第二十二幕『問題あり、異常なし-take notice-』

「……ひまだ」

 時は深夜、家具店と食堂が一体になった建物に、一見痩躯そうくだが筋肉質きんにくしつな青年が制服に身を包んで懐中電灯かいちゅうでんとうを手に、暗い店内を歩いていた。

 筋肉質な青年はこの商店の夜警やけいのアルバイトで、店内を巡回しているところだった。

 店内はポツリポツリと各所に存在する非常灯が緑色の小さく淡い光を発しているだけで、不気味な雰囲気ふんいきただよわせていた。


 ところで、この夜警のアルバイトにはあるうわさが付きまとっていた。

 何でも、この店の警備員は度々失踪しており、この店には深夜にバケモノが出るだの、この店は呪われているだの、そんな噂がささやかれていた。

 そんな噂を知ってか知らずか、筋肉質な青年は夜警のアルバイトをある伝手つてから聞き、深夜のアルバイトなので常識しょうしき範疇はんちゅうで実入りの良いバイトだからと、彼は金欠な事もあって警備員のアルバイトを受けてしまった。

 筋肉質な青年自身はこの店が呪われていると言う話を知ってか知らずか、しかし仕事のレクチャーを受ける際に不審ふしんなものが侵入して来たさいのレクチャーを受けており、即ちレクチャーした側はが来ると確信をしていた。


(深夜とは言え、家具屋なんかにそうそう侵入者が居るもんかね? 仮に居るとしたら、それは侵入者と言うよりお化けとかそう言ったものじゃなかろうか?)

 その時、筋肉質な青年は何かの気配を感じ、振り向きながら懐中電灯をかざした。

 そこはなんて事の無い寝具売り場で、本来は何もおかしな事は無い筈だった。

 しかし、誰も居ない筈の寝具売り場に確かに人の気配があり、何かが潜んでいる様子があり、存在してはいけない招かれざる客を認めざるを得なかった!

 そのベッドだ! そのベッドの中から、確かに存在してはいけないものの気配がする!

 筋肉質な青年がそのベッドの羽毛布団を取り去ると、なんと中には只人の物とは思えぬ真っ赤な肌をした、異臭をふりまく、図体の大きい、すっかりいつぶれてアルコール臭い呼気の酔っ払いが眠っていたではないか!

「オラ! 出ていけ!!」

 筋肉質な青年は侵入者を店の外につまみ出した。

 不審者は見つかってしまっては仕方が無いという様子で大した抵抗を見せず、態度たいどで自らの足で店の外まで出て行った。

「あの様子だと、毎日の様に不法侵入をしてはその都度追い出されていたのか。だから、あんな感じで研修やレクチャーがあったんだな……」

 筋肉質な青年は一人合点し、夜警のアルバイトを続ける事にした。


 筋肉質な青年が懐中電灯を片手に店内を巡回していると、奇妙な音がした。

 くちゃり、くちゃり……と湿った音と言うべきか、破砕音と言うべきか、筋肉質な青年はこの奇妙な音を聞いた事がある様な気がするものの、彼はこの音が何かを思い出せずにいた。

「誰か居るのか?」

 筋肉質な青年は懐中電灯をかざして周囲を見るも、目立った場所には誰も居らず、ただただ湿った破砕音と、そしてそれに連なるうめき声の様な音が彼の耳に聞こえていた。

「この音は、まさか……」

 筋肉質な青年には、この音をどこで聞いた事があるのか思い出した。

 それは動物系のドキュメンタリー番組! 或いは、動画サイトでの動物を取り扱った環境音の動画! そして動物園のプログラムの一環いっかん猛獣もうじゅうえさやり! 即ち咀嚼音そしゃくおん

 筋肉質な青年が注意深く音のした方を探ると、そこにはが食堂に備え付けられた大きな冷蔵庫れいぞうこの扉が開いている前で、一心不乱に何かをむさぼり食らっているではないか!

