第12話 宝珠を持ち去った理由


「嘘だろ? 転生の宝珠が無い? そんなこと──」


 灼熱の溶岩に囲まれたダンジョン。

 真っ赤に煮えたぎるマグマの中心。

 宝箱はそこに鎮座していた、

 空っぽの宝箱は。


 アリエナイ!

 確かに、タイムは最速じゃない。

 とはいえ、オレはほとんどのモンスターを一瞬で倒した。

 第1のボスだって、最速で倒したハズだ!

 なのに、


「どうして宝珠が持ち去られてる?」


「宝珠が無い? どういうことですか? アンリくん」

「やっぱりな! こんな不確定な作戦、協力するだけ無駄だったんだよ!」

 不安がる詩歌。呆れるクスネ。けれど、


 オレに向けられた二人の言葉は、耳を右から左に抜けていく。

 だって今起きているのは、

 起こり得ないことだから。


 コメント欄は当然大荒れ。

 そうだよな。

 オレはさっき、ナエを救うって啖呵を切った。

 きっと、ファンのみんなも、オレの言葉を信じてくれてたよな。


 けどオレは、そんなファンたちの期待を裏切ったんだ……!


(アンリ⚫︎ね)

(萎えた)

(ツマンネ)

(時間無駄にしたわ)

(で、転生の宝珠どこ?)

(RTA世界記録保持者とかイキってたヤツwwww)

(なんでこんなヤツが有名Vに紛れてんの?)

(ナエ後輩先輩の代わりに、コイツが消滅すれば良かったのにな)

(ま、底辺Vってこんなモンよな)

(こんなヤツのためにナエ先輩後輩が死んだのが許せない)

(アンリもカスだけど詩歌もカス)


 視界に映るのは、

 そんなネガティブなコメントばかりだ。


 全部オレのせいだ。

 オレがいたずらに、ファンの期待を煽ったから。

 だから、みんなを傷つけた……!


 オレにこれ以上、何かを発言する権利なんて無い。

 でも、だからって、

 どうすればいいんだ……?

 進む指針を失ったオレに。

 その時、


「你真烦人! トゲトゲし過ぎですよ! コメント!」


 聞こえてきたのは、憤慨する詩歌の声だった。

「アンリくんだって最善を尽くしてくれたんですよ? ファンの人たちの悲しみも分かります! でも、もっと温かい言葉くれたっていいじゃないですか!」


 詩歌、

 オレの代わりに怒ってくれてるのか。

 配信中、Vtuberがコメントに怒るなんて、N G行動にもほどがあるってのに。

 だが、


 だからこそ、詩歌だよな。

 オレは彼女の背中へ静かに微笑みかけた。


「それに、宝珠が盗まれたなんて、クスネちゃんのせいに決まってますよ!」

「え、おれ?」

 唐突の名指しに狼狽えるクスネ。

 いや、それはオレも同情する。


「だって怪盗系Vですよ!? そもそも、ここには私たち三人しかいないんです! なら、クスネさんが犯人に決まってますよ!」


 何だその雑推理。

 コメント欄を見ても、詩歌へのツッコミでいっぱいだ。


 詩歌のN G行動連発で、一気に詩歌イジリの流れになったな。

 さっきまでオレへのアンチコメ一色だったのに──

 って、ん?


 まさか詩歌のヤツ、

 オレへのヘイトを和らげるためにワザと?


 変なヤツだと思ってた。けど、

 こうやって場の空気を変えれるのは、Vとしての実力を感じざるを得ないな。


 信頼の眼差しで彼女を見つめる。

 ありがとうな、詩歌。

 オレに気を遣ってくれて。

 すると、詩歌は困った顔で続けた。


「や、でも、否定しないですよ? アンリくん、うんこ野郎ですから」


 思ったより何の思慮も無さそうッ……!


 しかも、オレへのアンチコメントが怒涛の勢いで流れてくる、

 詩歌の言葉をキッカケに。


 めちゃくちゃじゃねェか!

 何だったんだよ、さっきの神ムーブ。

 でも、


 責められて当然だよな……。

 ファンの感情は間違っちゃいない。

 オレは黙ったまま、流れていくコメントを見つめた。 

 刹那──


 オレの目に、

 一つの赤スパチャが飛び込んできた。


(ナエが消滅する時、俺もアンリ⚫︎ねって思ってた側なんだが、蘇らせようって言ってくれた時は正直うれしくて感極まったわ。蘇生アイテム無かったのはガチでショックだけど、アンリが俺たちのこと気遣ってくれてたことは間違いないしな。だから、長くなってスマンけど、気を落とさずこれからもがんばってほしいわ)


 そっか。

 いたんだ、

 オレのがんばりを見ててくれたヤツが、他にも。


 コメントを反芻しながら、オレは思い出す。

 ナエの最後を。


 アイドルは膝をつく姿を、ファンに見せない。


 そうだったよな?

 どうして忘れてたんだろ、そんな重要なメッセージを。

 オレは深呼吸し、大きく胸を張った。


 結局は全部オレが蒔いた種だ! だからこそ、

 この悲しみは、オレが摘み取らなきゃいけない!

 そのために考えろ!


 Q:誰が何故、転生の宝珠を持ち去ったのか?


「聞いてくれ、みんな」

 オレは呼びかける、

 画面の向こうの視聴者と、目の前の二人に。


「確かに宝珠はここに無かった。つまり、誰か持ち去ったヤツがいるんだ!」

「あァ? 持ち去った? 何のためにそんなこと」

「分かりましたよ、アンリくん! きっと全員生還のためですね! アンリくんと同じことを考えた人がいたんです! その人が、私たちより先に取りにきた!」


「宝珠を持ち去った理由、それは──」

 オレは真っ直ぐ、二人を見つめた。


「『夢丘ナエを蘇らせないため』だよ」

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