第十五幕『誰かを殺せる悪運と権利を保証します-guardian daimon-』

 雑木林ぞうきばやしようする山のふもと、今はもう使われなくなった『フレーズ』と言う名の酒場の中に、呪われた椅子があった。

 その椅子は、かつて死刑になった連続殺人犯が生前愛用あいようしていたと言われる代物で、うわさに因ると、その殺人犯は犯行の前に椅子に座って計画を立てる事がジンクスやルーチンにしていたと言われている。

 何故その様な噂が立ったかと言うと、この椅子に座った人間は誰もが近い内に死んでいるからだ。

 そのせいで、この椅子に座ったが最期『私の椅子に座るな!』と殺人犯の幽霊ゆうれいに殺されると噂するもの。

 あの椅子そのものがバケモノで、殺人犯も被害者だったのかも知れないと軽口を叩くもの。

 とにかく、あの椅子に関わると人が死ぬと言うのが一貫した噂であった。

 この様な椅子を酒の席に置いてあるのだから、当然興味本位きょうみほんいや酔ったいきおいで座る者が出て来る。

 結果、あの酒場に近寄ると人が死ぬと評判になり、酒場はつぶれてしまった。

 あの酒場のフルーツタルトは美味しかったと残念がるものも居たが、その一方で潰れて清々したと言う人の方がずっと多かった。


 陽が沈んで人目がすっかりなくなった夜の事。

 潰れた酒場に、一見痩躯そうくだが、それでいて筋肉質な体躯の青年が訪れた。

 筋肉質な青年は、釘で板が荒々しく打ち付けられた戸を、手に持った登山用の杖での要領でへし開け、堂々と酒場に侵入した。

 これから取りこわされるか、これからも放置されるかであろう酒場の中を、筋肉質な青年は軽く家探しし、そこでビニールテープで十重二十重とえはたえに封印でもされている様に安置あんちされた椅子を見つけ出し、これをほどいて座った。

 するとその時、椅子に座った筋肉質な青年と向き合う形で、いや、彼を見下ろす形で何かが現れて立っていた。

 何かはヒトガタで、椅子に座った人間を見下してほくそ笑んでいる様に感じられた。

「ほほほ、初めまして。私はこの椅子の精霊、この椅子に座ったからには誰かが死にます。即ち、あなたは誰かを殺す事が義務付ぎむづけられ、それが出来なかったら代わりにあなたが死にます!」

 ヒトガタの何かはそう言って、筋肉質な青年の顔を覗き込んだ。

「さあ、誰を殺しますか? 自死をえらびますか? 私を楽しませてくれますか? 私を長くあいし、使ってくれますか?」

 ヒトガタの何かは嬉しそうに、楽しそうに、そして期待を抑えきれずに筋肉質の青年に一日千秋だと言わんばかりにまくし立てる。

 それに対し、彼はポツリと一言だけ口を利いた。

「お前」

「はい?」

 筋肉質な青年はそう一言だけ口にすると、ヒトガタの何かの鼻尖びせんを殴った。

「痛っ!? 何を……?」

 筋肉質な青年はヒトガタの何かの鼻を殴り、首元をつかみ、腹部をり、前頭部を打ち、かかとを足で払い、脛を踏み抜き、馬乗りの形になり、更に口唇を殴り、額を殴り、あごを殴った。

「痛っ! やめて! 助けて!」

 ヒトガタの何かはそう懇願こんがんしたが、筋肉質な青年は聞く耳を持たず、ヒトガタの何かを殴り、殴り、殴った。

 筋肉質な青年はヒトガタの何かが微動びどうだもしなくなったのを見ると、脇にいておいた登山用の杖を使い、件の椅子を打ちこわした。

 椅子がすっかり椅子の形をしなくなったのを見ると、筋肉質な青年は納得した様な様子を見せ、何をしたりとったりするでもなく酒場を後にした。


 雑木林をようする山のふもと、今はもう使われなくなった『フレーズ』と言う名の酒場の中に、呪われた椅子があった。

 今や呪われた椅子は椅子の形をしておらず、誰も座る事はかなわない。

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