第10話 オリジナルチャート
「どういうことっスか? 詩歌先輩。何とかするって」
「私はステータスを回復寄りに振り分けてたんです。だから、蘇生技が使える」
「止めろ、詩歌!」
オレは彼女を止めようと、上体を起こ──
せなかった。
力を入れたハズの腕は霧散する。
そして、オレは迷宮の床に投げ出された。
今やオレの体は、ほとんど見えない。
そこにある実感と裏腹に、実体の方は空気に溶けて消えてしまった。
確かに、このゲームに蘇生技はある。
だが──
「それは自分の命と引き換えの技! オレを蘇生したって、今度はお前が死んじまうだろ!」
けど、詩歌は考えを改めるどころか、
ふふふと笑った。
「覚えてませんか? 私、ダメって言われたことやりたくなるタチなんです」
コイツ、まさか最初から死ぬ気で……!
オレは詩歌に手を伸ばす。
けど、消滅しかけた体では、彼女を止めるには叶わなかった。
手をかざす詩歌。
すると、オレの体を包んでいく、青色の光と呪文の文字列。
消滅しかけていたオレの体──
それは、呪文の進行と共に、元へ戻っていく。
オレの体と反比例するように消えていくのは──
「WTF. どういうことです?」
狼狽える詩歌。
それもそのハズだ。
だって、
消えているのは、ナエの体だったから。
「復活呪文、先に使わせてもらいましたよ! 残念だったっスね、詩歌先輩!」
「ど、どうして?」
「だって、ウチのせいっスからね、アンリ先輩がこうなったのも。だから、ウチが責任取らなきゃ。まあ、一応先輩っスから」
ナエの言葉に、切なげな表情の詩歌。
詩歌は口をぱくぱくさせるけど、言葉は出てこない。
さっきみたいなスラングや奇抜な行動すらも。
それこそ、彼女の動揺を物語っていた。
詩歌も、自分の感情に整理がついてないのかな?
少なくとも、オレはそうだ。
今の自分の感情に、整理がついていない。
「ナエ、どうしてだよ? 誰も消える必要なんてないんだ、オレなんかのために。オレなんて──」
チャンネル登録者数24人。
S N Sフォロワー160人。
ネットの片隅に棲む底辺Vtuber。
「ナエのインプレッション数──その1%にも満たない。そんなちっぽけな存在だ! モデルだって粗いし、トーク力だって──」
「関係無いっスよ、そんなの」
煙のように消えていく中、ナエは微笑み返す。
「こんな不条理な世界でも、アンリくんはみんなのために戦おうとした。きっとそれは、スター性の一つっス。だからウチは託せるんスよ──」
目の前のザ⭐︎アイドルは手を差し出す、
屈託の無い笑顔で。
「『アンリくんみたいなVが先輩だったらなあ』って」
その言葉を聞いて、オレは何も言えなかった。
オレは何も言えないままに、彼女の手を取る。
「納得してくれたっスか? 二人とも。じゃあ次は、ファンへのお別れを言わなくっちゃっスね」
震える指先で虚空をスワイプするナエ。
きっと配信画面のコメント欄を表示させてるんだろう。
そして彼女は、最期のコメント読み上げを始めた。
「画面の向こうの先輩たち、いつもありがとうっス。中には、初期配信から来てくれてた先輩もいるっスね。懐かしいなあ──」
これまでの配信活動を振り返り、ナエは二言三言の感想を述べていく。
ナエが何かを話す度、コメントはその当時の話題でいっぱいになっていく。
その光景は、今がデスゲームだってことを忘れさせた。
ナエは語る、いつもの雑談配信の延長のように。
ポツリポツリ。
時には笑顔を浮かべながら。
最後に『また明日』と言ってくれそうな、そんな調子で。
でも、
違う。
オレが、油断していたせいで。
宝箱に注意を促せば、
もっと早くナエと合流できてれば、
洞窟でナエとハグレなければ、
詩歌と会った時に上手く交渉できれば、
オレがナエと出会わなければ──
こんな結末にならなかったろうか?
衝動に任せ、オレは迷宮の壁を殴る。
実況を始めたのは、誰かを励ますためだったのにッ……!
これじゃ、意味が無いのにッ……!
「──ま、この辺っスかね? 語ることと言えば」
ナエはそう結んで、大きく深呼吸をした。
彼女の胴体は、虫食いのように透けている。
マトモに残っているのは胸から上と、手や足の先くらい。
それは、彼女に命の刻限が迫っていることを感じさせた。
「ナエ後輩先輩、座らなくて大丈夫ですか?」
「心配いらないっスよ、詩歌先輩! だって──」
ナエは変わらない笑顔で、こちらにVサインをしてみせた。
「ファンに見せたくないっスからね、アイドルが膝をつく姿なんて」
刹那──
ぐらり。
大きく揺れるナエの体。
オレは傍に駆け寄り、その肩を支えた。
けれど、
オレに触れるなり、霧散するナエ。
彼女の体は、煙のようになり、迷宮の闇に溶けて消えた。
「すごいな、ナエさんは。今際の際まで、自分の力で最後まで立ち続けたなんて」
この一瞬だけでも深く理解できた。
夢丘ナエというVtuberが、どんな夢をファンに見せてきたか。
きっと、こうやって自分を律し、アイドルと真剣に向き合ってきたんだ。
なのに、
こんなデスゲームのせいで……!
「WTF! やっぱり無謀だったんですよ! 全員生還なんて!」
詩歌は髪を振り乱し、オレに詰め寄った。
「現に、ナエ先輩は死んじゃいました! こんなとこで! まだ最初のボスすら倒してないのに! コメント欄を見てください! ファンの方がいっぱい悲しんで……」
彼女は訴えかける、心底ツラそうに。
その色合いは、悲しみよりも悔しさの方が強い。
このゲームは確かに不条理RPGだ。
けれど、ナエの死はそうじゃない。
もしかしたら防げたかもしれない。
そんな気持ちがあるからこそ、悔しさを感じる。
配信のコメント欄を見れば、そこには大量の追悼文。
どれも、ナエが消滅したことを嘆くものばかりだ。
「アンリくんも詩歌も! きっと、このまま死んじゃうんですよ!」
悲しみに打ちひしがれるナエのファンと詩歌。
その姿を見て、オレは思い出した。
幼い頃の記憶──病室の妹を。
そうだったよな。
オレは、
そんな悲しみを抱えたヤツに寄り添いたくて、
ゲーム実況を始めたんじゃねェか!
「いいや、死なないね」
オレは詩歌の手を取り、笑いかけた。
「オリジナルチャート構築完了だ。蘇らせるぞ、ナエを」
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