第2話 半グレ風青年との思いがけない再会
拒食症になった明里は、スリムになり顔付きまでシャープに変わっていった。
鏡をみると、お笑い芸人のような三枚目的容姿から、アイドル候補生のようなモデル体型に変わっていく自分が、ちょっぴり誇らしかった。
話を元に戻そう。
スーパーで買い物をして、レジを通したあと、売り場に戻りマイバッグに商品を入れようとした。
そのとき、知らない男性がつかつかとやってきて
「レジを通してからにして下さいね」
どうやら私は万引きと疑われているらしい。
証拠となるはずのレシートも、ポケットを探っても見当たらず、どうやら店内に落としてしまったらしい。
一瞬あせった。
このままでは、万引き犯の冤罪をかけられても仕方がなくなってしまう。
その途端、半グレ風青年が近づいていて
「このレシート、落としたんじゃないの?」と明里に差し出した。
「うわっ、そうです。有難うございました」
軽く礼を言おうとしたその途端、男の頬には3㎝くらいのくっきりとした傷が目に入ってしまった。
明里は別段驚きもしなかった。
なぜなら、子供時代、明里の額にも似たような傷があったからである。
明里は五歳の頃、階段から転げ落ちてしまった。
幼稚園ではそう気にされなかったが、小学校入学した一か月後、男子から
「額に傷があるって、アウトローか旗本退屈男みたいだね」
などとわけのわからぬことを、言われたのである。
旗本退屈男?
その当時はなんのことかわからなかったが、あとで知ったことだが、顔に傷のある侍のことである。
誉め言葉なのか、呪いの言葉なのかはわからぬが、明里は侍のように、強くなりたいとポジティブに思った。
小学校二年のときに、額の傷は消えていったが、明里は強く生きなければと決心した。
話を元に戻そう。
明里は、半グレ風青年から渡されたレシートを、男性に見せると、無言のままに立ち去った。
失礼な人だな。一言くらい謝罪の言葉があってもいいのに。
でも、私はそんなことで傷ついたりしない。私は侍のように強い人間なのだから。
明里は、レシートを拾ってくれた半グレ風青年にお礼を言おうとしたとき、青年の方から声をかけてきた。
「あんた、俺のこと怖くないの?」
明里は、一瞬返事につまった。
「えっ、どういう意味?
実は私も昔、額に傷があったんですよ。
子供の頃は、アウトローの子などとからかわれたこともありますよ。
あっ、こんなことを言ったらアウトローの子に失礼ですよね」
私はゆるいボケを言ったつもりだったが、青年はクスリともしない。
青年は明里の顔をまじまじとみつめながら、言った。
「あんた、昔この辺りに住んでいただろう」
私がこの辺りに住んでいたのは、小学生までだったけどね。と言いかけようとしたとき、青年は
「ちょっと、あんたとは長話になりそうだ。ねえ、となりのカフェで話をしよう。
あっ、もちろん奢りますよ」
私は青年の熱意に魅かれ、誘われるまま、隣接されたカフェについて行くことにした。そのカフェは、週に六日は通っている私の庭のようなカフェである。
実は私は、以前にも二、三度、そのカフェで遼太らしき人物を見かけたのである。
「俺、遼太っていうんだ。あなたひょっとして、明里っていうんじゃないか?
実は俺、この近くの出身なんだ。
そのとき、あんたは女装した人に自転車に乗せられただろう。
それを助け出したのは俺なんだ」
そういえば、過去の記憶の糸を辿っていくと覚えがあった。
私が学校帰り、校門の前で、母親の代理で迎えに来たなどという自転車に乗ったバッチリメイクをした女装姿の人が現れた。
その人とは二日前、学校帰りに、道端の雑草の花に見とれていると、すかさず花を摘み取り、
「こんにちは。今日はいいお天気ね。私はあなたのママとお友達なのよ」と私に笑顔で挨拶した。
私はその言葉を真実だと思い込み、誘われるままになんの警戒心ももたないまま、自転車の荷台に乗ってしまったのだった。
のちに近所のおばさんたちが、そのことを警察に通報したが、警官が到着する前に助けてくれた中学生男子がいた。
それが今、目の前の半グレ風青年である遼太だったのだった。
「俺はその当時、中学生だったけど、柔道の心得があったので、犯人と格闘しようとしたんだ。
ところがその途端、相手の女装姿のかつらが落ちてしまい、ハゲ頭が見えた途端、俺は思わず吹き出してしまった。
犯人は、そんな俺の頬に地べたに落ちてあった尖った石で傷を負わせたんだ」
私は、目を丸くしながら、この予想もつかなかった仰天話に聞き入っていた。
もしかして、遼太は私を助け出した代償として、女装男の犯人から頬の傷を負わされたのだろうか?
