漂着 4
「う〜ん、つれないねぇ」
翔太という騎士に守られながら、大食堂を後にした飛鳥の背中を見送っての独り言。
「せっかく出会ったんだからさ、もう少しおしゃべりに興じてもいいんじゃないかなぁ」
「それは仕方ないんでしょう。命の恩人とはいえ、見ず知らずの男女と一週間なんて、僕なら卒倒かもしれません」
僕は繊細だからわかるけど先輩はわかりませんよね、と英字は笑う。それに対して秀一は眉を顰めるわけでもなく、吸っていた煙草を潰し、
「繊細じゃない人間なんていないさ。傷つく心があればね」
「お前にそんな台詞は似合わねぇよ。傷つくなんて、な」
遼太郎はそれだけを口にすると、スキットルと煙草、酒瓶を連れて大食堂から出て行った。
「彼にまで言われてしまうとはね。僕もいよいよツキが落ちたかな?」
落日の秀一、と自らを称すが、夕子も英字も冗談を笑わない。それどころか、夕子は気落ちしたまま動こうとしない。何を気にしているのかわからず、英字もいるため秀一も訊こうに訊けない状態だ。
「英字、風呂に入るなら先にどうぞ。今日の食器洗いは僕が担当するよ」
「へぇ? 珍しいですね。明日は大雪ですか?」
「かもしれないね。とりあえず、言い出しっぺとしての威厳は保たないとね」
「それじゃあ……御厚意に甘えますね」
そう言うと、英字は夕子に夕食の賛辞を告げてから自分の部屋へ戻って行った。
扉が閉まり、二人きりの空間になったのを確認した秀一は、乱暴な動きで煙草を取り出すと、苛立ちを隠さずに席を立った。
「夕子、言いたいことがあるなら言ってくれよ。そうやって抱え込むのが君の悪い癖だよ」
「そうね。……というより、あの子の服装を見て何とも思わないの?」
「何? あの可愛らしい服装に見覚えでも?」
「……もういい。食器は洗うから部屋から出てって」
「おい……ずいぶんな言い方じゃないか。こうして僕が優男を演じている間に答えてくれよ」
怒っているぞ、と秀一は声音で主張するが、夕子の方はもう何も言わない。
「……わかったよ。とりあえず英字に言ったように、今日の屋敷管理は僕がしておくからさ」
それだけを告げ、秀一は大食堂を後にした。
自分の部屋がある東館へ向かいながら、秀一は夕子の奇怪な反応の理由を探してみた。女性の日には機嫌が悪くなるものの、会話を強制的に断ち切るほどの時はなかった。あの少女が着ていた服が何だと言うのだろうか。服を夕子にプレゼントした記憶はない。
そんなことを考えていた時、西側階段から下りて来る翔太と出会した。
「やぁ翔太、行きずり姫はどうなった?」
「自室に戻ったよ。お前は?」
「とりあえず就寝前に屋敷内の見回りを予定してる。暖房設備は確か地下だったよな?」
「ああ、東館の階段から行ける。操作方法ぐらいはおぼえてるだろう?」
「もちろん。それが仕事だからね」
さすがに数時間前に教えてもらったことを忘れはしない。秀一は腕時計を確認し、これから何をしようかと思いを巡らせる。夕子の不機嫌理由は考えてもわからない。あの時もずいぶんと立腹していたが、楽しいことをすればどのみち忘れる。
秀一は胸ポケットにいる小さな相棒を思いながら、東館二階の星へ戻った。
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