第85話 僕が転生した理由
大亀様と僕たちの会話。
こっそりとしていたつもりだったけれど、しっかりと天界から覗かれていた。覗いていたのは女神テスモポロス。彼女は自宅の庭にある泉に地上の様子を写して随時地上をチェックしているのだ。
チェックしているのは主に地上の農作物を監視するため。テスモポロスは農業・豊穣の女神なのである。ただ、監視しているだけであった。豊作であれば喜び凶作であれば心を痛める。その程度ではあったのだが。
『女神ブランディーヌよ』
「え、その声はひょっとすると女神テスモポロス様?」
『久しぶりですね。おまえが天界からいなくなってからは大変でしたわ』
「あ、あ、それには海よりも深い理由が」
『よい。どうせ、しょーもないことでしょ?』
「とんでもありません!これには天よりも高い理由が」
『ほう。ならば申してみなさい』
「……あの、ゼロス様が……」
『ゼロスか?彼奴はすでに私たちが罰を与えております。問題ありません』
ゼロスというのは、天の主神である。最高位の信仰対象とされる存在なのだが。
「は」
『そんなことより、早く天界に戻ってきなさい。というよりも、そのスィーツなるもの。私も気になるのですが』
「これは隣のものが作ったものです」
『知ってます。ロレンツォでしょ?』
女神テスモポロスはロレンツォの転生話をし始めた。
豊穣の女神テスモポロスはロレンツォを監視していた。彼女はショタだったのだ。小さい頃から目をつけていたのだ。人間にしてはなかなかのルックスだと。
ところが大事件だ。あろうことか、ロレンツォが毒殺されかかっている。いや、死んでしまった。女神テスモポロスは必死に考えた。ロレンツォの魂は自分ではどうすることもできない。
そんなときに、昔面倒を見た人間が次元の狭間にいたことを思い出した。彼は人間の魂を研究していたのだ。どこかにさまよう魂はないか。
彼に尋ねてみると、ちょうど次元の狭間に迷い込んで彷徨っている魂があった。それが前世日本の“僕”であった。女神は時空の狭間を漂っていた僕を無断でこの次元に連れてきた。そして、ロレンツォに僕の魂を放り込んだというわけだ。
僕はどうやら前世で死んでしまったらしい。転生する順番を待つ間に、魂が通過する場所がある。それが時空の狭間だ。
時空の狭間はいわば転生のための待合室である。普通はお行儀よく時空の狭間で待っているのだが、僕はふらふら空間を漂っていた。もともと集団に馴染めない魂であった。
ただ、時空渡りするときに僕のステータスも強靭になったらしい。ロレンツォは天才だったが、僕の貢献度も高いようだ。
衝撃の事実を知ってロレンツォは大変驚いたのだが、すぐに冷静さを取り戻し、女神様と会話を続ける。
「ロレンツォの魂を救うことはできなかったのですか?」
『私は女神だけど、魂をどうこうすることはできないの。魂には厳重な管理がなされているのよ。でも、貴方のは本当に運良くというか運悪くというか次元の狭間で漂っていたのよね。普通はおとなしくしてるんだけど。つまり、魂の管理から解き放たれていたわけ。だから、こっそり連れてこれたのよ』
「こっそりって」
『まあ、いろいろあったけどね。魂をロレンツォに移し替えてからはちょくちょくロレンツォをチェックしてたんだけど、まさか聖女マリアがブランディーヌだとは気づかなかったわ』
豊穣の女神テスモポロスは頻繁にロレンツォをチェックしていた。しかし、そばにくっついていた聖女マリア、つまり女神ブランディーヌには気づかなかった。
そのくらい、マリアの封印が強力だったのだ。また天界からは地上は距離が遠すぎたこともある。大亀様がマリアに気付いたのは、マリアが大亀様の近くにいたからだ。
『で、ブランディーヌ』
「ぎくっ」
マリア・ブランディーヌは女神テスモポロスが苦手であった。女神テスモポロスは普段は温厚だが、怒ると飢餓をもたらす。飢餓とは食べ物がなくなるのではない。食べても食べても満腹にならない、つまりいつまでたっても満足を得られないのだ。食事大好きのマリアにとっては天敵と言える存在であった。
『ぎくっ、じゃないわよ。天界、大変なことになってるんだから』
