第七幕『不見可-BeHinD yOu-』

 それは俺が通っている大学と自宅アパートの間での出来事だった。

「誰かに見られている……」

 周囲には誰も居ない。

 しかし誰かに背中を穴が空くほど見られているかの様な感覚があり、それでいて何者かの息遣いきづかいをすぐそばに感じるのだ。


 ところで、『後ろ隠れ』と言うアメリカの妖怪を知っているだろうか?

 こいつは隠れるのが上手い妖怪で、振り返った人間は勿論もちろん、監視カメラの類にも反応して死角に紛れ込む。

 そうして犠牲者は後ろ隠れに追跡され続けて心を病んだところを捕食されてしまうと言う、悪辣あくらつな妖怪だ。

 つまりはなんて事は無い、後ろから視線や気配を感じて振り返っても誰も居ない。と言う状況から生まれた怪談だ。

 しかも、似た様な妖怪はアメリカインディアンの伝承にも存在していて、入植だのコロンブス交換も関係無く、背後から視線を感じるが誰も居ないと言う現象は今も昔もあると言う事だ。


「お前かぁ!」

 俺の耳元で何かをささやいていたが、振り返った途端とたんに電信柱の後ろに隠れた有角の人型の側頭部から生えた角を引っつかみ、チラチラと俺の事を後ろから見ていたがポストの陰に隠れた肉食目っぽい毛深い獣人の前頭部にぶつけた。

 妖怪は二匹居た訳だ。

 有角の人型と毛深い獣人は脳震盪のうしんとうを引き起こしたのか、倒れて動かなくなった。

「なんで日本にアメリカの妖怪が居るんだよ……国内にも似た様な妖怪とか都市伝説はいくらでも居るだろ……」

 別に俺はいわく付きのロケーションへ足を運んだのではない、しかし何故か俺の元には何故か心霊現象が舞い込むのだ。

 舞い込むのだが、まさかアメリカの妖怪が来るとは思わなかった。

 一体どう言う理屈りくつで、アメリカから遥々はるばる日本へまで来たのだろうか?

 更に言うと、後ろ隠れは人里離れた森林地帯に出ると言われている妖怪だ、世の中には訳の分からない事が多すぎる。

 足元に倒れている妖怪二匹を一瞥いちべつ

 誰も後ろ隠れの姿を知っている者は居ないと言う話だが、恐らくは毛むくじゃらで狂暴な面構えの猿の様なバケモノが後ろ隠れだろうか。

 誰も後ろ隠れの正体を知らないとは言われているが、何故か毛むくじゃらのバケモノだと言う話は伝わっているのだ。

 一体だれがどうやって目撃をしたのだろうか? と、問われる事もあるだろうが、恐らくこうやったのだろう。

 知らないけど、きっとそうだ。

 鹿の様な角が生えている方は、アメリカインディアンの話に聞くウェンディゴと言う妖怪か、人間に付きまとって人間を同族に変化させると言う存在だ。

 こちらもどうやっても姿を確認できない妖怪だと言われているが、恐らくこうやって色気を出して引き際を誤った個体がやらかすのだろう。

 そうでなければ、伝承が残っている説明が出来ない。

「しかし、まだ誰かに見られている気がする……」

 こう言った伝承は世界中に存在して、その詳細は多岐たきにわたる。

 つけられている事に気が付かなかったら食い殺される物、長時間付きまとわられたら変身させられてしまう物、振り返ったら地獄じごくとされる物、後ろに誰かいる事に気が付くと口をふうじられる物、途中で振り払わなければ殺される物、後ろに関心を抱いたら一生付きまとう物……内容や降りかかる不幸は似たり寄ったりな癖に、対処法がまちまちなのは笑うところだろうか?

 俺は気にせずに後ろを、路地裏の方向を振り返った。

 すると、そこには無数の手が壁から、地面から、室外機から、ゴミ箱から生えていた!

 一つ一つが人間のそれ程の太さと長さだが、どれも死人の様な色をしており、質量と物理法則とこの世のことわりを無視して俺目掛けて伸びて来た!

 まずい……仮にこの腕を踏んだり関節技をかけたりしたら、他の腕に捕まってしまう。そんなビジョンが脳裏を走った。

 俺はその場に倒れていた有角ウェンディゴの角を両手で掴み、こちらへ伸びてせまる死人の腕を振り払った。

「グオオオオオオオオ!?」

 得物えものが絶叫した、うるさいので得物の腹部に蹴りを入れる。

 よし、得物の表情がくもって静かになった。

 得物を振るった感触が手に伝わる、枯れ枝が折れる様な感覚だ。

 あの死人の腕にも肉体が有り、人間のそれと同じかは知らないが組成があるのだろう。

 俺は静かになった得物を振るって腕を撃退するが、しかし腕は退却のネジを外しているかの様にこちらへせまり続ける。

 得物を振り回して死人の腕をへし折って撃退し、撃退し続ける。

 無数にあったかと思えた死人の腕も、枯れ木の様にポキポキと簡単にへし折れ、数度得物を振り回した後には死人の腕の残骸ざんがいが残るだけだった。

「断面を見た感じ、直接人間の腕の形状が生えている感じで、骨や血管は通っていないのか……枯れた植物をバケモノと見間違える、よくある怪現象のそれみたいだな」

 そう思うと撃退せねば! と強迫概念きょうはくがいねんの様に考えに固執こしつしていた自分がずかしくなった。

 ただ、別に得物に対しては同情しない、俺の方をチラチラ見ていて害そうとしていたコイツらにはその価値が無い。

 だから滅びた、滅ぼした。

「しかし何なんだろうな、コイツらは……人間が死角に何かが居るかも知れないと言う懸念けねんから妖怪を創り出すって言うのは分からなくも無いが、常に人間の背後に居る妖怪ってのはどんな心持ちなんだろうな?」

 いわば、こいつらは人間の背後に居る事が宿命づけられた生物群だ。

 妖怪を生物として認定するのはおかしいが、とにかくそう言う性質を持った生物群だと強弁する。

「ひょっとしたらこいつらは、人間の背後に居る事を強制されているから、人間の更に前にある光景をみたくて人間をおそうのかもな……俺にとっては迷惑以外の何でもないが」

 何せ後ろ隠れとその同類はアメリカ大陸だけではなく、古今東西を問わず存在を語られているのだ。

 人類は見たい物を優先して見る性質を持っている事は確かだが、その一方で見えない物を恐れ続けた証左でもあると言えよう。

 俺はすっかり大人しくなった得物を地面に下ろしながら、そう考えにふけった。

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