第4話 明里は救いの光になろうとしている

 明里は、遼太が自分を待ち伏せしているとは、夢にも思わなかった。 

 遼太は明里の姿を見るや否や、

「あんた、実の父親の姉から遺産相続をするんだって。

 その姉というのは、実は俺と俺の両親が昔、生活の面倒をみてあげた女性だったんだ。

 まあいわば、俺たち家族のおかげで、今まで生き延びたようなものだったんだよ。

 そこでだ、その恩返しとして、俺にも遺産を頂く権利が十分にある筈だろう。

 法律上では時効だったとしても、少しくらい分けてくれるのが、人間としての義理人情というものだろう」

などとこじつけのようなセリフを、脅し半分にぶつけてきた。

 遼太の目つきは尖り、それに比例するかのように頬の傷も威圧感を伴って目立つようだった。


 すると、明里は意外ともいえるほどの、冷静な返事をした。

「いいわよ。それであなたがまっとうな人生をおくれるのなら。

 私の知り合いに、靴職人がいてね、若手育成に励んでいて、靴をつくる塾を経営しているの。

 あなたにはその塾の生徒になり、卒業して、靴職人になってほしいの」

 遼太はこの想定外の答えに、ポカンとするしかなかった。

 遼太の論外ともいえる無茶な要求に、明里は意外な返答をし、そして想定外の未来の救いともいえる道を与えようとしている。

 まさに意外、論外、想定外の救いのサプライズかもしれない。

 遼太は、思わず頬がゆるんだ。明里は将来を見透かすように話を続けた。

「私は、その塾のオーナーに頼んで、私があなたの授業料を肩代わりするわ」

 遼太は明里のアイディアに舌を巻いた。


 なるほど、靴職人なら容姿や年齢などほとんど無関係だし、今のうちに腕に技術を身につけておくのも、将来のためには正解である。

 なにより、自分の生き方に自信をもつこともできそうだ。

 遼太は、即座に納得した顔をした。

 

 翌日、遼太は明里と待ち合わせをして、明里の知り合いの靴職人の塾に行った。

「靴工房 あなただけのオリジナルシューズをつくります」という看板が掲げられていた。

「お邪魔します」と入っていくと、オーナーが作業着のままで出て来た。

 遼太は、実年のオーナーの顔を見て驚いた。

 なんと、自分と同じ、頬に2㎝ほどの黒いアザのある男性だった。

 しかし、実直そうで気さくな笑顔で、明里と遼太を迎えてくれた。


 明里はさっそく話をもちかけた。

「今日は話があるの。この人は遼太といって、私の知り合いだけどね、授業料は私が肩代わりするから、どうか面倒をみて、一人前の靴職人に育ててやって下さい」

と頭を下げた。

 オーナーは、

「そうだな。明里ちゃんの見込んだ人なら、僕も無下に断るわけにはいかない。

 しかし、手先が器用で根気が必要だぞ 今の若者には難しいんじゃないか」

 遼太は思わず

「僕はアウトドア派じゃなくて、インドア派です。

 だから、細かい手作業も大丈夫です」

 オーナーは遼太の言葉に頷き、気さくな笑顔で遼太を迎え入れてくれた。

 オーナー曰く

「靴職人は1984年以降から、OA下の影響で激減している。

 しかし、僕は若い人を後継者として育てていきたいんだ。

 明里ちゃんからは、君の授業料は前払いしてもらっているから、これからは靴作りに専念してほしい。

 そう大金が入る仕事ではないが、地道に続けていれば、固定客もついて安定した収入を得られることは事実だがね」

 その言葉に、遼太は納得して頷いた。

 オーナーは話を続けた。

「僕の頬にあるアザは、幼い頃からのものなんだ。

 人間、顔立ちは変えられないが、顔つきは自分次第で変えられる。

 顔つきは、本人の精神状態や生き方によって、変えることができるんだ。

 だから、僕はいつも自分から人に声をかけ、柔和な表情になるように努めてるんだよ。たとえつくり笑顔でも、慰めにはなるよ。

 人の顔は、背中にも現れるんだよ。

 いくら正面ではうまく取り繕っていても、背中に本音本性が現れるということもあるんだ」


 そういえば、遼太は昔、聞いた話を思い出した。

 ある元反社の牧師が、自らの組で大借金をつくり、逃亡生活をおくっていた。

 そんなさなかに、キリスト教と出会い、信仰するようになった。

 ある牧師と十字架を背負い、十字架伝道をするために、なんと所属していた組の地元に行くことになったのだった。

 当然ながら、そうなれば、自分を血眼になって探している組員に見つかり、命の危険は目にみえてわかっている。

 しかし、十字架伝道で殺されたら、神に対する殉教であることを覚悟で、十字架伝道に出かけていったのだった。


 案の定、所属していた組の地元を歩いていると、組員が目の前に近づいてきたのだった。

 しかし、一本道で十字架を背負って行進しているので、逃げ出すことはもはや不可能である。

 元反社牧師は、殺されるという覚悟を決め、思わず息を殺した。

 するとなんと、組員は彼の顔を見ても表情すら変えず、他人事のように通り過ぎていったのだった。

 

