第8話 第一章 『月の鏡』 その3
まず最初に、調査団はミタン公邸で事情を聴き、大使の残した公用日記から書類やメモの類に至るまで全て調べた。
私的な書付けも全てジュメの家族から提供されていた。
しかし、これといって疑惑の鍵となるような物も出てこない。
それからハルは図書館を訪ね、ジュメの閲覧した文献の記録を見せてもらった。
更に、特別閲覧棟に向かったハルは、そこの司書に詳細を尋ねた。
「・・おもに伝承等、我が国の古代史に関するものでございました」
「読んでいた文献の記録のようなものはございませんか・・」
「いえ、この閲覧棟は許可制な上、実際のところ利用者も殆どおりません。それで閲覧者を管理する必要もないため、そのような記録も作ってはおりません・・」
公邸に戻ると、ハルは改めて残されたジュメの書類を全て見返した。
しかし、そのシュメリアの古代史に関する物は何も見当たらない。日記などにもそのような記述はなかった。
・・つまり、一つの鍵として分かったことは、ジュメが毎日熱心に通って調べていたはずのシュメリアの古代史に関する記録の類は、何一つ残されていない・・ということだ。
その後、ハルはジュメが視察に赴いた先に出向き、大使の雇っていた者達を捜し当て、詳しい話を聞いた。
そんなジュメの足跡を追う内に、大使がカンに誤報だと言い張ったのはおかしな事だという気持ちが募った。
・・ジュメは何か、その不思議な噂に関する真相でも探り出したのだろうか・・。
そう思ったハルは、改めてその噂の検証に当たることにした。
その調査団の一員として、大使の甥コウが混じっていた。
コウは一族の自慢で、まだ幼い頃に母親を亡くした自分を可愛がってくれた伯父の死の報に落ち込んでいた。
ただコウ自身には、その伯父のような才覚は何もなく、地元の村で樵として働いていた。
そして巷に流れる例の噂を耳にしたコウは、もしかしたらそんな伯父や亡母に会えるのではと、密かに期待して今回の調査団に参加していた。
しかし、月が満ちて行く夜毎・・一晩中眺めていても、一向に噂のような現象は起こらない。そのため、各地で水面を監視して来た調査団は規模の縮小を余儀なくされ・・万が一のため、コウを含む数名だけを残し、全権を彼らに委ねて帰還した。
そしてその満月の夜のことだった。コウは相方のダシュンと交代で水面を見張っていた。
水面に映る鏡のような月・・月の鏡。そこに身を乗り出して眺めても、そこに映るのはただ、その鏡に魅入る自分の姿だけ。そんな思いで鏡を覗いたコウの目に・・。
(・・映ってる・・オレの顔。すごいハッキリ・・鏡に映るのとおんな・・ん、でも、変だな・・オレの顔・・女みたい・・おんな・
・え、か、母さん・・母さん・・!)
次の夜、コウは再び、同じ水面を見つめていた。
夜半・・静かな水面に、クッキリと上空の月が鏡のように映っていた。
その中に・・ゆっくりと何かが浮かび上がる・・。
昨夜、直ぐに消えたその姿・・。まだ相方にさえ言ってないものを、自らの目でシッカリと確かめるため・・。
(・・・人の・・姿・・母さ・・いや・・)
(・・・)
(・・ジュ・・ジュメ・・伯父さん・・!)
・・現れた・・人物は・・無言でコウを見つめている。
(・・俺だよ・・コウだよ・・)
(・・コウ)
空耳だろうか・・どこかで絞り出すような声が聞こえた。
(そう・・俺だよ・・)
(コウ・・)
近くに張った幕屋で寝ていたダシュンの耳に・・何かが届いた。
暫くはまだ・・そのまどろみの中で聞いていたが、胸が締め付けられるような感覚に、思わずハッとして目を覚ました。
(コウ・・?!)
跳ね起きると、コウのいる辺りへ急いだ。
川辺の縁でのたうちまわっている相方の姿が見えた。何かに水の中へ引きずり込まれそうになっている・・!
「コウ・・!」
必死にもがいているコウを捕まえると、ダシュンは水中の何かと綱引きでもするようにその身体を思いっ切り引っ張った。
突然、グッタリとして重くなったコウを引き上げ、腹部を押して水を吐き出させた。
・・暫くして息を吹き返したコウは、何か頻りにうわ言を言っている。
何を言っているのかと、その口元に耳を近づけた。
(・・とう・・)
「え、何だって・・何をして欲しいんだ・・」
(・・とう)
「とう・・」
(・・とう・・つきの・・とう ・・)
「つきの・・とう・・」
(・・月の・・塔 ・・)
翌朝、目覚めた時、コウはそれまでの記憶を失っていた。
何故、自分がシュメリアにいるのかも分からない様子だった。
仲間はそんなコウを連れ帰るため、ダシュン一人を残して、全員ミタンに引き上げた。
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