第7話   第一章 『月の鏡』 その2


 『月の神』と地上の王・・美しい娘と醜い骸・・高い塔と『黄泉の国』・・。

 『月の乙女』の伝説を読み終えたジュメの頭の中に、何故かふと、現シュメリア国王シュラのことが過った。


 ジュメは、王とは赴任の挨拶の折に一度、謁見の機会を得ただけだった。

 以前は、大使達は頻繁に王宮に呼ばれていたものだという。

 しかし、今では謁見は殆ど行われなくなり、それこそ夜毎、黄泉の国でも徘徊しているのではと思われる程だった・・。



 そんな乙女の運命から・・更なる伝承に興味を覚えたジュメは、併設する特別閲覧棟の利用許可を願い出た。

 司書は無駄口を一切利かなかったが、非常に協力的で、ジュメの閲覧した文献のリストを参考に、その要求に合致しそうなものを端から揃えてくれた。

 その司書の助けもあり、更にのめり込んだジュメは・・殆ど見る人もいないような古い文献の中から、あることを探り出した・・ある種の興奮と、それよりも強い恐怖の思いにかられて・・。


「まさか・・し、しかし・・」


 ジュメはそのことは誰にも口をつぐんだまま、備忘録の中に打ち明けた。

 

 そして簡単な説明を添えて本国に伝令を遣わせ、特使を送るように伝えた。

 本当は自らミタンに戻って報告したかったのだが、急遽、王宮からシュラ王自身の要請だとして、近々お召しがあるので何時でも参内出来るように公邸にいるようにとの知らせがあったのだ。

 それでいて、未だ一向に何の沙汰もない。

 ジュメは王自らとは一体、何のお召しなのかと好奇心が募っていた。が、しかし同時に、妙な不安も覚えていた・・。



 シュラの厭世感は今や夜の闇のように一層深まり、数人の近従を除いては大臣達さえめったにその姿を見ることもなかった。

 国政を司る王がそれでは、シュメリアは他国に突け入る隙を与えているようなものだ。しかし不思議なことに、シュラ王は各地の動きをちゃんと把握していた。

 それには、夜間の執政時にたまにお目通りが叶う閣僚達も驚き、以前にはやや軟弱さの窺えた若き王には、何か不思議な〝力〟が生まれて来ているようにも思えた・・。


 

 ジュメにその王からのお召しが下ったのは、ミタンの特使カンの到着前夜だった。寝入りばなを起されて王宮に向かった大使は明け方、公邸に帰館した。

 その時のジュメに何も変わった様子は見受けられなかったが、王のことを尋ねる周囲の問いには・・一体、何の事かと云うような、キョトンとした表情を見せただけだった。


 その日の午後遅く、カン特使の一行が公邸に到着した。


「これはレニ殿・・わざわざお越しいただきまして・・」


 大使は敬意を表して、特使をその一族の名で呼んだ。

 それから一行を歓待するため、酒席に都の美しい女達を侍らせてもてなした。

 

 まずは長旅の疲れを癒して・・と云う大使の心づかいなのだろうとカンは思った。

 ところが翌日になっても、更にその翌日になっても同様の酒宴が続き、一向に大使の方から要件を切り出す様子がない。

 それどころか、自分の方から呼んだ特使を避けてでもいるかのように、その姿を捉えられるたびに慌てて姿を晦ましてしまう。



「ジュメ殿・・ご報告では、例の噂について何やら重要なお話があるとのことでしたが・・」

 その日、カンは待ち構えるようにしてジュメの姿を捉えると、朝の挨拶もそこそこに単刀直入に切り出した。

 しかしジュメは、ややバツの悪そうな顔をして言った。


「も、申しわけない、カン殿・・。あ、あの件は、当方の勇み足だったようで・・」

 そう恐縮しながら平謝りに謝るのだった。

「そ、そのことについては王宮からも沙汰がありましてな・・所管の大臣が何やら、ご説明差し上げるそうで・・」


 一体何事かと遠いところミタンからやって来たカンは、怒るより呆れてしまった。



 更には、その大臣の対応も次のようなものだった。


「・・最近、何やらおかしな風評が広まっているようですが、困ったものでございます。全くの噂に過ぎません。・・ま、せっかくシュメリアにいらして下されたのだ。却って良い機会で御座いますから、両国の長年の変わらぬ友好を祝して、明日にでもさっそく歓迎晩餐会などを催したいと思っておりますが・・」


 

 それでも一面の不審な気持ちを拭えないカンは、二人だけの時にジュメに再度問い掛けてみた。

 しかし、ジュメの顔には何か・・本当に、当惑した表情しか窺えない。

 その様子に、カンは少しばかり不憫な気持ちさえ抱いたくらいだった。

 以前にくらべ年を取ったとは云え、行政に関わっていた頃の明敏さはシュメリアからの報告にせよ変わっていなかった。

 今回の特使の要請にしても、その報告から伝達では伝えることの出来ない何かとても重要な事柄故と分かっていた。

 それを簡単に誤報だったと言って憚らないのは何かおかしい。ジュメらしくはない。

 ここ数年の南国での安逸なリゾート暮らしで、山国ミタンが育んだ剛健さが解けてしまったのだろうか・・。



 ところが、一行がミタンに帰還して数日後に、そのジュメ大使が急死したと云う知らせが届いた。


 驚いたカンは、大使の様子を改めて振り返ってみたが、健康状態は極めて良さそうだった・・。

 ただ、やや恐縮した様子で勘違いだと言う大使の言葉を聞いていた時、その口調が何か・・あらかじめ決められた舞台の台詞でも聞いているような気がしたのを思い出した・・。

 

 色々思案した結果、カンは部下のハルを団長とする小規模の調査団を組織し、シュメリアに派遣した。


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