第八幕『地獄行きのタクシー-GO TO HELL!-』

 ねえねえ、タクシーに関する怪談をご存知?

 調べてみたところ、日本では乗って来た客が幽霊で何時の間にか消えるだとか、或いは自分の死体を見つけて欲しくて運転手に仕事を頼むという筋書きの物が見られるんだって。

 逆に、イギリスでは妖精や悪魔が人間の運転手に化けて、乗客を自分たちの世界へ引きずり込むためにタクシーやバスを運転する話があると言われてて、ロンドンでは妖精の女王が戦車を乗り回していたという証言なんてのもあるんだって。

 そう、これから話すのは一種の和洋折衷わようせっちゅう

 それから俗に言う対抗神話と言う奴なのです!


 * * * 


 雨の中、日が暮れた暗い山道をタクシーが走っていた。タクシーに乗っているのは運転手一人だけではなく、一見痩躯そうくだが、それでいて筋肉質な体躯で、登山用の杖を持った青年が乗客として座っていた。

 タクシーの運転手と言うのはよく喋るものである。

 沈黙に耐えられないと言うと失礼かも知れないが、よく喋り話が上手いタクシーの運転手と言うのは良いものである。

「お客さん、ここら辺りの山道で一体何を? 最近ここらへんの山道は事故が度々起こっている様で危険と言われているんですよ」

「……」

 筋肉質な青年はどうやら疲れているか、もしくはこのタクシーの運転手のトークが気に入らなかったらしく、貝のように黙している。

「何でもここらへんのカーブ道を曲がり切れず、真っ逆さまになる車が出るそうで……こんな雨の日には気を付けるよう言われているのですよ」

「……」

 運転手のネガティブな話題が気に入らなかったのか、それとも別の何かが気に入らないのか筋肉質な青年は沈黙を守る。

「それに加えてここら一帯って街灯がいとうたぐいも無いじゃないですか? だからこの先にあるトンネルの対向車のライトに目がくらんで事故が起きていると推測すいそくされていましたね。いやなに、気を付けていれば平気とは言え、怖い道ですよ」

「ふん……」

 運転手の言葉が琴線きんせんに触れたのか、それとも鼻についたのか、筋肉質な青年は一言鼻を鳴らすようにつぶやいた。

「ちょっと前まではんだ湖があって、活気もあったのですがねー。今では観光客より白骨死体の方が多いんじゃないかと言われている始末ですよ!」

「ふん……」

 筋肉質な青年は相変わらず、運転手の言葉に鼻を鳴らす様な呟きでしか反応が無い。

 一般的に言って、運転手とは軽快なトークをするものである。

 勿論もちろん運転手の本分は運転であってトークではないのだが、運転手としては面白くない。

「お客さん反応がうすいなー。じゃあここで一つ、とっておきの話の種でも……」

 タクシーが先程話題に上がったトンネルに入ったあたりで、運転手はハンドルに手をかけたまま片手で帽子に手をかけた。

「実は私、地獄から来た悪魔なのですよ」

 そこには顔のはしまで裂けた口、赤銅しゃくどう色どころか唐辛子のごとく真っ赤な肌、先がとがり天を突く様な耳と言う様相の顔をした男、この世に居てはならない人型の異形いぎょうがタクシーを運転していた!

「カーブを曲がり切れないだの、対向車のライトで目が眩むなんてのは真っ赤な嘘! 真実はこう言う事でして」

 悪魔の運転手がそう言うと、筋肉質な青年の足元から無数の人間の腕の様な物が生えて彼を拘束こうそくした。

 彼は足をつかまれ、その冷たさからこれが人間の死体であると勘づいた。

「この様に足を掴まれてアクセルを踏みっぱなしにしてしまった結果、事故が起きるのですねえ! まあ今回はお客さんをその場に固定して、このままトンネルの向こうの地獄まで、」

