第二十一幕『非常に歴史的価値が高く当時の人の心境も見て取れるため状態を保存するべきです-Who’s afraid of the Big Bad Bogy-』

 よく晴れた日差しの強い日、まだ陽の高い時刻、半透明はんとうめいのカーテンで日光が心地よく緩和かんわされた室内で、一組の男女が和風の化粧箪笥けしょうだんすを品定めしていた。

 物色していたと言っても、空き巣や強盗のたぐいではない。

「ふひひ、こちらですぜ兄貴あにき幾万いくまん幾億いくおくという欲深い蒐集家しゅうしゅうかを飲み込んだという『不幸のタンス』は!」

 そう言って相方の片割れに隠れる様に様子をうかがうのは、長い茶髪ちゃぱつが目に映えるスレンダーでどこかサルの様な印象を覚える軽快な雰囲気ふんいきの女性。

「いやな、俺はお前の兄貴になった覚えは無いし、そもそもその『不幸のタンス』とやらが幾億人飲み込んでるっていうなら、人口は今頃大変な事になっているぞ」

 茶髪の女性の相方は、一見痩躯そうくだが筋肉質な体躯の青年。

「ままま、気にしなさんな。巷で霊能力者れいのうりょくしゃを名乗る奴は胡散臭うさんくさくていやって言うし、オーナーさんは頼れるお寺が無いからこうしてお鉢が回って来たんだからさ」

「しっかしなあ……」

「でも、もう前金もらっちゃったんでしょ?」

「ああ」

「湧いたお金に喜びまくって、後先考えずにアレコレ買い物して、今月ヤバいんでしょ?」

「ああ……」

 その様な顛末てんまつであった。

 筋肉質な青年がタンスを調べるのを、茶髪の女性はおっかなびっくりな様子で、丁度まるで……

「なあなあ、このタンスの中身に『おはらい』のマネゴトをすればいいだけって俺には言ったよな? なんでお前は爆弾処理ばくだんしょりか何かでも見ている風なんだ?」

 筋肉質な青年の質問に茶髪の女性は痛い所を突かれた様にもくし、視線を逸らし、そして汗をツーっと一筋流した後に答えた。

「えー実は先程二、三うそを吐きました。そのタンスは、開けた者と子々孫々シシソンソン呪詛ジュソを及ぼし、末代まで呪い殺すとかなんとか……」

「えい」

「うわッ!?」

 筋肉質な青年は茶髪の女性の態度たいどしびれを切らし、タンスの一番上の段を開いた。

「ちょっと待って! あたし心臓しんぞう止まるかと思ったんですけど!」

「知らんよ」

 そう言いつつも、茶髪の女性は興味心を抑えられ切れない様子で、筋肉質の青年の肩から様子をうかがう様に開けたタンスの段を覗いた。

「朱色の……えっと、寄木細工よせぎざいく?」

「ああ、妙な触感がするが、パッと見普通の木の箱だな」

 そこにあった、青年が手に取ったのは鉄錆てつさびの様に黒ずんだ赤い色をした、木製もくせいの立体パズルだった。

 蒐集家の依頼主が曰くつきの代物のお祓いを頼んで来たのだ、きっとあの堅牢であろう寄木細工をどうにかして開けたら、その中にある呪物があるのだろう。

 そもそもの話、依頼主の話が本当だとして、幾億の人間を飲み込む『不幸のタンス』なんて物を部屋に剥き出しにして置いてあるのは病原菌のコロニーを室内に放置する様な事、加えてこの手の怪談では厳重げんじゅう密閉みっぺいされた難攻不落なんこうふらくの箱の中の中に呪いの根源があって、封印をいた人間が呪われると相場が決まっている。一例として、建設王の二つ名で知られるエジプト王ラムセス二世のはかは、

