第6話 NG行動

 漂う苔だとかカビだとかのニオイ。首元を撫でる冷ややかな風。鍾乳石から伝い落ちる水滴の音。

 ところどころ、壁や床は煉瓦で覆われ、洞窟でありながら迷宮らしさも感じられる。

 その暗がりを照らすのは、壁に掛かった松明だけだった。


 ナエは一人で進んだのか?

 こんな見通しの悪い状況なのに!

 危険過ぎる!


 まあ、でも、

 それくらい仲間Vを助けたかったってことか。

 全員生還のため、オレと同行してくれたくらいだもんな。

 とにかく、オレも最善を尽くそう!


 洞窟を走りながら考える。

 おそらく、詩歌はこのゲーム初見。

 ビギナーが引っかかる最初のクソ初見殺しは──


 ここだ!

 曲がり角を過ぎると、目の前には詩歌さんがうずくまっていた。

 その向こうには、岩が連なった蛇のモンスター。


 やっぱり、コイツに騙し討ちされてたのか。

 オレが見つけるや否や、岩蛇はその尾を詩歌に振り下ろした!


「Mierda!」

 悲鳴(?)を上げる詩歌。

 けど──


 大きく踏み込み、剣の一太刀を浴びせるオレ。

 瞬間、

 岩蛇は消滅し、また幾らかの金をドロップした。


「大丈夫? 詩歌さん」

 オレは剣を鞘に納め、彼女に手を差し伸べる。

 と、こちらに微笑み返す詩歌。


 安心したような顔だ。

 それは修道女が浮かべる表情として、オレは『らしいな』と思った。

 さっきの暴言(?)が嘘みたいだ。でも、


 そうだよな。

 こんな命懸けのゲーム。しかも初見殺しのモンスターがウヨウヨいるんだ。

 気が動転して、つい口から暴言が出ることだってあるよな。


 その笑顔に応えるよう、オレも微笑み返す。

 すると詩歌もオレに応えた。

 囁くような、

 優しく弾かれたピアノのような声で。


「うんこみたいでしたよね、さっきのモンスター」


「質がSNSのクソリプ……!」


 そのコメントで合ってるか?

 今お前は、デスゲームで瀕死なんだぞ?

 そんなヤツが言う内容じゃないだろ。


 ホントにこんなヤツが詩歌− TheKaなのか?

 噂では、涼やかな声で歌う清楚系Vのハズなんだが……。

 小学生のガキみたいなワードが聞こえたぞ?


 いや、待てよ。

 気が動転してるのはオレの方かもしれない。

 デスゲーム中だからな。アドレナリンが過剰分泌されたりとかで、さ。


 見つめると、ハッとしたような表情で顔を赤らめる詩歌。

「すいません! 誤解させちゃうような言い回しでしたね……! 私が言いたかったのは──」


 うんうん。

 お淑やかな反応だ。

 きっとさっきのも、オレの聞き間違いだったに違いない。


 オレは再び耳を傾ける、

 奏でられた竪琴のような、彼女の声に。


「茶色い岩が連なってる感じ、すごいうんこだなあって」


「聞き間違いであってほしかったッッ……!」


 何だ、このVは。

 オレは彼女と出会ってしまって良かったのか?

 何と返すべきか首を傾げる。


「あ、うんこと言えばなんですけど──」

「途切れねえな! うんこの話題! どんだけあるんだよ、うんこの引きだし!」

 すると、


「えww、待ってくださいww」

 彼女はいきなり、洞窟の地面で笑い転げ始めた。

「途切れないうんこってwwめっちゃ快便じゃないですかww」


 流石にオレも言葉を失う。

 無敵か? コイツ。

 うんこだけで何コンボいけるんだよ。これが格ゲーならゲージ一本持ってかれたよ。


「はァ〜ww」

 楽しそうに息を吐き、オレの手を掴む詩歌。

 そして、よろよろと立ち上がった。


「アンリくんって、面白い人ですね」

「いや、アンタだよ面白い人は」


 オレはため息を吐く。

 まあでも、とにかく、これでようやくコミュニケーション取れそうだな。

 小学生のコミュニケーションだけど。


「ところで詩歌さん、さっきの防具、別のと交換してもらえません? 強いんですよ、オレが持ってるドロップ品のが。さっきのヤツはほぼ、換金用って言うか……」


 さっきは断られたけど、今ならいけるかもしれない。

 何故か気に入られたっぽいし。

 とにかく、詩歌がどんな人だろうと関係無い。

 あの防具さえ手に入れば、全員デスゲーム生還の元手になる。

 いわば、最初の一歩になるわけだ。


「ああ、あの防具ですか?」

 また笑い始める詩歌。


 何なんだ一体。

 オレは静かにため息をつき、彼女を見つめる。

 すると、


「あれ奪われちゃったんですよね、さっき」


 能天気に呟いた。

「奪われた? って、誰に?」

「クスネちゃんです。言いくるめられちゃって。私が防具の装備に手間取ってた時に」


 宝塚クスネ……!

 とことんヒールプレイしてんな。

 アイツを追いかけるのも良い。けど、足跡が辿れない以上、ナンセンスだ。


「なら、とにかく先に進もうか。教えてくれてありがとう、詩歌さん」

「呼び捨てでいいですよ、アンリくん。だって私たち、同じうんこで笑い合った仲じゃないですか!」


「うんこネタ挟まないと窒息でもするのか?」

「あ、いや、そういうワケじゃないんですけど! 薬が切れちゃって! だから止まらないんです、こういう言動が」


 薬、そうか。

 オレたちは拉致され、デスゲームに参加させられた。

 だからこそ、薬を常用してる人には、何かしら影響が出てるワケか。


「ああ、良いよ。気にしないで詩歌。だって──」

 オレは肩の力を抜き、彼女に笑いかけた。

「『同じうんこで笑い合った仲』だからな」


「ありがとうございます、アンリくん! お世話になりますね。これからも私、N G行動いっぱい『やらかす』でしょうけど」

「不条理ゲーで相棒にしちゃいけない人だった!?」


 オイオイ、マズいぞ。

 このゲームは不条理RPG。N G行動のオンパレードだ。

 やっていけるのか? そんな状況で、N G行動連発されて。


 そこでオレは気付いた、

 彼女の手が少しだけ震えてることに。


 そうだよな。

 別に詩歌だって、何も誰かを害したいワケじゃないよな。

 きっと今だって、何らかの衝動を我慢してるんじゃないのか?

 なら、やることは決まってるよな?


「いいぜ、詩歌。どんだけやらかしたって良い! オレが全部カバーするからな!」


 だってオレは腐っても、竹刀手ボコの右腕ならぬ両腕──

 トップ5Vtuberのゲームプレイを担当してるんだ。

 余裕でクリアしてやるさ、

 Vの命を賭けるなんてクソゲーは!

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