第二十幕『観たら死ぬ絵画-Lust 4 life-』


 『見たら死ぬ絵』という都市伝説がある。

 無論、本当に見たら死ぬというのであれば、大量破壊兵器たいりょうはかいへいきの様な物だし、もっと言えばその姿を電波に乗せて都会のスクランブル交差点や視聴率の高い番組で流すだけで大勢おおぜいの人が死ぬだろう。

 故に、『見たら死ぬ絵』という物は額面通りには存在し得ない。

 そもそも人間はいつか必ず死ぬのだから『見たら死ぬ絵』を見たから死ぬという詭弁きべんも成り立つやも知れぬが、兎にも角にも見たからといって人を即死させる様な絵画はどうあっても存在し得ない。

 ならば『見たら死ぬ絵』なる都市伝説は、とでも称する方が怪談としても適当てきとうだと言えよう。


  * * *


<怨めしい……あぁ、怨めしい……>

『見たら死ぬ絵』と俗称で呼ばれている、学校に展示された絵画のすぐそば、両手で頭を抱えたが居た。

 は、その絵の作者だった。

 彼女の描いた絵は多くの人の目に届いたが、結局誰からも評価されず、今ではこうして学校で無為に展示されている。


 しかしこれは本題ではない。

 何故彼女の絵が『見たら死ぬ絵』と言われているかというと、彼女の絵は生前全く評価されず、それどころか罵倒ばとうされていた。

 多くの人にとって、彼女の絵は無関心の対象であり、しかし自分で絵を描けない人達に限ってこう言った。


「こんな下らない絵、自分にだって描ける」

「お前の絵には何の価値も無い」

「ゴミ」

「素人のパクり」

素敵すてきな絵ですね、人工知能に描かせたのですか?」


 何故彼女が死んだかは知らないし、事件性も無い。

 しかし彼女は芸術に未練を持っており、短絡的に言うと自分の絵が評価されない事を怨んで怨霊おんりょうとなってしまっていた。

 その結果、絵の怨霊は人をおそって死に至らしめ『見たら死ぬ絵』という都市伝説が完成した。

 しかし絵の怨霊は『見たら死ぬ絵』を見たら人間全てを殺す事は全くしなかった。

 絵の怨霊は無関心には無関心を、悪意には悪意を返す事をルールとしていたのが理由だ。


<お前! 私の絵を悪く言ったな!>

 彼女は自分の絵を悪く言ったり、彼女自身を悪く言う人間を見つけると、手にナイフを持って耳を斬り落とし、外耳道にナイフを突っこみ、何度も何度もナイフを耳の中に突き立てる事で器官を雑多ざったに傷つけた。

 無論耳を斬り落とされて大丈夫な人間も、耳の中にナイフを刺されて平気な人間も存在せず、耳の中の器官を滅多刺めったざしにされて死んでしまった。

 自分で自分の耳を滅多刺しにして自殺を試みる人間なんて疑わしいし、そもそも躊躇ためらい傷が見られないので、これらを見た人間は自殺ではなく他殺の線で調査されたが、しかし相手は怨霊。調査は難航なんこうして進まない。

 加えて言うと、絵の怨霊は無差別に襲うのではなく、自分の絵を悪く言った人間だけを襲うのだから、規則が分かりにくいのもあって捜査は全く進まない。

 この絵を悪く言った者の私怨による殺人だ! と、そんな簡単かんたんに答えに辿り着けるのなら、それは名探偵や名刑事であってフィクションの存在と言わざるを得ない。


  * * *


 一見痩躯いっけんそうくだが、その実筋肉質な青年が学校の実習棟を歩いていた。

 実習等の廊下にはポツリポツリと生徒が描いた絵が展示されているのだが、その中に一枚だけひどく不気味な絵画があった。

 その絵は砂丘を背景に、眼球の様な人の肌の様な印象を覚える球体が浮かんでおり、その球体からは砂やアリが零れ落ちているという物で、どことなくダリの《記憶の固執》を連想させる光景であり、それでいてゴッホの《星月夜》を思わせるりだった。

 彼は『見たら死ぬ絵』の前で立ち止まると、なんとなくその絵が気になったのか『見たら死ぬ絵』をまるで生まれて初めて見る珍獣ちんじゅうか何かでも見る様に眺めた。

 筋肉質な青年が自分の絵を眺める様を、絵の怨霊は手にナイフを持ち、逆手に振り上げたまま眺めていた。

 筋肉質な青年は『見たら死ぬ絵』が気になって少しだけ眺めたが、すぐになんて事も無く興味を失い、実習棟を歩いて去った。

「芸術ってのはよく分からん……」

 その様子を見て、絵の怨霊はナイフを振り下ろすでもなく、ナイフを振り上げたまま、残念な様な拍子抜けの様な素振りを見せた。

 『見たら死ぬ絵』だろうが何だろうが、見る人が無価値と思えば無価値になるものだ。

 人を殺す力を持っていようが、絵は絵に変わらない。

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