第十二幕『誰も居ない家-monster house-』

 どんな町にもお化け屋敷やしきうわさはある。

 大抵はただの気味の悪い家屋を子供達が勝手にお化け屋敷呼ばわりしているだけだったり、もしくは遊んでいる荒れ放題の廃屋をお化け呼ばわりしていたり……大抵は雰囲気ふんいきからそう言っているだけで、根拠や事実は全く無い。


 草木も眠る丑三うしみつ時。

 ある廃墟はいきょの元に、学生が数名集まっていた。

 この廃墟はもっぱと言ううわさで、学生たちは肝試しに来ていたのだった。

 この様な廃墟が管理をされず、放置されている理由なのだがいくつか有る。

 この廃墟を更地にする計画こそあるのだが、何かと都合がつかず工事が進行しない。

 まず第一に、近隣きんりんに集合住宅が有り、騒音公害反対運動が起こって工事が遅れた。

 第二に、ようやく工事に取り付けた会社なのだが、不祥事で権利を失効してしまった。

 書類の不備で全てがパー、このまま強硬したならば、それこそお上が目玉を剥く。

 第三に、この建物の環境が特異と言うと大げさだが、少々特殊な事にあった。

 この建物近辺にはやぶ繁茂はんもしているが、この狭い空間にはダニや蚊と言った害虫が居らず、転じてハトやカラスの様な害鳥も居ない。動物が寄り付かず、ささやかな植物と虫だけが居る様な生態系せいたいけいを形成している。

 結果として、地域の人間は邪魔じゃまな家屋が有ると言う認識にんしきがあまり行かず、工事の方に神経が向いていた。

 すぐ隣でうるさい工事を行ない、狭い敷地を駐車場ちゅうしゃじょうか何かにされる。そのためだけに騒音や振動に苦しめと言うのか!

 そんなケチを付ける厄介な人間は、集合住宅に一人は居るのである。

 しかし、学生達はそんな理由は露程つゆほども知らない。

 何せ学生は朝昼は学び舎で勉学に励むし、夕方は趣味しゅみに遊びに習い事に行くものである。

 集合住宅の近くの廃屋の工事の事など知ったこっちゃないのである。

「それじゃあ、最初はおそらからね」

「あい分かりました」

 学生のリーダー格らしい女学生が、携帯端末けいたいたんまつに映ったサイコロ掲げて指名し、名前を呼ばれたとおぼしき、長い茶髪ちゃぱつが目に映えるスレンダーで、どこかサルの様な印象を覚える軽快な雰囲気の女学生が返事をした。

 茶髪の女学生は油性ペンと懐中電灯かいちゅうでんとうとを手に、廃墟へと入って行った。


 廃墟の中には、灰色の人がたくさん居た。

 灰色の人達は客人が訪れた事を良しとし、客人の後ろでわざとらしく歩いてみせた。

 客人は灰色の人が背後に居る事に気が付かず、廃墟を奥へ奥へと進んだ。

 ある灰色の人は、客人の目の前へ飛び出ておどろかせようとした。

 客人は灰色の人が目の前に出て来た事に気が付かず、意に介さずに廃墟を奥へ奥へと進んだ。

 ある灰色の人は、客人が階段を上るのを見て、窓ガラスに思いっきり手形を付けた。

 客人は灰色の人が窓ガラスを触っている事に気が付かず、一瞥いちべつすらせずに階段を上り切った。

「これでよし」

 客人は廃墟の上の階の突き当りに油性ペンで『石生いしおそら』と書き、何事も無かった様に廃墟を後にした。


「あ、おかえり。それで、幽霊ゆうれいか何かは出た?」

「うんう、全然」

 茶髪の女学生はリーダー格らしき女学生に油性ペンを手渡しながら、胸を張って答えた。

「何せ私は生まれてこの方、幽霊とか見た事無いからね」

「ふうん、じゃあ次の人!」

 リーダー格らしき女学生が油性ペンを手渡したのは、痩躯そうくな男子生徒。しかしその手腕は引きまって筋肉質だった。

「ゲンジョウは霊感とかは、ある方? ない方? やっぱりお寺生まれだと、そう言うのを見た事ある?」

「まあ、人並みってところかな」

 ゲンジョウと呼ばれた男子生徒は天気の話でもする様に、意識いしきはあるがそれ以外は無い様子で受け答え、廃墟の中へと入って行った。


 廃墟の中には、灰色の人がたくさん居た。

 灰色の人達は客人が訪れた事をしとし、客人と目が有ったら殴られる気がして彼の視界に入らない様に後ろに隠れた。

 客人は灰色の人が背後に居る事に気が付かず、廃墟を奥へ奥へと進んだ。

 ある灰色の人は客人の視界に入りそうになってしまい、ひどく怯えてその場でうずくまってしまった。

 客人は灰色の人が目の前でうずくまっている事に気が付かず、意に介さずに廃墟を奥へ奥へと進んだ。

 ある灰色の人は、客人が階段を上るのを見て、恐怖の余り窓から外へと飛び出して逃げた。

 客人は灰色の人が命からがら窓から飛び降りたとはつゆほども思いが及ばず、一瞥すらせずに階段を上り切った。

「ここが目標か」

 客人は廃墟の上の階の突き当りに油性ペンで『みなもとじょう』と書き、何事も無かった様に廃墟を後にした。


「おっ、おかえり! それで、幽霊か何かは出た? 出たよね?」

「いや、全く。何も居なかったよ」

 痩躯な男子学生はリーダー格らしき女学生に油性ペンを手渡しながら、暇そうで心ここにあらずで答えた。

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