第9話 宝箱

(つまり、アンリくんのマイオナは、誇り高きマイオナなんですね!)

 詩歌は悪びれず相槌を打つ。

(もっと良い感想無かった?)


 こういう経緯で始めた自分の実況チャンネル。

 その派生が炎神アンリ。

 退院後に妹と一緒に始めたのが竹刀手ボコだった。

 ま、ボコとの関係性までは語ってないが。


(とにかく、オレは有名か無名かは関係無かったんだ。ただ、オレのゲーム実況で妹を励ませられれば)


 すると詩歌は、

(じゃあ妹さん、この配信でもっと好きになっちゃいますね。お兄ちゃんのこと)

 メッセージと共に目配せをした。


(意外だな、そういうことも言えるの。N G行動好きって言ってたから)

(N G行動みたいなもんですよ。この国の国民性だと、気持ちを素直に伝えないから。だから、わたしは伝えたくなるんですよ、ポジティブかネガティブかに関わらず)


 そう考えると、悪いことばかりじゃないかもな。

 詩歌は本当に、素直なだけなんだろう、きっと。


 だとしたら、なおさら消えてほしく無いよな。

 ナエにも詩歌にも、もちろん他のみんなにも──

 みんな、何かしらの人生を背負ってる。その上でVやってるんだもんな。

 なのに、デスゲームなんて……。


「ところで、もうすぐ最深部じゃないですか? 誰にも、出会わなかったですけど。みんな既にゲームオーバーしてるんじゃないですか!?」

 唐突に髪を振り乱し、頭を抱える詩歌。


「ぜぜぜ、絶対にそうですよ! アンリくん以外に会わないなんておかしいですし! そう考えると生き残れる気がしない! 这场比赛已经寄了! 私もう帰りますね!」

 そう言って戻ろうとする詩歌。

 しかも、罠のスイッチを続け様に踏んでいく。


「情緒大丈夫かよ」

 オレは飛んでくる矢をへし折り、転がってくる岩を砕き、落とし穴に落ちかける詩歌を抱え上げる。


「確かに、この状況で帰るのはお前らしいかもな。でも、考えてもみろ詩歌。何をしたらお前が満たされるか」

 キョトンと抱かれながら、詩歌はオレの言葉を聞く。


「オレたちはデスゲームに巻き込まれた。そんで、殺し合いを強要されてんだぜ? ルールで雁字搦めにされてさ。だったら──」

 オレは詩歌をその場に降ろし、微笑みかける。


「黒幕を引き摺り下ろし、このデスゲームをぶっ壊す! それも気持ち良さそうじゃねえか?」


「確かにそーかも! デスゲームが破綻するなんてN G中のN Gですもんね!」

 楽しそうな表情に戻る詩歌。


 そして、こちらへ拳を突き出した。

「一緒に倒しましょうアンリくん、あのうんこ野郎を……!」

 同じように拳を突き出し、彼女の拳を小突く。

 その瞬間──


「ッス〜!」

 という叫び声が聞こえてきた。

 少し奥からだ。


「あの、後輩っぽく先輩っぽい叫び声は……!」

「行きましょうアンリくん! ナエ後輩先輩がピンチなんて──」


 いつにも増して凛々しい顔の詩歌。

 ジャンルは違えど、ナエのことが心配なんだな。

 お前の気持ち受け取ったぜ。早く助けなきゃだよな。


「スクショ上げたら万バズですよ! 早く!」


「不謹慎過ぎーッッ!」


 もしかしてコイツ黒幕?

 前を走る詩歌を、オレは疑いの眼差しで見つめる。


「バズらせましょう! 先輩を助けるアンリくんの勇姿を!」

「良い意味のバズ!? 紛らわしッ!」


「LMFAO.言うワケないですよ、清楚な私がそんなこと♪」

「清楚は言わないんだよ、LMFAO(笑えてクソケツがもげる)なんて」


 そうやってしばらく駆けると、オレたちは部屋に辿り着いた。

 明らかにボス戦手前って感じの、大きな部屋だ。

 ナエは、そこで大量の岩蛇に囲まれている。


「観てください、アンリくん! うんこですよ♪ しかも大量!」

「先輩よりうんこの心配!?」


 そんなこと言ってたら、

 岩蛇のうちの一匹がナエに飛びかかりやがった!

