第28話

 神戸市中央区三宮。

 照久の家は小高い丘の上にあった。芝生の庭付きの大きな一戸建てで、車庫には真っ赤なポルシェが停められている。


「これはこれは、真理雄のことで東京からわざわざご苦労様です」


 突然の訪問にも関わらず、照久は気を悪くした様子もなく夏目と湖南を家に上げた。玄関にはコンテストのトロフィーや盾が所狭しと飾られている。

 湖南の調査によれば照久は現在妻の桃とは別居中で、この家で一人で生活しているらしい。


「私も先週までは東京にいたのですがね、やはり長く他所にいると我が家が恋しくなるものです」


 天童照久、五十九歳。まだ現役のマジシャンなだけあって、見た目は年齢よりも遥かに若々しい。四十代と言われても通用しそうな程だ。髪は黒々としていてボリュームがある。


「それでお話というのは? 電話ではしづらいようなことなのでしょう?」

 照久が紅茶を出しながら夏目たちに水を向ける。


「花ちゃんを誘拐し、真理雄さんを殺害した犯人がわかりました」


 湖南がそう言って相手の反応を伺うが、照久の方には特に変化はない。驚くわけでも興味を示すでもなく、穏やかに笑っているだけだ。


「……気になりませんか? 犯人」


「それは気になりますとも。で、誰だったんですか?」


 食えない男だ、と夏目は思う。


「真理雄さんを殺害した犯人は瀬川累次さんでした。そして今度はその瀬川さんが何者かによって殺されました」


「……累次か。懐かしい名前だ」


「そこで照久さん、あなたにお尋ねしたい。天童家に代々伝わる復活の力について」


「ほゥ」

 照久の頬が僅かに痙攣する。


「最近の警察は超能力による犯罪の捜査も行っているとは、私もまだまだ勉強不足だったみたいだ。それで、能力についてどこまで解明できているんです?」


「能力者の死体は死後一定時間で消失し、消失と同時に能力者が過去に存在した地点で蘇生すること。外傷だけではなく、身に着けている衣服や所持品も復元されること。復元は一度きりで、過去に復活地点にいた頃のステータスが反映されること」


「ハラショー!! 素晴らしい!! よくぞそこまで解き明かせましたね」


「そうとでも考えなければ説明できない現象が起きていましたからね。それで他に能力についてのルールがあれば勿体ぶらずに教えて戴きたい」


 照久はにっこりと笑う。


「……いいでしょう。ただ、私の方から付け加える点はそれほど多くありません。復活は能力者の死後、十五分後に起こること。復活する場所は能力者が死ぬ十五分前にいた地点で、復元もその地点にいた頃の情報が元になっていること」


「十五分」


 思ったより短い時間だ。

 だが、これで能力の詳細は把握することができた。


「父はこの能力を『ストック』と呼んでいました」


「ストック?」


「昔のテレビゲームに『残機』というのがあったでしょう? 不思議なもので、戦車や戦闘機でなく人間のキャラクターであっても残機と呼んでいましたが。恐らく、そこから名付けたのでしょう」


 ――『ストック』か。

 確かにゲームめいた能力ではある。


「復活する場所が死ぬ十五分前にいた場所というズレはどういう理由なんでしょうか?」


「これは父の受け売りなのですが、救済措置ではないかと考えられます。私の場合ですと水槽の中で溺れてしまったのですが、生き返った先が死亡した場所だと運が悪ければ水中で復活することになってしまう。それでは折角の『ストック』が無駄になる可能性がある。十五分のズレはそれを防いでいるのです」


「なるほど。ところで、四十年前のあなたの復活はどのようにして引き起こされたのですか?」


 夏目が照久にそう質問したのは、何も興味本位からではない。

 四十年前の殺人事件。瀬川累次が『ストック』の能力を知る切っ掛けとなった、全ての始まりの事件である。

 そこで何があったのか? それがわかれば、今起きている事件の捜査に役立つかもしれない。


「私は巨大水槽から脱出するというマジックを演じていました。両手両足をロープで縛られた状態でたっぷり水の入った水槽に落とされ、上から鍵をかけられる。助手が暗幕で水槽を隠して呪文を唱えると、水槽の中にいた私は消えている。その後私は客席の背後から悠々現れるというマジックです。このマジックには水に溶ける素材で出来たロープが使われる筈でした。ですが実際には本物のロープとすり替わっていて、私はパニックの中溺れてしまいました」


「そのときの記憶はあるのですね?」


「はい。能力で生き返っても、死ぬ間際の記憶は残っています。正確には意識を失うまでの記憶ということでしょうが。私は累次とアシスタントをしていた桃に助け出されますが、そのときには完全に意識を失っていました。累次は救急車を呼ぶよう父を説得しようとしたそうですが、取り合って貰えなかったようです」


 この時点では、寿限無だけが照久に能力があることを知っていた。だから救急車を呼ぶことに断固反対したのだ。


「ロープをすり替えた犯人は累次でした。私と累次はマジックの上でも、恋の上でもライバル関係にありました。彼にしてみれば、私のことが邪魔だったのでしょう」


「……では、四十年前にあなたを一度殺したのは瀬川さんなのですね?」


「それは違います。累次は私に憎悪の感情を向けてはいましたが、殺そうとまでは考えていなかったのです。その証拠に、真っ先に救急車を呼ぼうとしたのは彼でした。彼は私にステージの上で恥をかかせようとしたに過ぎません。実際に私を殺したのは父、天童寿限無でした」


「父が子を……?」

 夏目は思わず絶句する。


「父は私の胸に短剣を刺して殺しました。勿論、父は『ストック』の能力について熟知しているので、私が生き返ることは織り込み済み。目的は累次がステージにいる時間を狙って、私を出現させることでした」


「寿限無さんは何故そんなことを?」


「父なりの制裁のつもりだったのでしょう。結果、父は累次からも『ストック』の能力を奪ったのですから」


「そうか!!」

 突然、湖南が声を上げる。


「どうしたんだ湖南君?」


「……いえ、瀬川が真理雄さんの復活を確信していた点がどうにも引っかかっていたんです。しかし、自分で実際に復活を体験していたのならば話は別です。瀬川は身をもって能力の性質を理解していたのですね」


「私が知っていることはこれで全部です。真理雄を殺したのが累次だったというのは確かにショックでしたが、どうにか累次を殺した犯人を捕まえてください」


「最後に一つ質問しても宜しいでしょうか?」

 湖南が人差し指を立てて言う。


「どうぞ」


「天童家の血を引く者以外で『ストック』を使える者は存在しますか? それからテレビゲームなんかではアイテムやスコアで残機を増やすことが可能ですが、何らかの条件を満たすことで『ストック』の使用回数を増やすことはできますか?」


「……いいえ。私の知る限りどちらもあり得ませんね」

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