「ふん!」

 筋肉質な青年は、手に持った朱色の寄木細工を握りつぶした。

「え、待って! 握力で握りこわした!?……というか握り潰せたの? 寄木細工って握り潰せる物なの?」

 茶髪の女性は、筋肉質な青年の手の内で寄木細工が粉々の木屑きくずになって風に乗って消えてしまったのを見て、冷静れいせいさを失っているが、青年は平静そのものだった。

「すまん、なんかこう……指が滑った。あと、今の箱はシロアリかカビにでもやられて中がボロボロだったんじゃないか? 普通、木製もくせいの箱だったらちょっと握っただけじゃ壊れないだろ」

「ちょっと握るだけなのに、『ふん!』って掛け声を?」

「………………」

「まあいいか、中に何か無かった?」

「いや、何も入ってなかった。入ってたとしても、状態じょうたいが悪くてボロボロだったんじゃないか?」

 筋肉質な青年はそう言って、ごまかす様に利き手を逆手で払い、手についたゴミを落とした。

「まあ、ちょっと触っただけで跡形も無く風化ちゃったなら仕方ないのか? 次は真面目にやってよね! もう前金貰っちゃったんでしょ」

ういouiういoui

「ここはフランスじゃない!」

 その様なやり取りをしつつ、筋肉質な青年は気軽にタンスの二段目を開け、茶髪の女性はその様子をおずおずと見ていた。

 タンスの二段目には、黒くて細長くて四角い、見慣みなれれぬ機械的きかいてきな箱が収めてあった。

「わ、これってあれだ、ビデオテープ! 何が映っているんだろう? これがお祓いして欲しい物?」

「そおい!」

 筋肉質な青年は肘をハンマーの要領でビデオテープに打ち付け、タンスの底板ごとビデオテープに打ち付け、タンスの二段目の引き出しはひしゃげてダメになってしまった。

「ゲンジョウ様、何をなさっておいで!?」

「ごめん、なんか上半身が滑った。滑ってしたたかにエルボーをキメてしまいました」

「うわあ、もうタンスが滅茶苦茶めちゃくちゃ……」

 その時、茶髪の女性はある事に気が付いた。先程、確かに目に入った筈のビデオテープが引き出しの中に無い。

 あるのは焼け焦げて嫌な臭いを発するちぢれたテープと、黒いプラスチックの塊だけだ。

「ねえ、これは何?」

「ビデオテープの中がシロアリの巣になってて、中がボロボロだったんじゃないか?」

「シロアリは木を食べる害虫! どうやったらビデオテープがこうなるの!?」

「じゃあ未知の菌か何かが呪いだなんだと言われてるんだろ」

「………………」

 筋肉質な青年は茶髪の女性のペースなど知らずか、或いは知っていてマイペースと言うべきか、タンスの三段目を開けた。

「これ、カツラとお札? うわ、不気味。多分これがお祓いして欲しい物って事?」

「オラァ!」

 筋肉質な青年は唐竹割の要領で、タンスを踵落としで両断した。

 一瞬いっしゅん、そこには引き出しに収まった人の毛からなると思われるカツラと、何かが書かれた和紙とがあったが、カツラも、和紙も、引き出しも、タンスも、タンスの一番下の引き出しも粉々になってしまった。

「何をしたって言うか、それは一体何が出来ているの……?」

「シロアリだ、このタンスは新種のシロアリの巣だった」

「あっはい、そうですか」

 茶髪の女性はただただ呆れ果てたが、目の前にはタンスがの様になってしまっているという眩暈めまいのする光景があり、眼前の出来事を納得する為には相方の言い分を信じる以外になかった。

「いやでも、お祓いのバイトであってゴミ処理の仕事じゃないんだけど、これどうしよう……」

「シロアリの巣か何かになってて、触った途端とたん風化しちゃいましたで通すしかないだろ。触っただけで粉々になっちまったのは本当なんだからよ」

「いやいや、現物こわれてるし、前金受けとっちゃってるし、どうするの?」

「………………」


 * * * 


 二人はただただ肩を落として途方にくれているが、その背後には三つの人影ひとかげがあった。

 三つの人影は少女のそれで、三人は三様に二人に話しかけていた。

(助かりました)

(出してくれてありがとう)

(これで誰も怨まなくて済む)

 しかし二人のどちらも三人の人影には気が付かず、ひたすら今後について考えてうなだれるだけであった。

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