明里は、申し訳なさでいっぱいになった。
「そんなことがあったなら、今、謝罪します。助けて頂いて有難うございました。
そして、申し訳ありませんでした」
明里は、深々と頭を下げた。
遼太は、ため息をつきながら話を続けた。
「当時中学二年生だった俺の家庭は、親父がリストラに見舞われ、貧乏真っ只中だったんだ。そのために、皮膚科どころか歯医者に治療にいく金もなかった。
頬の傷を放っておくと、そこから菌が入ってきて、ますます傷は腫れたように赤みがかり、3㎝ほどの大きな傷になってしまった。
そんなとき、いかにも不良がかった連中に声をかけられたんだ。
最初は笑顔で、ゲームやスポーツの話をし、パンや牛丼をおごってもらったりして、面倒見のいい先輩だと思っていた。
しかし、徐々に万引きを命じられたりするようになってしまった。
俺は、もともと勉強嫌いで敬語もろくに使えず、それに頬の傷のこともあいまって、気が付いたときには、不良のレッテルを貼られるようになっていった。
俺の家庭は、親父がリストラになったあとでも、職探しをしようとはせず、俺は路頭に迷う羽目になってしまっていたのだった」
遼太には、私には想像すらつかない苦労話があったのか。
明里は、なかば別世界の話を聞くように、驚嘆して遼太の話に聞き入っていた。
遼太は私の真剣な表情にひかれるように、昔話を続けた。
「まあ、二昔ほど前だったら、そういう行き場のない悪ガキは、アウトローの世界にスカウトされていたというのが通常パターンだったが、今はそういう時代ではない、といっても、俺は半グレなどに入る気もなかったんだ」
明里は、思わず頷いた。
「ごもっとも。悪のグループってしつこいというか執念深いわよ。
一度、入ったらもう抜けることはできない。
あなたは、クレバーな人ね。
ワルのレッテルを貼られると、もうそこから這い上がることは一苦労。
いや、人の何百倍もの努力が必要よ。
その苦労と罪責感に耐えられなくなり、覚醒剤いや、今はフェンタニルなどという新型麻薬に溺れたりするというわね」
遼太は、不機嫌さをあらわにして言った。
「あんた、まるで他人ごとみたいな軽いもの言いをするな。
俺がこんな傷をつくったのは、あんたを助け出そうとしたからだということを忘れてもらっちゃ困るよ。
少なくとも、名誉の負傷なんて思わないでほしいな」
そう言い終わると、遼太は立ち去ってドアに向かった。
遼太の方から明里を誘い出したくせに、勘定は明里が遼太の分まで支払う羽目になった。
まあ、いいか。多分、遼太君も金がなかったんだろう。
一度くらい奢ってもいいだろう。ただし一度だけだけどね。
明里は、遼太に同情をすると同時に、責任も感じた。
しかし、今の時代、ほおに傷があっても化粧でごまかすこともできるし、手術もいくらでも可能である。
今は、身障者でも社会で活躍している時代である。
それに、自分の顔ばかりに固執している人は、かえって他人からそれを見破られるという。ノー天気にしている方が、他人も気にしないという。
他人は自分が思うほどに、自分のことを意識していないだろう。
明里は、複雑な気分でアパートに戻った。
明里の住むアパートは、風呂なしなので、明里は帰宅すると、すぐナプキンで上半身を拭くことにしている。
とりあえず、コンビニで買ってきたシュークリームを口にしたとき、小さな幸福ならぬ口福を満喫し、次々に三つもたいらげてしまった。
明里は、飲食店勤務を契約切れで解雇され、現在は新聞配達をしている。
飲食店に勤めていると、客はまず早く料理を出してほしいということを要求される。この頃は、飲酒する客もめっきり減ってきて、かわりにノンアルを好む客が多い。
酔っ払いが減った分だけ、客の回転率は速くなり、女性客も多くなっていった。
しかし、売上の方は物価高騰に比例して減少し、また人件費を減らすと、その分仕事を忙しくなり、退店するスタッフを多くなってしまう。
そんなときに、困った新店長が入店してきて、自分の失敗を明里のせいに仕立て上げようとするので、これを機に明里は四年間務めた飲食店勤務を辞めることにした。
ある日、新店長は明里を呼び出して言った。
「あなたは昨日、ある中年女性にまずい接客をしたそうだな。
私はその女性から、電車で待ち伏せをされ、その女性の家まで謝りに行かされたんだ。あなたのような人は、無期謹慎処分とする」
えっ、なんのこと?
確かに中年女性に接客はしたが、水や料理をかけるなど、客に迷惑をかけるようなことはしていない。
第一、苦情があるなら、その時点で客は、テーブル越しに私に直接言っていたはずである。
あとから、雇われ店長を呼び出して、自宅まで謝りに行かせるなんて想像もつかないことである。
私は、エリアマネージャーを呼んで店長と三人で話し合うことになったが、エリアマネージャーというのは、自分が店長を選出した責任上、あくまでも店長の味方である。
私はエリアマネージャーに問われた。
「店長からあなたは、〇月〇日の正午に、
一、はい いらっしゃいませと言った
一、水をカチャリンと置いた
一、皿洗いのとき、ガチャガチャと音をさせた
これは事実だな」
私ははいと答えた。
「お客様は神様である。あなたのその接客が、客の気に障ったら、それはあなたの責任である。謝罪証明書を書いてもらう」
謝罪証明書の内容は、極めて一方的なものだった。
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