 それに続くように、他の岩蛇たちも彼女に襲いかかる。


 マズいな、雑魚モブとは言え。

 被弾2回で体力を全部持ってかれる。

 どうにかしなきゃ、ナエどころか、オレたちだって全滅だ。


「ナエ後輩先輩がうんこに殺されちゃう!」

「助けてアンリ先輩!」

 阿鼻叫喚の地獄絵図──

 のハズが、詩歌のせいで緊張感が薄れるな。


 こんなものを配信したかったのか?

 デスゲーム主催者はさ。

 まあいいか。

 オレは剣を引き抜き、岩蛇を蹴散らしていく。


「オレが道を切り開く! ナエはオレの後ろに! んで、詩歌は──」

 コイツ、下手に指示すると逆をやりそうだよな。

「好きにやっててくれ!」


「LOL. そんな指示あるんですね」

 詩歌は笑いながらポーズを取り、スクショタイムを始めた。

 自由過ぎんだろ、コイツ。


 ため息を吐き、岩蛇を倒していくオレ。

 通常プレイの範囲でもなかなかないぞ、この量の敵は。

 わざわざ敵の注意を引いて回るくらいしないと……。

 そして、数十秒ほどで最後の一匹を倒し終えた。


「二人とも、怪我は無かった?」

「大丈夫っス! 助かりました!」

 詩歌はオレの問いにVサインで返した──

 と思ったけど、まだスクショ中だなコイツ。

 何はともあれ、無事合流できたことを喜ぶか。


「ところで──」

 ナエはどこにいた?

 そう聞こうとした時だった。


「見るっスよ、先輩たち!」

 ナエは、とある宝箱の前で飛び跳ねていた。

 金枠の真っ黒な宝箱だ。

 それは、このゲームでは最上位のアイテムを意味する。


「こんなキラキラの宝箱。絶対良いアイテムが入ってるに決まってるっス! 換金して蘇生アイテム入手の足しに──」


「マズい! その宝箱は!」

 オレの静止も間に合わず、ナエは宝箱を開く。

 刹那──


 ブクブクと膨らむ宝箱。

 そして、それ自体が大きな口のように変化した。

 あの宝箱は罠のミミック。

 触れたヤツを即死させる初見殺し要素。


 でも、こんな序盤のダンジョンに配置される存在じゃない。

 一体どうしてだ?

 とにかく、


 このままじゃ──

「アンリ先輩ごめん」

「ナエ先輩!」


 謝るナエ。

 叫ぶ詩歌。

 それは竪琴の弦が切れたような悲鳴。

 瞬時に閉じられるミミックの口。

 その牙は処刑台のギロチンのようだった。

 ミミックの口から滴り落ちる真っ赤な雫。

 迷宮の床に大きな血溜まりが広がっていく。


「まさか、こんなことになるなんてな。全部オレの責任だ」

「何言ってるんスか! アンリ先輩! 全部ウチの責任っス。宝箱なんて開けなければ……」

 後悔を滲ませながら、

 ナエは、


 オレの腹に空いた大きな穴を撫でた。


「アンリ先輩は、身代わりにならなかったハズなのにッッ……!」

「ミミック自体は瞬殺したんだけどな。それより先に喰われちまった。オレのミスだ、雑魚敵倒して気を抜いてたオレの」


 どうやら、残り体力がVモデルと連動しているようだな。

 ダメージ分だけ、煙のように消滅していくらしい。

 体の中心辺りからランダムに。


 って、こんなこと考察してる場合じゃないか。

 つい考えちまうな、いつもマイナーゲーやる癖で。


「みんなごめん。これじゃ、蘇生アイテム取りに行けないな。せっかく、全員で生還するって啖呵切ったのに」

「今はそんな場合じゃないっスよ! 痛みは大丈夫っスか? 早く回復アイテムを……」

 懐から何かを出そうとするナエ。けど、


「回復しても無駄だ。オレの体力は既にゼロ。あとは消えるだけさ」

「そんな……!」


「注意事項だが、次のボスは死んだフリしてくる。だから、倒してもちゃんと警戒を緩めず──」

「やめてくださいっス! アンリ先輩! そんな、遺言みたいなこと!」

 ナエは必死にオレの肩を揺する。


 オレたちは今Vの体だ。

 だから、決して涙は出ない。けど、

 オレの肩を揺するナエの表情はくしゃくしゃで、

 今にでも泣いてしまいそうだと思った。

 その時──


「जो हुआ सो हुआ. 私が何とかします」

 覚悟した表情で、詩歌は立ち上がった。

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