第3話 インチキは暴露するときが訪れる
私は、新任店長の罠にかけられ、エリアマネージャーに謝罪証明書を書かされた。
「私は、〇月〇日の正午に
一、はい、いらっしゃいませと言った
一、水をカチャリンと出した
一、皿洗いのとき、ガチャガチャいわせた
以上のことにより、客に迷惑をかけ、店長にも危害が及びました。
よって、どんな処分をも受けることを証明します」
そして最後に、住所と名前をサインした。
私は思わず、怪訝そうな顔をして言った。
「そんなことぐらいで、大ごとになるのでしょうか?」
エリアマネージャーは、すごい剣幕で
「そんなこと? お客様は神様であり、あなたはそのお客に失礼なことをしたんだ」
えっ、それが失礼なことの部類に入るのだろうか?
私はあっけにとられた。
「あなたのおかげで店長は、その客の家に連れ込まれ謝罪をさせられるということになってしまった。
あなたは店長にお詫びしなさい」
私はエリアマネージャーの言う通り、店長に頭を下げた。
するとエリアマネージャーは、勝ち誇ったように言った。
「あなたのようなアルバイトは、一か月契約であるが、これであなたは契約が切れた。あなたはいわゆる問題アルバイトである。
そして私の目の届く店では、あなたを雇うことができない」
えっ、どういうこと?
私は、上記の三つの接客をしただけで、客ともめたわけでもない。
第一、客も私に苦情があるなら、そのときに言うじゃないか。
その時点なら、私も客に頭を下げていた筈だ。
私のなかに、黒い疑惑が広がっていった。
私はその後、店長に電話した。
「苦情を言われた客の家まで、謝罪にいったというが、その客の住所と名前がわかりますか?」
店長は、乱暴な物言いをした。
「今更、なにを抜かしとんねん。俺が謝りにいっていないと思っているのか。
その客の住所と名前は、どこかに置いてきた」
と一方的にまくしたてて、電話を切った。
謝りに行かされた客の住所も名前も、どこかに置いて来た?
納得いかないマヌケな話である。
このままでは、私が一方的に悪者扱いにされてしまう。
私は、店長に一泡吹かせてやろうと思い、飲食店本部に手紙を郵送した。
「私は、〇月〇日の正午に客としてきていた女性です。
私は、二階の女性スタッフの接客に腹をたて、店長を自宅まで呼び出し、謝罪をして頂きました。
ところがそのとき以来、玄関に置いてあった靴が無くなっているのです。
多分、そちら様が間違えて持ち帰りなさったものだと思われます。
早く、靴を返却して下さい。
ちなみにその靴は、有名人からお借りした大切な靴です。
一刻も早く、返却しなければなりません。
さもないと私と私の部下が痛いめにあわされます。
恐ろしさのあまり、私は恐怖に震えている最中です。
一週間以内に、お返事をお待ちしています。
ちなみに私は、金融関係に携わっており、一週間を過ぎて返事を頂けない場合は、以前お伺いした店の二階に、部下十人を引き連れてお伺いする予定です。
一刻も早く返事を下さらなければ、私と私の部下に命の危険が迫ります」
私がその手紙をポストに投函してから三日後、雇われ店長は転勤になった。
やはり、雇われ店長のしたことはインチキだったのだ。
あとから判明したことだが、雇われ店長はひどいギャンブル狂で、闇金に借金があり、健康保険証も闇金に没収されてしまったのだ。
そして苦情を言ってきた女性客というのは、なんと闇金の取り立て屋であり、女性客の家に呼び出されたという話は、実は闇金の取り立て屋の事務所に軟禁されていたというのが、事実だったのだった。
軟禁は監禁と違って、いつでも本人の意志で逃げ出すことができるので、法律違反ではない。
雇われ店長は、その事実を隠すために、私を利用して架空の女性苦情客をでっちあげたのだった。
やはり、嘘はいずれは暴露するものだ。
さりとて、私は雇われ店長の嘘を見抜いた張本人だったというわけである。
話を元に戻そう。
明里は、遼太の半グレ断わり話に思わず頷いたが、その原因は誘拐されそうになった私を救い出したことが原因であったというのには、どうも納得がいかない。
悪いのはあくまで、遼太にケガを負わせた加害者のはずである。
明里は、複雑な気分でアパートに戻った。
明里の住むアパートは風呂なしなので、明里は帰宅するとすぐ、ナプキンで上半身を拭くことにしている。
最近の明里は、新聞配達をしている。
朝三時に起床して朝刊配達をし、ひと眠りしてから、昼一時半から配達店に行って夕刊配達を始める。
朝刊と夕刊を掛け持ちしていても、決して高収入ではないが、筋肉質の頑丈な身体になっていくのを感じていた。
また、乾燥肌からも解放され、冬でもクリームが必要なくなるほどだった。
ふと、ドアポストを開くと、一通の分厚いA4版の書類が郵送されていた。
なんだろうな?