 はただただ唸り、貪り、嚥下えんかし、理性も無く、道理も無く、人道に唾する様な態度たいどでひたすら冷蔵庫の中身を次から次へと食らっていた。

 背後から注意深く観察かんさつしたところ、は成人男性程の大きさで、背中を丸めた様な姿勢しせいをしており、前肢を用いて冷蔵庫の中の食品を口に運んでおり、毛が生えた動物で、眼球は食肉目のそれであり、誰もが知っている自然界のあらゆる動植物を食らう恐るべき捕食者! 端的に言い表すならば、ヒトぞくヒト科ヒトのオスだった。

「オラ! 出ていけ!!」

 筋肉質な青年は食べ物泥棒を店の外につまみ出した。

 泥棒は見つかってしまっては仕方が無いという様子で大した抵抗を見せず、な態度で自らの足で店の外まで出て行った。

「他のアルバイトより色がついた時給がついた理由が分かった気がするな……」

 筋肉質の青年は不安そうな、億劫おっくうそうな様子で夜警を続ける事にした。


「まあ侵入者や泥棒が居たんだ、さすがに他に不審者のたぐいは居ないだろう」

 筋肉質な青年がそう独り言を呟きながら夜警を続けていると、は現れた。

 はネコ系の動物が縄張なわばりを誇示するために行う動作の様に、体の腺をマネキンにカクカクとした動作でひたすらこすりつけており、ここは自分の縄張り、自分の城、他者の介入する余地など一部も存在し得ない! と、そう主張をしている様子であり……平たく言うと、下半身裸の中年男性がマネキンに腰を擦りつける事に夢中になっていた。

「オラ! オラ! オラァ!!」

 筋肉質な青年は反射的に懐中電灯を逆手に持ち、下半身裸の中年男性のこめかみに懐中電灯の持ち手側を打ち込み、下半身裸の中年男性のこめかみを懐中電灯の持ち手側で殴りつけ、下半身裸の中年男性のこめかみに懐中電灯の持ち手側をめり込ませた。

 下半身裸の中年男性はこめかみに三度懐中電灯の持ち手側をしたたかに受け、失神してその場に倒れ込み、痙攣けいれんをし始めた。

「……死んではいないよな? まあいいや、身の危険を感じたから手を突き出したら気を失ってしまったって事で、警察に連絡しよう。防犯カメラにコイツも映っているだろうから、俺が変に罪に問われる事は無いだろう……無いよな?」

 筋肉質な青年はちょっとしたパニック状態じょうたいから自分を取り戻し、自分に言い聞かせるようにそう唱え、備え付けられた固定電話で通報するべく、オフィスに戻る事にした。


「これでよし!」

 警察に備品の電話で通報した筋肉質な青年は肩の荷が下りた様子で息を吐き、そして一息入れようと、インスタントのコーヒーでも作ろうかと思案した。

 その時だった。

「俺は強盗だ! 指やら目ン玉やらが惜しかったら金目の物をあるだけ出しな!」

 なんと、オフィスに刃物を持った剣呑けんのんな男が押し入って来たでは無いか!

「えい」

 筋肉質な青年は何の迷いも無く、オフィスに備え付けられたテーザーガンった。

「ぐわああああああああーっっっ!?」

 引き金を引かれたテーザー銃から電極でんきょくが射出され、その電極は強盗の皮膚ひふに突き刺さり、そこから三〇万ボルトの電圧が強盗の肉体をおそった。

 強盗は強烈な電流をその身に受け、一瞬いっしゅんで失神してしまい、その場に倒れ込み、痙攣をし始めた。

 筋肉質な青年は特に慌てるでも興奮こうふんするでもなく、落ち着き払って備え付けられた固定電話を手に取った。

「もしもし、警察ですか? 不審者もう一人追加」


「ふう、これでよし」

 警察に備品の電話で通報した筋肉質な青年は肩の荷が下りた様子で息を吐き、そして今度こそ一息入れようとインスタントのコーヒーを魔法瓶まほうびんを使って作った。

「なんて大変なバイトだ……レクチャーを受けている際は心霊現象しんれいげんしょうでも起きるのかと思っていたが、まさか不審者が一晩で四人も出て来るとはな……」

 筋肉質な青年は気持ちの整理をつける様に、インスタントコーヒーを啜った。


  * * *


 筋肉質な青年は心霊現象が起きない事に肩を落としている時、この店にはもう一つ隠れ潜んでいる存在があった。

 比喩ひゆ叙述じょじゅつトリックも無い幽霊ゆうれいで、筋肉質な青年が大立ち回りをしている様を、恐ろしそうにふるえてただただ見ていた。

 何せ一般論いっぱんろんの言うところでは、幽霊だって元は人間なのだ。人間だったのだから侵入者や泥棒や変質者や強盗は怖いし、そんなものをおくせずに一蹴いっしゅうする様な人中のバケモノはもっと怖い。


 お化けだって、怖いものは怖いのだ。

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