「ふん!」

 骨が折れる様な破砕音が車内に聞こえた。

 運転手が客席の方を見ると、筋肉質な青年は死人の手を振り払い、手の甲をみにじっていた。

「え? お客さん、今何を? 女子供を含む老若男女を問わない大勢の地縛霊じばくれいだぞ! 一人の人間に振りほどける訳が……」

「ふん!」

 運転手の言葉が逆鱗に触れたのか、それとも愚かしく哀れに聞こえたのか、筋肉質な青年は運転手に向ってりを入れた。

 運転席と客席を仕切るアクリル板がひしゃげ、貫通し、運転手の側頭部に青年のかかとが突き刺さり、運転手は痛みの余りハンドルを切ってしまった。

「やめてください! 痛い! やめて!」

「ふん! ふん! ふん!」

 ここからはもう滅茶苦茶だ。運転手は意地でも真っ直ぐトンネルを抜けようとするが、青年のするどい蹴りが何度も頭や顔へと見舞い、その都度断末魔の如き叫びがトンネル内に反響した。

「ふん! ふん! ふん! ふん! ふん! ふん! ふん!」

 この様な有様では、マトモに真っ直ぐタクシーを運転できる訳が無い。

 結果タクシーはトンネルの壁に衝突しょうとつし、打ちどころが悪かったのだろう、ボンネットから火をいて壊れてしまった。

 それを見た運転手は慌て半分、これを好機と見たあざけりの気分半分、脱兎の如くタクシーから脱出し、出る時同様素早くとびらを閉じた。

「バカな人間め! 私を怒らせた報いを受けろ! その車両は有事の際、私以外にはロックが外せない密室になる! 仕切り板こそアクリル製だが、窓は全て強化ガラス製で作られた密室だ! お前はそこで焼け死んで、地獄に行くがいいさ!」

「ふん!」

 筋肉質な青年がそう言うと、登山用の杖がタクシーの窓を突き破ってヒビを入れ、青年が蹴りを入れる形でタクシーの窓から脱出した。これを見た運転手は腰抜かし、その場にへたり込んでしまった。

「ひ、ゆ、許して……」

「ふん!」

 炎上するタクシーを背景に青年の声がトンネルに響き、破砕音が一つ聞こえた。

 破砕音の後には何も聞こえなかった。


「その湖に続く山道やトンネルには悪い妖怪が居て、大勢の人が亡くなって地縛霊になっちゃったとか。でも、ある時その事を重く見たお坊さんが大岩を操って悪魔を封じ込めちゃった、それからその山では事故は起こらなくなったんだってさ」

 午後の食堂に二人の学生が居た。

 片方は長い茶髪が目に映えるスレンダーでどこかサルの様な印象を覚える軽快な雰囲気の女学生で、もう片方は一見痩躯だが筋肉質な体躯の青年だった。

「いや、坊さんは普通岩を操らないだろ。それを言うなら、仏門だとしても釈迦しゃかの仕業じゃないのか?」

 筋肉質な青年は呆れた様な、面白がった様な様子で軽快な雰囲気の女性に返した。

 それに対し、女性の方は不平を言う様な、同じく面白がった様な様子で返す。

「いや知らんし。あたしが考えた話とかじゃなく、そう言う対抗神話があるって聞いただけだし」

「あっそ……まあ、俺もおそらにスポーツ以外の才能があるとは微塵みじんも思ってはいない」

「クソ、好き勝手言う! とにかく、悪い妖怪はお坊さんにらしめられて、もう二度と悪い事をしませんでした。めでたし、めでたし!」

 軽快な雰囲気の女性は満足そうに語り終えて、帽子代わりに金色のカチューシャを頭から外して小さく礼をした。

「ふーん……これが西遊記なら、ここから話が始まるって感じだな」

「まあね、でもこのお話はここでお終いらしいよ。あたしが聞いた話は、ここでお終いだから。ところでゲンジョウのうちってお寺だけど、妖怪きって本当に居るの? 見た事ある?」

「さあ知らないな。家にきつね憑きだなんだって事で尋ねて来る人は居たが、大抵はただのストレス障害だって聞いたぜ。少なくとも、俺はなんて事は、見た事が無い」

「そっか、じゃあさっきの話に照らし合わせると、悪い妖怪はお坊さんが軒並のきなみ懲らしめるから被害が出ないってところになるね!」

 軽快な雰囲気の女性は、面白がった様子でそう言った。

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