開いてみると、なんとある法律事務所の弁護士から、遺産相続についての内容だった。
意外なことに、明里が出産して一年後に離婚したと聞かされていた父には、姉がいた。
それは、明里の親戚にあたる存在でもあった。
姉からみたら、私は姪であるが、一面識もないし、名前すらも知らない。
もちろん、写真すら見せられたことはない。
そんな思いもよらない人物から、急に高額の遺産が舞い込んできたのである。
なんでもその親戚ー父の姉は、高齢であったが、身寄りはなく唯一の親戚である明里に莫大ともいえる遺産が転がり込んできたのだった。
明里は、以前そんな実話を法律関係の本で読んだことがあったが、それがまさか自分の身に降りかかるとは、夢にも思っていなかった。
まるで、当選した宝くじを拾ったかのように、ラッキー以上の奇跡だった。
とりあえず、テレビのスイッチをつけ、福祉番組を見ていると、「ユニークフェイス」がテーマになっていた。
顔の右半分に赤紫色の5㎝ほどの大きなアザのある女性が、アップで映っていた。
その隣には、左頬の下に直径2㎝ほどの丸いコブのある男性が、二人とも穏やかな表情で気さくに司会者と談笑している。
なんでもアザのある女性は、この赤紫色のアザを生かしてメイクを生みだしたという。
濃いルージュに大きなイヤリング型のイヤリングに、黒づくめのファッション。
遠目からも、かなり目立ついでたちである。
また、左頬に2㎝ほどのコブのある男性は、IT関係の仕事をしているインテリである。
二人とも、明朗で気さくなムードを醸し出している。
「泣いても一日二十四時間、笑っても二十四時間という時間だけは、誰にでも平等に過ぎていく」
しかし、へベルである時間は、一瞬たりとも後戻りはできない。
それだったら、この一瞬のへベルー束の間のときを精一杯生きることが、生かされている使命である。
顔にアザのある女性が続けた。
「なかには、麻薬が原因で人を傷つけたり、また犯罪などで命を狙われているという切羽詰まった、戦々恐々としている人もいる。
コロナ渦の重症状態で生きたくても生きられない人もいる。
そういった人の分まで、生きることをまっとうしたい、いや生きる義務が与えられてるんじゃないかと思うんですね」
そういえば二人とも、ユニークフェイスの顔立ちはともかくも、表情は温和で親しみやすい。
ああ、強い人たちだな。
人間には顔立ちとは別に、顔つきがある。
いくらきれいな顔立ちでも、表情のないマネキン人形と接する人はいない。
しかし、温厚な顔つきは、全体の雰囲気にまでにじみでる。
お二人には、苦労もあっただろうが、その苦労を乗り越えてきた人特有の柔和で、親しみやすい表情を感じた。
食べ物で例えれば、思わずおかわりしたくなる、長時間煮込んだ口当たりのいい薄味のスープのようだった。
一方、遼太はうつうつとした気分だった。
俺は明里を助けるために頬に傷を負い、それ以来、人になじめずにいた。
遼太に声をかけてくれる人もいたが、なんだか同情と好奇心で近づいてきたのではないかという猜疑心さえもつようになっていた。
もともと勉強好きでもなかったし、運動神経もそう良くなかった遼太は、打ち込めるものなどなかった。
高校を卒業したものの、明日の見えないフリーター人生をおくるしかなかった。
それもこのご時世、いつリストラを言い渡されるかわからない。
遼太は、精神的にも金銭的にも、いつも不安と隣り合わせの日々をおくっていた。
そんなとき、遼太に訃報が舞い込んできたのだった。
今から二十五年も昔、一発屋だった女性アイドル松本ゆりの訃報である。
松本ゆりは、アイドルとしてデビューし、CM出演後、一曲だけヒットを飛ばし、あとは芸能界を引退したというが、現在ではもう忘れ去られたというよりは、若い人は名前すら聞いたことがないほどの、無名の存在になっていた。
ゆりは、デビューする前は遼太の近所に住んでいて、幼馴染だった。
小学校の頃、お腹をすかせた遼太にお菓子をくれたり、算数の九九や分数を教えてくれた唯一の存在であり、恩人でもあった。
そして、遼太の初恋の女性だった。
ゆりは芸能界引退後、実弟の経営する会社の経理担当で、生活には不自由することは皆無だったという。
ネットニュースの写真には、ゆりの実弟である会社社長の身寄りに、なんと明里の写真が掲載されていた。
明里は、ゆりの実弟の亡くなった前妻の間の長女であったが、今ここに公表したいという、本人からの意向であったという。
遼太はふと、明里から金をせびりとることを考え始めた。
ラッキー、これで大金が入ってくる。金銭の不安から解放されると思った。
遼太は、以前会ったコンビニで明里を待ち伏せしていた。
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