に厨房へ行きません?」

 飛鳥は初めて加奈と呼んでみたが、彼女は怒ることなく立ち上がった。

「うん〜行く〜」

「じゃあ僕は飯島先輩に朝食を訊いてきます」

 東館の一階へ向かう英字を見送り、飛鳥は二人を連れて西館の一階へ下りた。大食堂経由は嫌だが、壊れた人形と血痕たちはシーツで隠されているだけマシだろう。

「エドガーさん、好きなものを食べていいそうです」

「変わっていますね。素人さんに屋敷の管理を任せるなんて」

「もしも榊原さんが悪意を持つ人だったら……絶好の狩猟場ですよね」

「まさか……警察に介入されたら即座に犯人確定でしょう?」

「……そうですよね。映画みたいな……って思いますけど、犯人は映画や小説みたいな予告と手口で天音さんを殺しました。次は何をしてくるのか……」

 火か、水攻めか、或は刃物を用いた拷問で生皮を剥ぐのか、考えるだけで気持ちが後ろ向きになる。犯人が皆殺しを望んでいるのなら、行きずりである自分にも火は降り掛かる。加奈が冷酷な殺人鬼であり、誰を殺そうか虎視眈々の可能性もあるのだ。

 エドガーと英語で楽しげに会話している加奈を肩越しに一瞥し、飛鳥は白の厨房に足を踏み入れた。

「缶詰なら安心ですよね? 毒入りを警戒したらそれしか食べられなくなりますけど」

「私も缶詰にします。それか……お肉を焼くかですね」

 缶詰の物色を止めていつの間にか生姜焼きを作り始めた加奈を見ながら、飛鳥はその匂いに目を閉じた。

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