第15話 ファン第一号
「ナエが思う『つまらなくない終わり』って何です?」
「それは、さっきみたいなヤツっスよ。最期の瞬間も懸命にファンと向き合って、誰かのために殉じる──そんな劇的な終わり方っス」
そう言うナエの笑みは、まるで崩れない。
理想の体現者そのものだ。
「オレが思うに、ナエ先輩ならどんな未来だって──」
「アンリくん、それ以上要らないっス、キミの言葉は」
オレを睨みつける【彼女】。
まるで臨戦体制に入る獣だ。
これ以上踏み込めば命は無い──
そう示しているかのよう。
けど、
オレはまだ、
ナエ先輩にVtuberを続けてほしい!
「これはオレのエゴだ! でも、言わせてほしい……!」
「イヤ! もう、何も要らないのにッ……!」
オレは言葉を続ける、
【彼女】の静止に怯むこと無く。
「消滅の直前、過去を振り返るナエさんは、心底幸せそうだった! 本当にナエは、【夢丘ナエ】を辞めたかったんですか?」
「それは──」
【夢丘ナエ】の顔に、
さっきまでの【笑顔】は無かった。
そこにあったのは、【彼女】としての表情だけ。
それが、どんな表情をしていたかは忘れよう、
【夢丘ナエ】の名誉のために。
【彼女】が何かを口に出そうとした──
その刹那──
「お喋りはそこまでなんだぜ」
「ナエちゃんを虐めるのは許さないのだ」
誰かの声が聞こえた、部屋の隅から。
だがその声は、さっきまでの饅頭とは違う。
ピンク色のツインテール。真っ白な肌。青色の眼。
金色の装飾。真っ白なワンピース。
露わになった肢体には、包帯が巻かれている。
痛々しい見た目の少女だ。
まるで、病室から抜け出してきた──そんな様相。
挑戦的な笑みを浮かべた彼女は──
チャンネル登録者数2,400,000人!
S N Sフォロワー1,640,000人!
今、ネットを騒がせる有名Vtuber、
オレの妹──竹刀手ボコが立っていた。
「だってこのデスゲームも何もかも、全部このボコ様が唆したのだぜ? ナエちゃんはそれに従っただけ。何の罪も無いってワケ! シャルルだって、痛覚リンクしてるフリしてもらっただけだしさ!」
「ボコ、どうしてお前が、こんな……」
どういうことだ?
コイツが、このデスゲームの黒幕?
「一体何のために、デスゲームなんて始めたんだよ!?」
「分からないのだぜ? お兄ちゃん」
ニヤニヤと試すように笑うボコ。
それは子どもの頃から変わらない、
オレの妹の顔つきだった。
「ボコ様は本当に感謝してるんだ。幼い頃、病床で絶望してた。真っ白な箱の中、終わらない寂寥感。棺桶のように感じたよ。でも──」
ボコはオレに近付き、熱い抱擁を捧げた。
「お兄ちゃんが救ってくれた。狭い棺桶の中、お兄ちゃんだけが光だったんだ。だからボコ様も、光になろうと思ったのだぜ? 流石だろ?」
「それが……! デスゲームと何の関係があるんだよ!」
オレはボコの腕を振り払い、一歩後ずさる。
「ボコ様は光になるため、Vtuberになった。けど、Vtuberこそが真っ白な棺桶だったんだ。お兄ちゃんも分かるよね? 誰かの偶像として動くことが、どれだけ窮屈なことかなんて」
「それは──」
分からなくもない。
と、思ってしまった。
理想の偶像として先頭に立ち続けてきたナエ。
品行方正な令嬢としてルールに縛られてきた詩歌。
そして、
妹のため有名なゲームの配信を諦めたオレ。
それを棺桶と形容するアイツの心理も、理解できる。
「つまりね? ボコ様はナエちゃんに見せてあげたかったのだぜ。棺桶の中の光ってヤツを、お兄ちゃんみたいにね」
「『お兄ちゃんみたいに』だと? 全然違うだろ! こんな、Vとしての存在を終わらせるなんて!」
オレはボコの胸ぐらを掴み、怒鳴りつける。
けれど、
「お兄ちゃんや他のVたちも、キレイに終わらせてあげたかったんだけどね、ホントは」
ボコはケラケラと嗤い、取り合わない。
すると、
「アンリくん! 待って! ボコ先輩を責めないでくださいっス!」
ナエは、いつもの表情でオレに訴えかけた。
「全部、ウチが弱かっただけなんス。だから──」
「分かってるさ」
オレは離す、ボコを掴んでいた手を。
「悪くなんて無い、この場の誰も」
トップでい続け、不安に苛まれたナエ。
有名Vとして、色んな悲しみを見てきたボコ。
どちらの気持ちも分かる。
けど、
「二人を責めないよ、『弱かっただけ』だなんて」
だって、オレもそうだったから。
「このデスゲームを通して、オレも自分の弱さを痛感した。ナエが消滅した後や、自分の言葉でファンをぬか喜びさせた時──全て投げ出して消えたくなった」
「うんうん! そうだよね! でも、それで正しいんだよ? 一緒に逃げ出すのだぜ、Vtuberという棺桶からさ」
ボコはオレの手を握る。
「でも違った! 全て投げ出して消えたくなった──その時、オレを励ましてくれたんだ! ナエの言葉や、詩歌の存在──そして」
オレはボコの手を握り返した。
「お前との幼少期の記憶が!」
「そんな詭弁……!」
忌々しいような表情を浮かべ、
ボコはオレの腕を振り払う。
だが、
離さない。
オレはボコの腕のしっかり掴み、その瞳を見つめた。
「オレは弱い人間だ。けど、その度に周りの人たちが励ましてくれた! 支えてくれたのは、仲間Vだけじゃない!」
オレはコメント欄を空間に可視化させ、
ボコに指し示す。
「オレの軽々しい発言で、ナエのファンをぬか喜びさせた。それが理由で、アンチコメがたくさん書き込まれたさ」
「そういう世界なんだよ、お兄ちゃん! Vtuberはファンを元気づけるヒーロー! でも、そんなボコ様たちを叩くヤツだっていっぱいいる! がんばったって、結局は一人なのだぜ? だからボコ様が他のVに寄り添って、全部終わらせてあげようと──」
「アンチコメの中、オレのがんばりを認めてくれる人だっていた! お前、Vtuberはファンを元気づけるヒーローって言ったよな?」
「それが何?」
「でも、オレは思うよ。ファンだってVtuberを元気づけるヒーローなんだって」
「そんなワケ──」
「だってオレは覚えてるぜ? あの日の病室で、ファン第一号のコメントが、オレを元気付けてくれたことを」
オレがボコを見つめると、
彼女も同じようにオレを見つめ返した。
「お前が今、また寂寥に駆られてることは分かった。なら、もう一度信じてくれないか? オレを。『お前が退屈しないよう、これからもゲームプレイを観せてく』って」
すると、
ボコは黙ったまま、オレの手を握る。
「じゃあ、そうだな……勇気を貰えるのが観たいな。これからも、がんばっていける勇気貰えるのが」
おれたちはもう一度、指切りした。
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