第7話
天童真理雄は大手玩具メーカーで商品開発を手掛けている。製作しているのは主に手品グッズだ。
真理雄の父、
綺羅から真理雄の携帯電話に連絡が来たのは、午後15時40分を過ぎた頃だった。
真理雄はちょうど会議を終えたところだった。
「どうした?」
「あなた、大変なの、落ち着いて聞いて。花が誘拐されたのよ」
「…………」
真理雄は世界から色が失われていくのを感じていた。頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなる。
「もしもし、もしもし、聞いてる?」
「……ああ」
そう答えるのが精いっぱいだった。
――花が誘拐された?
――何かの冗談だろう?
「今どこにいるの?」
「会社だ。警察には知らせたのか?」
「ええ、これから。それより今すぐ帰ってきて。17時にもう一度犯人から連絡があるから、それまでには戻ってきて欲しいの。いい?」
「……ああ、わかった」
通話を終え、真理雄はすぐさま会社を出て家路を急いだ。真理雄は自宅から東京の会社まで電車で通勤している。必要がない為、自動車は所有していない。
山手線の暗い車窓を真理雄はただぼんやりと眺めていた。娘の危機だということは頭では理解できていても、それを受け入れる心の余裕がなかった。何かの間違いであって欲しかった。
家に着いたのは16時50分だった。真理雄の帰宅を綺羅と夏目が玄関で出迎える。
「花が誘拐されたというのは本当なのか?」
「そういう電話があったことは事実よ」
綺羅が答える。
「ということは、ただの悪戯電話という可能性もあるんだな?」
「ええ。ですので付近を捜査員に巡回させて調べさせているところです」
夏目が二人の会話に入る。
「もうすぐ約束の17時です。電話には私が出ます。天童さん、宜しいですね?」
「…………」
夏目の有無を言わせぬ迫力に、真理雄は頷くことしかできなかった。
かくして、17時ちょうどに電話がかかってきた。
「もしもし」
1コール目で夏目が受話器を取る。
「警察か。五千万円は用意できただろうな?」
「ちょっと待て。何故私が警察だとわかった?」
「……つまらない駆け引きには付き合わない」
「わかった。だが一つだけ確認させてくれ。本当にそこに花ちゃんがいるんだな? それが確認できなければ、こちらは交渉に応じない」
「ママー!!」
「……花ッ!?」
綺羅がその場に泣き崩れる。
「金はバッグに入れて天童真理雄に運ばせろ。JR山手線高田馬場駅から十七時三十分の新宿・渋谷方面の電車に乗れ。いいな」
そこで通話が切れた。
「……うーん。妙ですね」
そこで初めて真理雄は湖南の存在に気が付いた。パーカーにジーンズというラフな格好に、冗談のような瓶底眼鏡。とても警察官には見えない。
「湖南君、何が妙だと言うんだ?」
「何って、犯人が身代金の運搬にわざわざご主人を指名してきたことですよ」
湖南は逆に不思議そうに夏目の顔を見ている。
「何もおかしなことはないだろう? ご主人、真理雄さんは花ちゃんの父親だ。身代金を渡して娘を助けることを優先させると考えたのだろう。その為に最初の電話で家に戻すよう念を押してきたんだ」
「いいえ。そこからして妙だったんですよ。何故わざわざ犯人はご主人を家に戻せなどと指示したのでしょう? 身代金の運搬なら不在のご主人でなくても、確実に身動きの取れる奥さんでも良いではありませんか」
確かにそうだ。
犯人が真理雄を家に戻した理由がわからない。
「女性に身代金を運ばせることに抵抗があったのではないか?」
「まさか。犯人は子どもを
「…………」
湖南は夏目から真理雄に視線を移す。
「天童さん、失礼ですが誰かに恨まれるような覚えはありませんか?」
その言葉に真理雄は少なからずショックを受けた。花が誘拐されたのは自分の所為だと言われている気がした。
しかし、真理雄にその心当たりはなかった。それは自分が聖人君主だという意味ではなく、誰かに恨まれる程の人間ではないということだ。誘拐事件など起こさずとも、真理雄を破滅に追い込むことくらい容易いだろう。
「……わかりません」
「そうですか」
湖南は残念そうに溜息をついた。
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