第14話 【夢丘ナエ】

「ナエちゃんを殺したのはナエちゃん自身?」 

 首を傾ける詩歌。

 すると、

 次の瞬間──


 暗転する視界。

 オレたちは、気付けば真っ白な部屋に立っていた。


「探偵ごっこはもう終わりなのだ!」

「ボスを倒したらそのゲームは終わり。次のデスゲームに行くんだぜ」

 無機質な声と共に現れたのは饅頭マスコット。

 2体の饅頭が、こちらを見下ろしていた。


「探偵ごっこかどうかは、オレの話を聞いてからにしてくれないか?」


「聞く価値なんて無いんだぜ? 夢丘ナエの死はゲーム内の出来事。作為的なものは無いんだぜ」

「いいや、違うね。大量の岩蛇も、存在しないハズの宝箱も、通常プレイではアリエナイ! 誰かが作為的にやったんだよ! 夢丘ナエを殺すために!」


「そもそもおかしいのだ。アンリくんの推理だと、グリッチが必須。そんな専門的な知識、ナエちゃんに無いのだ」

「クスネが言ってたぜ? ナエは『DRAGON SWORD』をやりこんでいた! グリッチの知識があるほど!」


「そんなの関係無いんだぜ。アンリが転生の宝珠の消失を確認した時、ナエは既に死んでたんだぜ? グリッチの知識があったとして、整合性が取れないんだぜ」

「いいや、あらかじめ死ぬ前に、宝珠を取りに行ったんだ!」


「何言ってるのだ? ナエはアンリくんと一緒に行動していたのだ! グリッチ使う時間なんて無いのだ!」

「一緒に行動してたさ、ほとんどはな。けど、詩歌の悲鳴が聞こえた直後、オレはナエとはぐれている! グリッチを使えば、その間に宝珠くらい取りにいけたさ!」


「これはデスゲームなんだぜ? シンクロする痛みに耐えてまで、ここを死に場所に選んだ理由は何なんだぜ?」

「痛みのシンクロはお前らの嘘。そうだろ? オレは自分が食われた時、あまりの痛みに感覚が消えたのかと思った。けど実際は、痛覚がシンクロしてるのは少しだけ。燃え盛るシャルルに駆け寄った時、熱くなかったんだからな」


「じゃあ、説明できるのだ? ナエちゃんが自分自身、死を選んだ理由を」

「それは──」


「もうヤメて……ほしいっス」


 視線をマスコットの背後に向ける。すると、

 そこいたのは、一人の女性Vだった。


 金色のロングヘア。真っ白な肌。緑の眼。

 頭の髪飾りは、桜の花を模している。しかもドデカい。電脳空間だからこそ許されるバランスだ。


 服は水色を基調としたドレスで、そこにピンクのラインが入っている。

 正に、『ザ⭐︎アイドル』って感じの風貌。

 オレはこのVを知っている。


 目の前に立っていたのは、

 さっき消えたハズの夢丘ナエだった。


「ナエ先輩……!」

「ナエ……!」

 彼女の姿に、詩歌とクスネも声を上げる。


 オレも声を上げたいさ。

 今すぐ駆け寄って、生きていたことを喜び合いたい。

 けど、


 それは、全部が終わった後だ。

 夢丘ナエが何故、Vtuberとしての死を選んだのか──

 ちゃんと話を聞くまでは。


「ナエ先輩! どうしてですか? このまま死んだことにして、Vtuberも辞めちゃう気だったんですか?」

「ナエ、ズルいだろうが! おれは一番を目指してVを続けてきたんだ。まだお前に勝っちゃいない」

 詩歌は寂しさを、クスネは歯痒さを、

 それぞれが表情に出し、ナエに言葉を投げかける。


「オレも気になるな、ナエ先輩。今際の際、言ってたよね? 『アイドルが膝をつく姿なんて、ファンに見せたくない』って。なのに、どうして狂言自殺なんてしたんですか? その言葉は嘘だったんですか?」


「イヤだなあ、アンリ先輩。アイドルが膝をつく姿なんて、ファンに見せたくない──だからっスよ」


 いつものように、

 ナエは満面の笑みを浮かべる。


 だから?

 どういう意味だ?

