第11話 ご飯をなんとかしてほしい4 パン

■ロレンツォ9歳


 パンの作成も、パン酵母作成から手をつける。

 この世界では、まだ酵母が発見されていない。

 ただ、酵母の存在は朧げながら周知されている。

 エールの樽を利用するとパンが膨らむ。

 あれはビール酵母が残っているからだが、

 酵母と知らずに樽を利用する人が多い。


 また、パンを焼く窯は庶民では持っていない。

 窯は、価格的に庶民には手の余るものだ。

 街なかだと場所的にも難しいかもしれないし、

 薪代とか馬鹿にならない。

 だから釜は貴族や教会などに独占されている。


 庶民はパン屋でパンを買うか、

 窯を借りてパンを焼く。



 僕たちはパンの発酵からパンを焼くところまで

 自分で行う。

 当初は、変なものしか出来なかったのだけど、

 段々と習熟していった。


 特にパンの発酵は難しい。

 気温、湿度や酵母の調子に大きく左右される。

 日本ではホームベーカリーでパンを焼いていた。


 それでも安定しないので、

 最終的にオーブンレンジを購入し、

 HBはこねるだけに使用した。

 あれこれ奮闘したのがこの世界で役に立っている。

 


「お坊ちゃまの言うとおりにパン酵母からやってみたら、凄いフカフカのパンができるのですね。けっこう、失敗しちゃいますけど」


「僕も失敗を重ねたよ。酵母発酵は温度、湿度とかに左右されるから、空気調整室でパンを作ると失敗が少ないよ」


「パンって、固いものが普通だと思っておりましたが、これは王の食べるものよりも質が高いのでは?」


「多分、そうだと思うよ。こんなこと公言できないけど」


「ていうか、もうほかのパンをたべられませんわ」


「本当にこのところの食卓は美味しさがバク上がりしてますわ」


「だから、お肌がキレイになってきたのですけど、なんとなくお腹がプックラしてきたような」


「私もです。本当に悩ましいのですわ」


「けんこうと美ようとたいへんですわ」


 フィナとローリアはそうこぼしている。

 セリアは全然太ってないし、ガリガリなんだけど、

 彼女基準では太っているらしい。



 なお、空気調整室はエアコン魔道具で

 温度や湿度を一定にした部屋だ。

 夏場だとパンは過発酵しがちだし、

 冬場だとパンがふくらまない。


 だから、パン専用工房を作ったのだ。

 温度30度弱、湿度70%ぐらいを保つ部屋だ。

 これは、魔道具の作り方を学んだからだ。

 正真正銘、古代書の知識だ。


「それにしてもこのふっくらパン。酵母というのが関係しているのですか」


 アルベルトが聞いてくる。

 この世界では酵母は発見されていない。

 ビール樽にパン生地を入れて発酵させることが

 経験的に知られている。


 勿論、酵母は手作り天然酵母だ。

 手作り酵母は不安定だ。

 膨らみがドライイーストよりも落ちる。

 だから、半日から24時間ぐらい発酵にかける。

 すると、よりふっくらモチモチふわふわになる。



 なお、王国でパンといえばハード系、

 フランスパンのバゲットみたいな

 表面はバリバリで中身しっとりふっくらみたいな

 パンが主流である。


 単純にパンに砂糖やバターを入れる発想がない。

 日本人だとご飯に砂糖を入れる感覚に近いかも。


 だから、ずっとハード系のパン作りをしてきた。

 でも、リッチ系、つまり砂糖とバターを入れて

 パンを焼き上げたところ、


「まあ!ますますパンがしっとりフワフワに!」


「パンの耳があまくておいしい!」


 大絶賛だった。

 でも、ハード系のパンも根強い人気があって

 どちらがより好き、ということではないらしい。



 あとこの世界では黒パンというものがある。

 ライ麦主体の雑穀パンだ。


 あれは乳酸菌を利用してパンをふっくらさせる。

 それでも膨らみが悪くて乳酸菌のために酸っぱい。

 また、ライ麦特有の苦味がある。

 表皮も混交させるためもあり、焼き上がりが黒い。


 僕はそんなに好きなパンじゃない。

 でも、黒パンで育った人は

 あのどっしりとした味わいがソウルフードになる。


 そういう人にはふっくらとした柔らかいパンが

 そんなに好きじゃないことがある。

 

 パンとたべられない人もいる。

 そうなると、オーツ麦のようなものを

 お粥にして食べる。

 

 日本だとオーツ麦って健康食、

 っていう位置づけだけど、

 こっちでは単なる貧乏食だ。


 でも、精白した白い小麦パンよりも

 ずっと栄養豊富なパンである。


 だから、かえって富裕層よりも

 貧乏人のほうが健康で長生きしがちだ。


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