第29話
神戸への出張は空振りに終わった。
わざわざ遠出してまで話を聞きに来たのに、新情報が殆どなかったのだから、夏目の落胆は大きい。
「どうしたんです夏目さん? 元気ないですね」
帰りの新幹線の車内。何度も溜息をつく夏目を、湖南は不思議そうに見ている。
「……どうしたもこうしたもない。神戸くんだりまで足を伸ばしたのに、結局犯人に繋がる有益な情報は手に入らなかったじゃないかね」
「それはどうでしょうか」
夏目の隣の席で、湖南は妙に落ち着き払っている。
「……まさか、何か掴めたのか?」
「照久は天童家以外の人間に『ストック』は使えず、使用できる回数を後天的に増やすことも不可能だと話しています。ということは犯人は①天童家の血を引いており②まだ能力を一度も使用したことのない人物に限定されます」
「そんな奴がいれば、とっくに第一容疑者として浮かび上がっているよ」
夏目は大きく落胆する。
湖南が何かに気付いた様子だったので、つい期待してしまった。
「では照久の証言はどうなります?」
「照久が嘘をついているんじゃないか?」
「その場合、照久が犯人ということになります。確かに照久だけが知っている裏技が存在するとすれば、僕たちに為す術はありません。動機の面でも瀬川は照久にとって我が子を殺した仇ですし、過去の因縁もありますしね」
「それだ!! きっと犯人は照久だ!!」
夏目が指を鳴らす。
「いいえ、照久には瀬川が殺された時間のアリバイがあります。瀬川の死亡推定時刻、照久はバンコクでマジックショーに出演しています」
「瞬間移動できる犯人に距離なんて関係ないだろう」
「いいえ、『ストック』による瞬間移動は死ぬ十五分前にいた地点です。更に死んでから十五分経過しなければ発動しない。仮に照久が無制限に『ストック』を使えたとしても、普通に移動した方が遥かに速いですよ」
「…………はァ」
夏目は肩を落とす。
「照久が僕たちに嘘を言うメリットはありません」
「……何だ、それじゃあ結局犯人はわからずじまいじゃないか」
「そんなことはありません。これまでに明らかになっている情報だけで、犯人を割り出す方法はあります。現に僕には誰がどうやって瀬川を殺したのかがわかっています」
「それは本当かね!?」
「照久は復活場所が死ぬ十五分前にいた地点であることを、救済措置と言いました。つまり、『ストック』を無駄にしない為のルールということです。そして服や所持品も死ぬ十五分前の状態で復元されるというルール。実はこれも救済措置の為のものとは考えられませんか?」
夏目はそれについて少し考えてみる。
さっぱり意味がわからない。
「……どういうことだ?」
「いいですか、例えば『ストック』保有者が海で溺れ死んだとします。死亡した地点、すなわち海中で蘇ってもそのまま溺死する公算が高い為、死ぬ十五分前にいた地点、すなわち陸上で蘇れるようになっている」
それは理解できる。
「では『ストック』保有者が素潜りではなく、酸素ボンベやウエットスーツを装備していた場合を考えてみてください。装備が充実していればいる程、それだけ深い場所まで潜ることが可能になるでしょう。その場合、溺死する十五分前であっても復活するのは陸上とは限りません。装備が充実していたが故に、海中で復活することになる。そのとき、酸素ボンベもウエットスーツもない丸裸の状態で生き返ったとしたらどうですか?」
「……考えたくもないな」
夏目は顔を顰める。
「ええ、『ストック』保有者はもう一度同じ恐怖と苦しみを味わいながら死ぬだけです」
夏目は身震いする。絶対にそんな復活だけは御免被りたい。
「他にも復活が死んだ十五分後というルールも、殺人者の前に一定時間死体を残しておくことで、復活後の生存率を高めているという見方もできます」
「……ふゥむ。誰が考えた能力か知らないが、よくできている。だが、そのことと瀬川殺しの犯人が関係するのか?」
「ええ、大ありです。僕の推理が正しければ、犯人はこの救済措置のルールを利用して完全犯罪を実現したのです」
湖南は自信に満ちた表情でそう言った。
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