 ナエはデスゲーム配信を機に、自分自身の痕跡を削除しようとしていた。

 それは『ファンの前で膝をつく』ということじゃないのか?


「分からないっスか? アンリくん。何年も膝をつかず、偶像でい続けることの意味が」


 それは力強い口調だった。

 どこか、怨念すらも感じられるほどに。

 けれど、彼女の顔にはいまだに笑顔が張り付いていて、それがより一層不気味に感じられる。


 ああ、そうだったんだ。


 このデスゲームを通して、オレは夢丘ナエという人間と仲良くなれた──そんな気がしていた。

 けど、それは驕り。

 オレたちが接していたのは、『夢丘ナエという造られた何か』に過ぎなかったんだ。


「ウチは、こんな姿誰にも見せたくないんスよ。だって、【夢丘ナエ】はアイドルっスからね。ファンのみんなが信仰する対象じゃなきゃいけない」

「アナタは充分アイドルだった! 完璧なVtuberだった! 今までのままじゃ何がいけなかったんですか?」


「じゃあ、想像してみてくださいよ、アンリ先輩」

 オレの問いに対し、ナエはささやかに微笑む。


「自分の身に何かあって、急にVを辞めることになったらどうしよう。輝きが衰えてファンを幻滅させちゃったらどうしよう。ファンに申し訳が立たないっスよね? 【夢丘ナエ】は偶像なんです。みんなの夢を背負ってる最高のVtuber。だから──」

 ナエはオレを睨みつける、

 突き刺すような眼差しで。


「『つまんない終わり方はしちゃいけない』んスよ」


 オレは【彼女】の言葉に息を呑んだ。

 【夢丘ナエ】じゃなく、【彼女】本来の言葉に。


 底辺Vtuberであるオレに、意見できるような内容じゃない──

 【彼女】の論理は納得できる部分もある──

 そう思ったから。


 【夢丘ナエ】は最初からそうだった。

 デスゲームの最初、孤立していたオレに手を差し伸べてくれた。

 一緒にがんばろうって応援してくれた。

 それは本当に、崇高対象のように眩しくて、

 【夢丘ナエ】がトップVであることを、心の底から納得させられた。


 ファンに、膝をつく【夢丘ナエ】を見せたくなかった。

 だからこそ【彼女】は、膝をつかない最期を選びたかったんだ……!


「分かってくれたっスか? アンリ先輩。ああ、もちろん、先輩にスター性を感じたのは本当っスよ? こんなデスゲームの最中、ヒロイックに立ち回れたんスもん。ウチが思う偶像に限りなく近かったっスよ! まあ──」


 ナエはもう一度、自分のモデルに笑みを貼り付けた。

「だからこそ、安心して終われたんスけどね」


 クソ!

 オレは、犯人を見つけ、ナエさんの仇を取りたかった!

 そうすれば、彼女のファンを励ませると思った!

 けど──


 今の状況はどうだ?

 オレは拳を握りしめる。


 【夢丘ナエ】の墓を暴いたせいで、【彼女】ががんばって作ったイメージを壊してしまった!

 全部オレのせいだ!

 何もかもメチャクチャ。

 オレには、何も救えないのか?


 刹那──

 いきなり放たれた何かが、オレの顔面を吹っ飛ばした!

 それは詩歌の拳。


 何の脈絡も無く放たれたパンチが、

 オレの頬を抉ったのだった。


「どういう流れ!?」


「確認したんですよ。さっき『痛覚リンクしてない』って言ってましたから」

「このタイミングで!?」


 って、そうだったな。

 詩歌はこういうヤツだった。

 意味分かんないタイミングで、意味分かんないことしてくるヤツ──

 でも、コイツのそういう『ブレなさ』が、心地良いのも事実だ。


 オレにとっての『ブレなさ』って何だろうな。

 そう考えた時、

 一番最初に思い浮かんだのは、病床の妹だった。


 そうだよな。

 オレは『悲しみに寄り添いたい』んだ。

 なら、やることは決まってる。


 【彼女】が抱いていた不安。

 それを一緒に考えよう!

 一緒に背負うんだ!


 オレが孤立していた時、ナエが助けてくれたように。

 オレも手を差し伸べるんだ! 【夢丘ナエ】に!

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