第十一幕『妖怪ポスティング-in the midst-』

 ある工事現場で作業がストップしていた。

 工事現場で事故でも起ころうものなら大惨事だいさんじなので施錠や防犯は厳重げんじゅうだが、逆に言うと何らかの異常をいづれか計器が示したら作業は止めざるを得ないと言う事だ。

 カギはきっちり施錠せじょうしたし、防犯カメラには何も映っていない。

 しかし何かしら悪戯いたずらであったり計器の異常だったりが、毎日の様に見受けられた。

 仮にこれが内部犯の仕業だとしても、全ての防犯装置ぼうはんそうちを掻いくぐってと言うのは現実的でないし、更に言うと毎日の様に行なうのはリスクが高くて普通の人間の仕業とは考えづらい。

 もうこうなると、工事現場の人間達は超常現象をうたがい始める。

 この工事は森を切り拓いて遊園地を造ると言う物なのだが、これが森に暮らしている妖精ようせいだが妖怪だか森の神だかが工事に反対の意を示しているのだと真に迫って語られていた。

 しかし妖怪でも妖精でも神々でも、工事を再開しない事にはおまんまの食い上げだ。

 工事がストップしている間も作業員には給料こそ出るが、それ以上にスケジュールを詰めあげて返上しないといけないし、そもそも思う様に工事が進まないしで面白くない。

 そんな中、あるアルバイトの青年が口を開けた。

「これって心霊現象しんれいげんしょうなんですよね? 俺、ひょっとしたら解決策が見つかったかも知れません」


 * * * 


 大学のカフェテリア、二人の青年がテーブル席で座っていた。

 片方は一見痩躯そうくだが、それでいて筋肉質な体躯の青年。もう片方の青年は中肉中背と屈強恵体の間と言った、スポーツマンを連想させる様な青年だった。

「と言う訳なんだ。みなもとを霊能力者と見込んでの事だ、たのむ! もし本当に除霊が出来たなら、金一封払うって口約も出てるからさ」

「知らん、そもそも俺は霊能力者じゃない。プロの霊能力者になるもりも、詐欺師になる積もりも全く無い。他を当たってくれ」

 彼らの会話は平行線だった。

 方や相手を霊能力者と決め込んでの頼みこみ、片や自分は霊能力者じゃないと言う否定。この交錯なのだが、一応彼等には相応の原因があった。

「頼むよ源。お前寺生まれだし、実際にお前が行く先々では心霊現象いがパタリと止むってうわさなんだ。詐欺師になるとかじゃなく、一緒に工事現場に来てくれればそれでいいんだ!」

 スポーツマン然とした青年の言い分は真だった。

 源と呼ばれた青年が通った後は心霊現象がパタリと止むのは真実であり、彼は周囲からと言われていた。

「工事現場の機械きかいが動かなかったんだろ、装置の経年劣化か何かじゃないのか? 重機が暴走ぼうそうしたとか、人死にが出たとかじゃなくてよかったじゃないか。あと俺は霊能力者ではない」

 源の主張もまた真だった。

 彼は霊能力者として働いている訳ではなく、霊感があるだけの人間に過ぎない。

 例えばあなたが医師免許も医療施設いりょうしせつも持っておらず、しかしウサギの様な表情の読みにくい動物の表情が分かると仮定しよう。

 これを理由に、自分のペットの診察しんさつを頼むと言われたら、一体どう思うだろうか? 彼がかれている状況はこれに近い。

「そうか……そこまで言うなら仕方がない。悪かったよ、バイト先には無理だったって伝えておくよ。まあなんだ、すまなかった」

 スポーツマン然とした青年は残念そうと言うよりは、申し訳無さそうな態度たいどで席を後にした。

 そうすると、スポーツマン然とした青年と入れ替わる様に一人の人物が彼の傍らに寄って来た。

 誰かの家族だろうか? 大学のカフェテリアと言う場にそぐわない、まだ小さい少女だった。

「すみません、あの人に言っていたことは本当ですか?」

「ああ、本当だ」

 源と言われた青年は小さな少女の方を見ずに、自分で注文した甘い物をスプーンで突きながら答えた。

「あの、私からもお願いがあるんです。あの工事をしている人達の味方をしないでください、あの森は私達の遊び場で……」

「知らん。俺は俺の味方で、あいつの味方でもお前の味方でもない。俺自身がおそわれたり、俺が怒って乗り込む様な事が無い限りは一事が万事、俺関せずだ」

 源と言われた青年がそう言うと、小さな少女は残念そうな複雑そうな表情を浮かべてとぼとぼと去って行った。

 相手から色よい返答が貰えなかった訳ではないが、自分に対しても味方をしない態度を感じ取ってのうれいの色と言った所か。

 小さな少女が源と言われた青年の傍から歩き去った後、三度みたび彼の傍に近寄る人物が居た。

「よ! ここ空いてる?」

 長い茶髪が目に映えるスレンダーな、どこかサルの様な印象を覚える軽快な雰囲気の女性だ。

 彼がついているテーブルに返事も待たず相席をした。

「さっき誰かと話していたみたいだけど、誰と話してたの? 人込みで見えなかった」

「ああ、会話って程じゃない。身勝手な奴が一人と一匹? 寄って来たから追い払っただけだ」

「一匹? 野良犬でも入り込んでたの? ゲンジョウってひょっとして犬苦手?」

 軽快な雰囲気の女性は、パッと灯がともった様な表情で滔々とうとうと喋り始めた。

「別に犬は苦手じゃない」

「ウッソー! 犬が怖い人は必ずそう言う!」

うそじゃない。俺は犬でも人間でもでも、身勝手に他人を呪ったり害する奴が大嫌だいきらいなだけだ。その例えで言うと、吠えたり噛みつく犬が苦手ってだけだ」

 源と呼ばれた青年は嘘偽りの無い表情と声色で、実感のこもった様子でそう言った。

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