 遼太は、この話を聞いたとき、元反社牧師はキリスト教を信じて以来、反社時代と顔つきが変わったのだろうと想像した。

 反社というのは、いくら丁寧な優しい言葉遣いをしても、やはり目付きが鋭く、威圧感を漂わせている。

 常にピリピリと、なにかに怯えているようであり、背中には自分がいつ後ろから刺されるかもしれないという、うす暗い不安感をまとっている。

 しかし、神という信仰するものができて以来、元反社牧師の精神状態は、平常になったので、組員も本人とは気づかなかったのであろう。

 親族の遺伝である顔立ちは変えられないが、顔つきは変えることができる。

 遼太は、これからの人生を歩んでいくためにも、オーナーのような柔和な表情になりたいと思った。

 というよりもそうならなければ、世間を渡っていけないと思った。


 遼太はなかばオーナーの弟子のような感じで、オーナーから仕事を学んでいった。

 オーナーは、仕事の前にいつもお祈りをするのだった。

「天にまします我らの父よ

 どうか、遼太君が靴づくりに励み、成功しますように

 イエスキリストの名において祈ります   アーメン」


 遼太は思わず尋ねた。

「イエスキリストってどういう人物ですか?

 徳川家康やキュリー夫人のような過去の偉人なんですか?」

 オーナーは静かに言った。

「違うよ。イエスキリストは100%人間であり、100%神である。

 誰でもがもつ人間の罪、エゴイズムの身代わりとなって、十字架にかけられたが、死人のなかから三日目に蘇られたんだ。それをイースターというんだ。

 だから、イエスキリストは今でも生きておられるんだよ」

 遼太は怪訝な顔つきで答えた。

「十字架って、処刑道具だったんですね。

 今はアクセサリーのなかで人気ナンバー1といわれていましたがね」

 そういえば、遼太は子供の頃、近所に住んでいた元アイドル松本ゆりに誘われて、年に二度キリスト教会に行ったことがあった。

 一度目はクリスマス、二度目はイースターであったが、イースターのときにゆで卵をもらったのが印象に残っていた。


 遼太は思わずオーナーに質問した。

「ゆで卵というのは、卵からひながかえるというように、よみがえりという意味なんですね。

 人間の罪ってなんなんですか? 

 僕は今のところ、前科前歴はありませんがね」

 オーナーは答えた。

「もちろん、法的な罪も含まれるが、法律というのは時代によっても、国によっても違う。

 罪というのは、人間が誰しももつエゴイズムのことなんだよ。

 百人いれば百通りの正義があるというが、その正義というのは、人それぞれみんな違うんだ。それに変化していく。

 でも、エゴイズムによる正義は、自分だけが正しいということになり、結局は人を傷つけるんだな」

 そういえば、遼太も正義警察という言葉を聞いたことがある。

 自分だけが正義だと思い込み、怒りの鉄拳のようにネットで人を傷つける。

 結局は問題になったが。

 遼太は答えた。

「百人いれば百通りの正義があるといいますが、それは百人とも正義の意味が違うという意味ですね。

 そりゃ、時代や環境が違えば、正義の観念が違ってくるのも当たり前ですがね。

 しかし、愛のない正義ほど、恐ろしいものはないといいますね。

 そういえば、逮捕されたガーシ〇も、芸能人のあること、ないことのスキャンダルをばらまいた挙句の果て、名誉棄損で訴えられましたね。

 ガーシ〇は、ギャンブルで億単位の借金を抱え、最初はスキャンダルを暴露することに罪悪感があったが、借金返済のためには、良心に目をつぶり、あたかも正義のヒーローになったつもりでいたと供述していましたがね」

 オーナーは答えた。

「エゴイズムをもった人間は、どうしても罪を犯してしまうが、そうならないために法律やルールがあるんだな。

 しかし、十戒だけはどうしても守らなければならない」

 遼太は、1980年代のアイドルの歌で「十戒」というタイトルがあったのを思い出し、思わず身を乗り出した。

「十戒の意味を教えて下さい」

 

 

 

 


 


 

 

 

 

 


 




「君は僕の光」

 君の微笑みのうしろにあるものは なんなの

 僕だけに教えてほしい

 君は心のすみに 人の悲しみを背負って生きている

 そんなことして何になるの?

 人は誰でも 自分の悲しみを背負うのが 精一杯なのに


 人の悲しみを背負うことで 悲しみは半分になり

 君の流す涙で 人の心の傷を洗うことになるんだね

 君のうしろには いつもほのかな光の輪

 神は君に 人を救う使命を与えたんだね


 君がそばにいてくれるだけで 僕は優しくなれる

 いつの日か 君みたいな存在になることができたら

 君はいつのまにか 僕の人生の光になろうとしている

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