第三幕『ベッドの下の斧男に関する提言-Boogymen-』

 みなさんはベッドの下の斧男おのおとこと言う怪談ないし都市伝説をご存知だろうか?

 ご存知ない方も居るだろうから簡潔かんけつにそのあらすじを記すと、以下の通りである。


 * * * 


 集合住宅しゅうごうじゅうたくで独り暮らしをしている女性の部屋に友人が遊びに来るが、何やら様子がおかしい。

 友人は女性を一緒にコンビニに行こうとしつこく強引に誘い、無理矢理連れだして部屋の外でこう告げる。

「ベッドの下に、斧を持った男がうずくまっていたの!」


 * * * 


 この話はアメリカの都市伝説だとされている。

 しかしアメリカ発祥はっしょうの都市伝説とするには、少々おかしい事が多々ある。


 一つ、集合住宅を訪ねて来た友人は布団をこうとした際に、ベッドの下の斧男の存在に気が付いたと言うバリエーションがある。

 ご存知の通り、アメリカでは布団を敷く事はそうそう無い。

 加えて言うと、このバリエーションの場合、友人とベッドの下の斧男はがっつり目と目が合っていそうなものであり、不自然な点が多い。

 アメリカ発祥のベッドの下の斧男が来日した際に加わったエピソードとでも言うべきだろう。

 

 一つ、この怪談ないし都市伝説はヨーロッパにも点在てんざいしている。

 ヨーロッパにもアメリカにも存在し、地域や時代をまたいで居るならばヨーロッパからアメリカへ渡った話と考えるのが自然である。

 逆にアメリカからヨーロッパへ渡ったと考えるとしても、アメリカ原住民の話でも無ければ、それはヨーロッパから渡った移民が言いだした話であって本質がヨーロッパの物と言う事すらあり得る。

 何せこの話のバリエーションの中には、集合住宅ではなく宿屋が舞台の物、登場人物がベッドの下の斧男と勘付いた主人公のみの物もあるのだ。

 何時いつの時代からあったものか、分かったものではない。


 一つ、実はこのベッドの下の斧男は日本発祥と言う説もある。

 鎌倉時代に旅人が命からがら外の様子を見るふりをする事で、空き家にひそんでいた鬼の魔の手から逃れると言う内容だ。

 つまり、ベッドの下の斧男はアメリカ大陸とヨーロッパとアジアに存在していたと強弁出来る。

 世界中に点在しており、どこが発祥とは断言するべき存在ではなく、強いて言うなら人類の歴史に昔から居た存在と言うべきだろう。

 裏づけと言い張れなくもない様な、興味深い事はまだ他にもある。

 何故ベッドの下の斧男の凶器は斧なのか?

 スマートな武器なら拳銃や石弓でも良い筈だ、指先一つで容易たやすくく命をうばう事が出来る。

 しかしベッドの下の斧男が武器とするのは主として斧、もしくは包丁やかまであり、これはベッドの下の斧男が拳銃が普及ふきゅうする前から存在していたからだと推測すいそくする事すら出来る。

 さて、この様なベッドの下の斧男にはバリエーションが複数あると言う内容の話を冗長にしたか疑問に思う方も居るでしょう。

 逆に問いますが、何故だと思いますか?


 * * * 


(おい、お前先に行けよ)

(いや、お前が先に行けよ。最初のペンギンはえさにありつけるって奴だ)

(いやいや、それって最初の挑戦者ちょうせんしゃ犠牲者ぎせいしゃになるって意味のことわざだろ! お前が行けよ)

 一つの部屋、一つのベッド、一つのターゲット、そこには三人のベッドの下の男が居た。

 ご丁寧に得物えものも斧、鎌、包丁とバラバラだ。

 しかしこの三人、誰が最初に行くかめている。

 他の二人に遠慮えんりょしている訳でなし、他の二人に獲物を取られると心配している訳でもなし、問題はターゲットの男性が屈強な男性だったのだ。

 この男性、俗に言う霊媒体質れいばいたいしつと言う奴で、心霊現象だったり怪異だったりをぐいぐい寄せ付ける。

 幽霊だの何だのからしたら、食欲をさそう様な美味しそうな匂いがしたと思って近寄ってみたところ、演劇のかよわい三蔵法師さんぞうほうしではなく史実の筋肉質で登山家な三蔵法師が出て来たのに等しい。

 それだけならば、屈強な男が何するものぞと武器を手に襲い掛かればいい。

 しかしベッドの下の男達が最初に目撃したのは、クローゼットの中から出て来た鬼の様なモンスターが屈強な男から挨拶あいさつ代わりにアイアンクロー、流れる様にケンカキック、トドメにジャイアントスイングを喰らわされ、まどの外へとさようならされる場面であった。

 繰り返すがクローゼットの中から出て来たモンスターは鬼の様な様相ようそうであった。

 鬼とはつまり屈強で大柄なバケモノであり、一般的に言って斧を持っただけの人間よりずっと強い。

 しかし、件の屈強な男は斧を持っただけの人間よりも、鬼よりも遥かに強い。

 故に先程のお前が先に行けとの言い合いである。

 このまま嵐が過ぎるまでベッドの下にひそんでいるのが正解かも知れない。

 しかしベッドの下の斧男とは、ターゲットに気づかれて命からがら逃げだしてもらう都市伝説。

 つまりは、彼らには何かしらの形でターゲットに気づいてもらう必要がある。

 しかし、屈強な男は怪異の十匹や一ダースなら拳一つでねじせそうな凄味すごみがあり、ベッドの下の斧男に気が付いたら彼らがどうなるかは火を見るよりも明らか。

 その時である、一瞬屈強な男の視線がベッドの下に向いた。

 それだけならばよくある事で、一瞬ベッドの方を見るなんて事は誰でもするし、ベッドの下にほこりや虫が入ってないかと考えずともする。

 しかし、ベッドの下の斧男達は冷静さを完全に失ったしまった。

(あれは俺達の存在に気が付いたのではないか?)

(いや、気が付いた様子は無いし、こっちには向ってこないぞ)

(気が付いていないのならば、今の内に後ろからおそうか?)

(いやダメだ。クローゼットモンスターがどうなったか見ていなかったのか? 足音一つ聞かれたら何をされるか分からん)

(いっその事、ここは三人同時にかかるべきではなかろうか?)

 そうベッドの下で喧々諤々けんけんがくがくしていると、屈強な男は外出してしまった。

 ベッドの下の斧男達は、自分たちのアイデンティティーを失われて気を落とすやら、屈強な男に反撃されなくて安堵するやらだった。

「大変な目にあった」

「ああ全くだ。獲物を逃した事は幾度いくどとなくあったが、獲物にされかけたのは初めてだ」

「もっと言うなら、同輩どうはいと一緒にベッドの下に潜んだのも初めてだぜ。なんだったんだろうな、あの男は? 俺らをほいほい引き寄せる人物ってのは居るもんなんだな」

 そうこう言い合っている内に、ベッドの下の男達は異変に気付く。

「なんだこの煙は!?」

「ごほ、ごほ、苦しい! このままではいぶされてしまう!」

「くそっ、あの野郎、燻煙殺虫剤くんえんさっちゅうざいを使って外出しやがったな!」


 ベッドの下の斧男の都市伝説は地域や時代を跨いで点在する。

 点在しているし、有名だ。

 しかし、ベッドの下の斧男がベッドの下から出て来たと言う話は殆んど無い。

 即ち、彼等はこのまま……

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