第六幕『経験則-Nur ein Idiot glaubt,aus den eigenen Erfahrungen zu lerne-』

 私の経験則によると、死後の世界は存在しない。

 言うまでも無い事だが、経験則を理由に死後の世界があると断言できる人は居ない。

 それなら臨死体験はどうだ? と、そうおっしゃるかも知れないが、臨死体験と言うのは死にかける事であって死ぬ事では無い。

 死ぬかと思った。だの、三途の川が見えた。だの、そう言う言い回しはあるものの、それはすっかり死んだと言う訳では無い。

 黄泉から生還する神話や昔話は古今東西にあるが、ここより先に行ったら帰る事は出来ないと言う一線を超えずに生還するのが大半である。

 地獄の裁きつかさが心を許して生還を果たした、地獄の神に追い回されて命からがら生還した……どれも死にかけたのであって、すっかり死んでしまって蘇ったのではない。

 たまに死後の世界を見て来て、死後の世界はあるぞ! と、喧伝けんでんして回っている人が居るが、それは嘘だ、大嘘だ。

 恐ろしい夢を見たとか、そういう事に違いない。

 仮にそれが死後の世界ならどうやって戻って来たと言う話になるし、彼らの言う死後の世界は死後の世界の入口でもなければ矛盾が生じる。

 神曲のダンテは生きたままに地獄も天国も体感したぞ! と、反論する人も居るかも知れない。

 しかし、ダンテは死者に導かれて神に謁見えっけんした、つまりそれは奇蹟であって人ならざる身の業だ。

 神の業と言う本意であって、人間の体験が本意ではない。

 例えばキリストの弟子が、私はキリストがよみがえるのを見た! と主張するの良いが、それは蘇るのを見せてもらったのであって、言うまでもなく弟子が蘇ったのではない。

 とにかく、死後の世界を経験則を理由に実在すると断言するのは土台不可能なのである。

 例えばここで私が臨死体験しようがそれは死後の世界ではないし、本当に死んだ人間ならこの世に居ないのだから。ねえ、そう思いませんか?

 あっ


 * * * 


 登校中に遭遇した学友の背に霊がいていた。

 うん、どう見ても悪霊に違いなかったので、顔を握りつぶして成仏させてやった。

「うん? 今あたしの肩に何かついていた?」

 学友は特に何とも思っていなかったらしい。

 しかし、肩に取り憑いてと何かを唱え続ける霊が悪霊でない訳が無い、仮に生者だとしても変質者だ。

「いや、何も憑いてなかったぞ」

「嘘! ゲンジョウがそう言う時は何か視えた時じゃん! 何か居たの?」

「あーいや、何と言うか成仏できない霊? 自分が死んだと気が付いてないっぽい感じの霊がお前の背後にピッチリくっ付く形で憑いていたぞ」

「何それ怖っ! そう言う気持ち悪い事言わないでよ!」

 学友は身震いし、全身で恐怖を表現した。

 何と言うか心霊現象は怖くないが、不審者が背後に居た事に心底肝をつぶした様子だ。

「あーうん。そう言うと思って、言わぬが花かなーって」

「あたしだって知りたくなかったわ! でも除霊してくれたのは感謝しとく、ありがとう」

「感謝するなら托鉢たくはつでもしておくれ、学食の五十円のラスクでいいぞ」

 因みに俺は別に修行はしてないし、する気も無い。

 要するに、これはただの冗句だ。

「アイアイ、考えときまーす……ところでその不審者、どんな奴だったの?」

「何と言うか、殺しても死なない様な奴だったよ」

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