第84話 マリアの正体と危機

 南への船旅に出た僕とマリア。


 さっそくマリアが船酔いをしたが、さすがは聖女様の名は伊達ではない。自分で船酔いをさましつつ、航海を続けた。


 すると、1日と少しの航海で海の果てらしきところに出くわした。物凄い勢いで海水が滝のように落下している。


「マリア、ちょっと下まで見に行ってくるけど、ついてくる?」


「行くに決まってるやん。凄いアトラクションやね」


 どうやら、マリアにとってはディズニーシーの拡大版のような感覚らしい。船を乗組員にまかせ、猫マリアをフードの中に入れて下まで飛んでいく。



 延々と滝が続いている。

 高さは500mぐらいあるだろうか。

 前世のナイアガラの滝なんて目じゃないな。

 圧倒的な光景にびっくりしていると、マリアが、


「なあ、ロレンツォ。あっちに巨大ななにかがおるで」


 と言い始めた。僕はそちらの方を見ると、それはどう見ても巨大な亀だった。随分と遠くにいるにも関わらず、その巨大さは遠近感を無視した大きさだった。



「おまえら、何しにきたー?」


 あらゆるものを震わすようなバカでかい声で、その亀のような存在が問いかける。


「いや、ちょっとこの世の果てをみたくて」


「この世の果て?果てじゃないぞ。ここは入り口じゃぞ。全てはここから始まる」


「アタナは何をしているのですか?」


「見ればわかるじゃろ。世界を支えておるのじゃ」


「大変ですね。疲れませんか?」


「疲れる、と言う言葉よくわからんがこれがワシの仕事じゃ」


「このなだれ込んでいる海水はどうなるんですか」


「どうもこうもこのまま無に消えていくだけじゃ」


「でも、海水はなくならないですよ」


「上の海水か?あれは無から生まれてくるんじゃよ」


「何も無いから“無”なんじゃないのですか?」


「無は有のゆりかごじゃ。全ては無から生まれるのじゃが、わからんかの?」


「いや、全然わかりません」


「まあよい。ところで、そこな猫よ」


「私?」


「そうじゃ。猫の格好をしたおまえじゃ。どこかで会ったような気配がするが」


「あ、しもた」


 瞬時にマリアは思い出した。

 自分が何者であるかを。


「おまえ、ひょっとしたら女神ブランディーヌではあるまいの?いや、ひょっとしたらじゃない。そんな格好をしていても、お前の波動はよく知っておる。女神ブランディーヌよ。お前がいなくなってから、天上は大慌てじゃぞ。清浄魔法を使えるものがおらん。天界は荒れ放題じゃ」


 マリアは天界から逃れるために、自分の記憶に封印をして気配を断っていた。ちなみに、マリアには人間の親はいない。どうやら、天界から幻影薬をくすねてきて、周りをだまくらかしたようだ。そのこともさっぱり忘れていたようであるが。


 しかし、大亀様との距離があまりにも近すぎた。

 大亀様の強い波動により封印が解けてしまった。


 マリアは自分の存在を封印するときに記憶もしまい込んだのだが、一気に記憶が蘇る。


 マリアは清浄を司る女神であった。

 天上界が嫌で逃げてきたのだ。



「大亀様。天界は面倒くさいのです。あれしろこれしろと毎日うるさいし、毎日のように私をくどきにくる馬鹿神は多いし」


「何を罰当たりなことを言っておる。馬鹿神はともかく、天界を清潔に維持するのはお前の役割ではないか」


「だって、それなら女神アプロスだっているでしょ?」


「女神アプロスは10年に一日ぐらいしか表に出てこん。それはお前もよく知っておろう。創作活動が忙しいとかいうてな」


「10年さんは私の理想なのに。それに、地上に降りてきたら、こんな美味しいものに出会えたのよ」


 マリアは大亀様にスィーツを渡す。大亀はスィーツを見るなり、顔だけサイズを縮めて首をこちらに伸ばしてきた。


「なんじゃ、こりゃー!この世にこんなに美味いものがあるのか?」


 そのとき、地上では激震が走り、多くの山が崩れ大変な騒ぎになる。


「大亀様、興奮したら問題があるでしょ。多分、いまごろ地上では大変な騒ぎになってるわ」


「何を言っておる。ちょっと驚いただけじゃ」


「大亀様、この前くしゃみしただけで地上がどうなったか忘れましたか?」


「ああ、1千年前のあれか。あれは失敗じゃった。地上が壊滅して天界からえらく叱られたわ」


「それはともかく、天界に戻ったらこのスィーツ食べられなくなります」


「むむっ、そうじゃの……ちょっと相談があるんだが」


 きょろきょろ辺りを見渡して小声で話す大亀。


「ワシにもこれを定期的に食わしてくれんかの。毎日とはいわんが、一週間おきぐらいではどうかの?」


「それくらいならお安い御用ですよ。お供えポイント作ってもらえば、転移でもってきます。ビッグサイズがたくさん必要ですね」


「いや、休憩する間だけなら、ワシは分身に世界をまかせて本体はおまえらサイズに縮むことができるでの。普通サイズのスィーツでいいぞよ。まあ、数はたくさんいるがの」


「じゃあ、来週から10セットずつということで」


「おお、そうか。天界には黙っておいてやる。お供えを欠かさず、ワシを敬え」


「ははー」


 ということで、マリアと地上の危機は回避されたのであった。しかし、天界からはしっかりと覗かれていたのであった。



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