第5話 詩歌−TheKa

「でもさ、アンリ先輩」


 ナエは明るい声色で話しかける、

 牧草地帯を歩きながら。


 牧歌的な背景に、水色とピンクのドレス。それは一見すると、世界観が違うように思える。

 けど、夢丘ナエのオーラがそうはさせなかった。


 仮に、スターのオーラと聞くと、周りを隷属させるようなカリスマ性を感じるかもしれない。

 だが、夢丘ナエはむしろその逆。

 どんな風景・人の輪にも、溶け込んでしまうんだ。

 それこそ、後輩キャラらしく、周りを補完するような雰囲気で。


 だからこそ、この田園風景にも、同じように溶け込んでいた。

 風景画に佇む少女のように。


 全てにおけるマスターピースとしての後輩キャラ──

 それが、夢丘ナエのスター性だった。


「蘇生アイテムって、簡単に取れるもんじゃないっスよね? 確か、船代がけっこう必要だとか……」

「ああ、そうだな。通常プレイなら、十数時間はかかる」


「十数時間!? それって、ストーリー真ん中くらいまで進めなきゃなんじゃ……? 500万%それまでに死んじゃうっスよ!」

「でも、問題無い。だってオレは──」


 瞬間──

 草むらから何かの影が飛び出した。

 オレはスグさま剣を構え、敵影に視線を向ける。


「やだな〜、アンリ先輩! 序盤の敵っスよ? どうせスライムとかでしょ〜。そんな警戒する必要ないっス!」

 ケラケラと笑うナエの視線、その先にいたのは──


 ファイナル・デッド・ケルベロス・ドラゴンLV99だった。


「不条理過ぎっスーッッ! ホントにここ序盤のマップっスか?」


 ファイナル・デッド・ケルベロス・ドラゴンは、その名の通り顔がケルベロスのドラゴンだ。

 そんな怪物が、牙を剥きナエに襲いかかった!


 刹那──

 オレは素早い手捌きで、ファイナル・デッド・ケルベロス・ドラゴン(愛称:ケルドラ)を八つ裂きにする。

 すると、ケルドラは消滅し、代わりに幾らかの金をドロップした。


「え!? 今の敵をこんなアッサリと? 一体、何者なんスか? アンリ先輩」

「ああ、さっき言いかけてたな。オレはマイナーゲーオタク。そしてこの──」

 オレは剣を仕舞い、ナエに向き直った。


「『DRAGON SWORD』RTAの世界記録保持者だ」


「世界記録保持者!? タイムアタックの!? すご過ぎっスよ! アンリ先輩! カッコ良かったっス!」

 興奮した様子でオレの手を取るナエ。


 いや、後輩ムーブに隙が無さ過ぎる……!

 何だ? この懐き方。

 そりゃチャンネル登録者数5,000,000いるワケだわ。


 「でも、だったら何で、さっきみんなに言わなかったっスか?」

「逆に怪しいからな、あの局面でそんな情報言っても」

「確かにっスね」

 あははと、気の抜けた笑い声を上げるナエ。


 まあ別に良いんだよ、みんなに信じてもらえなくても。

 だって、オレにはトップV夢丘ナエがついてるんだもんな。


「ともかく──」

 オレは丘の上の宝箱を指差す。

「あのアイテムを取ろう」


「でも、確かあの防具ってそんな強くないんじゃ?」

「確かに強くない。けど、高く売れるんだ。それを元手に船の乗車賃を──」


 って、アレ?

 認知してるのか、あんな需要の無い防具を。

 あんな微妙アイテム知ってるの、RTA勢くらいだと思ってたな。

 ナエは、このゲーム詳しいのか?

 初見かと思ってたけど。


 刹那──

 人影が丘の上に見えた。


 シスターのような風貌の、銀髪赤眼の少女。

 黒いヴェールに赤いドレス。

 衣装の構成要素は清楚に感じられる。


 けど、その色合いは清楚とは真逆。どこか陰りを感じさせる。

 そんな、儚い雰囲気の少女だった。


 彼女は、詩歌しいか−TheKa。

 チャンネル登録者数3,600,000人!

 S N Sフォロワー2,440,000人!


 歌や朗読系メインの企業Vだ。

 確か、何ヶ国語も話せるとかで、海外のファンも多かったハズ。

 彼女も、このデスゲームに巻き込まれたVの一人。

 きっと、全世界のファンが悲しんでるんだろうな。


 で、

 そんな彼女がどうしてか、

 オレたちの目的である、換金用防具に手を伸ばしていた。


「詩歌さん、待って! そのアイテムは最速チャート上、必須で──」


 第1のゲームはおそらく『DRAGON SWORD』の複数プレイモード。

 それは、配置された宝箱は全プレイヤー共通。つまり、宝箱は全体で一個しか入手できないモードだ。


 いや、RPGで複数プレイモード自体が異例だけど……。

 とにかく、この『DRAGON SWORD』はそういう奇ゲーとしても親しまれていた。


「どうにか譲ってもらえないかな? その宝箱の中身」

 低ポリゴンの顔に精一杯の笑顔を浮かべるオレ。

 すると、


 詩歌はこちらに微笑みかけた。

 それは彼女の服装通り、聖女のような表情だ。


 シャルルやクスネとは雰囲気からして違うな!

 なんか、優しげって言うか!

 確か、配信でも讃美歌枠とかやってるしな!


 コミュニケーション取れそうなVで良かった!

 すると、詩歌はゆっくりと口を開き、

 こう答えた。


「Joder, मेरा दिमाग़ ख़राब कर दिया. 你他妈的。You're so annoying」


「全然コミュニケーション取れねーッッ!」


 何て?

 明らかにネガティブワードだったよな? 最後だけちょっと聞き取れたけど。


 狼狽えるオレたちを横目に、詩歌は宝箱の中身を持ち去る。

「あ、オイ! 無視すんなって!」


 急いで丘の上に駆け上がるも、詩歌は既に立ち去った後。

 彼女の後ろ姿は、遠くの方──初期ダンジョンの方へ消えていった。


「しかも、逃げ足速ッ! 何なんだアイツ! もしかして、オレの言葉通じなかったかな?」

「いや、そんなことないと思うっスよ」

 半笑いで丘を登ってくるナエ。


「あの子、わりといつもあんな感じなんで」

「どんな感じ?!」


「ともあれ、防具無くなっちゃったっスね。換金どうするっスか?」

「とにかく、初期ダンジョンへ移動しよう。動きながら考えるのがタイムアタックの鉄則だ」


 オレはナエの手を引き、牧草地帯を進む。

 さっきのアイテムは諦めるか?

 今からオリジナルチャートで進んでも良い。

 けど──


 オレは隣のナエを見つめる。

 いや、変にアドリブするのは危険だ。

 オレ一人ならまだしも、同行者がいる状況はマズい。

 だってこれはデスゲーム。

 失敗は許されないんだからな。


 その時──

 誰かの叫び声が聞こえてきた。


 初期ダンジョン──洞窟の中からだ!

 助けなきゃ!


 そう思った矢先、真っ先に動いたのはナエだった。

「詩歌先輩の声っス! 早く助けなきゃ!」


 オレも同じくナエの後を追う。

 確かに、このダンジョンは罠がいっぱい。

 明らかに、初見は死んで覚えるしかない迷宮だ。


 特に、詩歌は歌と朗読配信がメイン。

 ここが、こんな不条理RPGだとは知らないハズだ。

 オレはナエの後に続き、迷宮の中に入った。


 なのにッ……!

 迷宮の中、冷たい暗がりの先に、もうナエはいなかった。

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