「掃除なんて、みんながやるもんでしょ。私だけに押し付けて」
『あのね、掃除ならみんなやってるでしょ。あなたの仕事は掃除じゃなくて、天界の空気を清浄にすること。それに、あなた普段から掃除サボってたでしょ』
「ちゃんと掃除してましたー」
『何言ってるのよ。貴方の部屋、そのままにしてあるから。汚部屋だけど。ロレンツォ、見せてあげるわ』
「なにゆーとんの。レディの部屋を男にみせるなんて」
『見せなくてもいいか。部屋のそばによるだけで臭いが凄いもんね』
「くさくなーい」
汚部屋なるものが容易に想像できる。
『まあ、いいわ。ところでブランディーヌ』
「ぎくっ」
『大亀様に渡すっていうスィーツ。いっつも貴方が食べてるやつね。私にも持ってきなさい。そうすれば、貴方のこと黙っててあげるわ』
「じゃあ、マリアの分を女神テスモポロス様に持ってきましょうか?』
「ロレンツォ、なんてことをゆーの。私からスィーツを奪ったら死んでまう」
『いいわね。ブランディーヌの罰としても』
「いややー泣」
『あとね。そのブランディーヌがつけてるキラキラ光る宝石。私にも似合うと思わない?』
「わかりました。いくつか持って参ります」
『ああ、天界への行き方はブランディーヌが知っているから。一度、こちらにいらっしゃい』
こうして僕はブランディーヌに連れられて天界に行くことになった。ブランディーヌはいやいやではあったのだが、こないのなら本当にスィーツを取り上げると言われ渋々天界に戻ることに同意したのだ。
天界に行くとすぐにスィーツと宝石を女神テスモポロスに献上する。一応、女神的には他の神々には黙っていることになっていた。
しかし、隠そうとしてもすぐばれる。いや、隠そうともしなかった。女神テスモポロスは宝石を身に着けて浮かれていたのだ。
それを見逃す女神は一人としていない。
「女神テスモポロス。そのキレイな宝石、どうしたのじゃ?」
「それと、なんだか美味しそうなものを食べてる気配がするんだけど」
「私のアトリエにこもっていても、甘い香りが漂ってきたわ」
結局、すべての女神がやってきた。10年に一度の女神アプロスもアトリエから出てきた。女神だが、嗅覚は犬並だった。
ロレンツォは大亀様と同様の約束を女神たちと取り交わすこととなった。つまり、週1でスィーツを10セットずつ献上することを。さらに、宝石もいくつか。
「ロレンツォ、私達は大変満足しております。何か望みはありますか」
「特別ありませんが、できることなら私の前世日本と往復できないかと」
「ふむ。前世が恋しいですか」
「恋しくない、と言ったら嘘になりますが、あれこれ私物をこちらに持ってきたいのです」
「残念ながら、私どもではその権限がありません。ですので、ちょっと時間が必要です。方法を探してみますわ」
「誠にありがとうございます」
まあ、丸く納まったようだ。マリアは逃亡の罪というわけではないが、週1で掃除が義務づけられた。自分の部屋の掃除を、だ。
「いや、それは義務でもなんでもないんじゃ」
「ブランディーヌのだらしなさを甘くみてはいけません。罰則を設けてしっかり管理するべきです。掃除を忘れたら、スィーツを取り上げますからね」
「げろげろ」(マリア)
ああ、それは彼女には一番よく効く。まあ、基本3才児だからな、マリアは。
そういや、僕の領地では毎朝各自部屋の掃除をすることになってるし、マリアは殆ど部屋におらず、居間で寝てるか外をぶらぶらしてるのだった。だから、そこまで掃除嫌いとはわからなかった。
「ロレンツォが転生した人だったなんて驚きや」
「ずっと黙ってたからな」
「私も日本に行きたい」
「どうせスィーツが食べたいだけでしょ」
「私のスィーツ愛は不滅やわ」
【主な女神】
ジュノー 月神 月・星の運行を司る
主神ゼロスの正妻
ウェスタ 家庭の神 元ゼロスの愛人
テスモポロス 農業・豊穣の神
元ゼロスの愛人
アプロス 美・芸術の神 別名10年さん
元ゼロスの愛人
アルテミス 狩猟の神 元ゼロスの愛人
ブランディーヌ清浄の神 (マリア)
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