第6話
警察は綺羅の通報から約三十分後やって来た。
「警視庁捜査一課の
夏目
テレビドラマでは誘拐事件の被害者の家に警察が入る場合、配達員や引っ越し業者に変装していたが、実際にはそんなことはなかった。夏目はグレーの地味なスーツ姿で、数人の捜査員を引き連れていた。
「…………」
これが犯人が警察の介入を拒まなかったからなのかどうかは綺羅にはわからなかった。
警官たちはゾロゾロと家に上がり込み、固定電話と持ち込んできた機材を繋ぐ作業を始めた。次に犯人からかかってくる電話に備えてということだろう。
夏目たちが忙しなく家の中を動き回るのを、綺羅はどこか他人事のような気持ちで眺めていた。今起きていることがあまりにも日常からかけ離れ過ぎていて、まるで現実感がなかった。
そのとき綺羅は捜査員たちの中に、一人だけソファに座ったまま動かない男がいることに気が付いた。
スーツか制服姿の警察関係者たちに混じって、その男だけが白のパーカーにブルージーンズというラフな服装なのが目を引いた。年齢はまだ若そうで、二十代半ばから三十歳くらい。癖毛の黒髪に分厚いレンズの丸眼鏡をかけている。
警察というより、学者や研究者といった風貌だ。
「あの方は?」
綺羅は夏目に尋ねる。
「……あ、ああ。彼は
夏目の説明は何故か歯切れが悪かった。
「……民間の協力者? というと大学の研究職の方とかですか?」
それも綺羅がテレビドラマから得た知識だ。ドラマの中ではよく犯罪の研究を行っている大学の教授だか准教授だかが、フィールドワークと称して実際の事件の捜査に協力している。……実際にそんなことがあるのかどうかはよく知らないが。
「いいえ、僕は私立探偵です」
湖南はソファから勢いよく立ち上がる。
「誘拐専門の探偵、湖南棘蔵です。以後お見知りおきを」
そう言って名刺を差し出してくる。
「……はァ。誘拐専門の探偵?」
途端、綺羅は怪訝な顔になる。これなら聞いたこともない大学の教授という方がまだ信用できそうだ。
「いや奥さん、湖南君はこれまでに幾つもの誘拐事件を解決しているのです。彼は間違いなく優秀です。ご安心ください」
「幾つもというのは誇大広告ですよ、夏目さん。僕がこれまでに解決したヤマで大きな仕事だったのは、名古屋のロゼッタちゃん誘拐事件、金沢の連続児童神隠し事件、そして先日の内閣官房長官誘拐事件。どれも難しい事件でした」
「……え!?」
綺羅は思わず目を見開いた。三つとも世を騒がせた大事件だったからだ。
「僕のように誘拐を専門とする探偵は意外と多いんです。何故だかわかりますか?」
湖南からの不意の質問に、綺羅は慌てて首を振る。
「それは基本的に警察は誘拐事件と相性が悪いからです。誘拐犯は警察の介入を嫌いますから要求を伝える際、必ず警察に知らせるなと警告してきます。実際には警察に知らせたことで犯人が人質を殺害するケースは少ないようですがね。でも被害者家族からしてみれば、万が一ということもある。警察への連絡に二の足を踏む場合も多くあるのです。実際、警察沙汰にならずに内々で済ませてしまった誘拐事件も数多くあります。そこで我々探偵の出番となります。警察を呼ぶなと言われていますが、私立探偵を呼ぶなとは言われていませんからね。一見屁理屈のようですが、これが案外重要だったりするのですよ」
「…………」
湖南の言っていることは屁理屈にもなっていない、ただの戯言だ。
だが、確かにそういうことはあるかもしれない。
「ですが、今回の事件の犯人は警察への連絡を許可しています。否、むしろ積極的に関与させようとさえしています」
その点は綺羅も不気味に感じていた。
それだけ犯人には捕まらない自信があるということなのだろうか?
「それで、身代金はどうします?」
夏目が綺羅に尋ねる。
「確か、地下の金庫にピッタリ五千万円ある筈です」
「……あの、非常に言い辛いことですが、犯人の言う通りに金を用意しても花ちゃんを返す保証はありませんよ。本当に宜しいので?」
「構いません。花の救出を第一に考えれば当然です」
綺羅は毅然と答える。
「……わかりました。万が一に備えて札の番号を控えさせて戴きます。いいですね?」
「お願いします」
「では、必ずや花ちゃんを無事助け出してみせましょう」
夏目がどんと自分の胸を叩いた。
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