第4話 DRAGON SWORD

 刹那──

 ゲーム開始の合図と同時に暗転する世界。

 すると次の瞬間、辺りは中世ファンタジーの街並みに変わっていた。


 漂う焼けたパンの香り。

 カラッとした気持ちの良い風。

 気温は涼しげだが、陽射しは少し強め。

 春のような爽やかさだ。


 いや〜、やっぱV R系ゲームは最高だな!

 まあ、

 デスゲームだということに目を瞑れば、だが。


 顔に緊張を浮かべる他のV三人。

 そして、オレたちの頭上には、さっきの饅頭マスコットたちが浮かんでいる。


「この世界ではみんなに、とあるボスを倒してもらうのだ!」


「ボス? けっこう長丁場になるんだぜ?」

「大丈夫なのだ! 倒すのは最初のボスなのだ!」

「なんだ、それじゃ簡単そうなんだぜ」


「そうなのだ! 第1ゲームは理論上、誰も脱落しない健全なデスゲームなのだ!」

「お前ら、感謝するんだぜ!」


「感謝? 健全なデスゲーム? 何、キレイごと言ってんだ!」

 他のVが一人、声を上げて饅頭どもに抗議する。


 それも当然だ。

 何故なら、この『DRAGON SWORD』はクソゲーだからだ。いや、


 不条理ゲーと言った方が良いだろう。

 異常な難しさゆえ、逆にVtuber黎明期に流行った、名誉ある不条理RPG。

 その難しさは、この場の誰もが知ってるだろう。


 死んで覚えることが前提のゲームだぞ?

 下手したら、初回から全滅する可能性もある。

 なのに、感謝だとか健全なデスゲームだとか、心にも無いことを……!


 周りのVたちも、同じように意気消沈している。

 饅頭どもはこれを見て何とも思わないのか?

 けれど、


「じゃあ、みんなもゲームクリア目指してがんばるのだ!」

「スパチャ額5000万献上でもOKなんだぜ」

 そう言い残し、饅頭マスコットたちは消えた。


 オレたち四人は、スタート地点の街に置き去りにされたんだ。

 とにかく──


「みんなで協力しましょう! このゲームを乗り切るために!」

 他のV 三人に呼びかけるオレ。

 けど、


「ありえねェよ」


 一人の少女Vがそれを否定した。

 キンキンとした高い声で。


 赤いロングヘア。狐耳。こちらを射抜くような鋭い瞳。

 身に纏う黒いマントとクラシック調の服。マントは怪盗イメージのVなだけあって、燦然とはためいていた。

 その声色や立ち姿は自身に満ち溢れ、彼女のプライドを感じさせる。


 彼女は宝塚たからづかクスネ。

 チャンネル登録者数2,300,000人!

 S N Sフォロワー1,540,000人!


 対人ゲームを得意とするVだ。

 オレも、彼女とはランクマッチで何度か当たったことがある。けど、相当の練度だったな。


「ありえない? そうかな? オレは、協力が一番安定すると思う、このゲームを乗り越えるには」


「きょwうwりょwくゥw?」 

 一笑に付すクスネ。

「何言ってんだ? 今の状況、アンタが一番怪しいんだよ」


「一番怪しい?」

「そうだ。だって、アンタの存在はイレギュラー。おかしいだろ? こんなメンツの中に、無名のVがいること自体」

「それは……」


 反論できない。

 だってオレ自身、自分の存在に違和感を抱いてるから。

 けど、


「人命第一だ! こんな時に、無名か有名かなんて関係無いんじゃないか?」

 オレの言葉に、他のVも静かに頷いてくれてる。


 そうだよな。

 別にオレ、そこまで変なこと言ってないもんな?

 けれど、


「分wかwんwなwいwのw?」

 オレの言葉を、クスネは再び笑い飛ばす。


「無名が紛れてるのも、アンタがこんな状況で落ち着き払ってるのも──『この説』なら、全て説明がつく」

 クスネは得意げな顔で、細い指先でオレを指し示した。


「アンタがデスゲームの黒幕なんだよ」


「オレがデスゲームの黒幕?」

 クソ!

 違うって反論したい!

 けど、


 確かに、疑われるのも理解できる。

 例えば、人狼系PvPでは『悪目立ちし過ぎると追放される』というパターンがある。

 勿論、それが冤罪か否かに関わらず。

 今のオレは、正にその状況に陥ってるんだ!


「弁明したって無駄さ、無名クン。こんな局面じゃ、誰もアンタのことを信じない。それに──」

 こちらを見つめるクスネ。オレを心底馬鹿にしたような表情だ。


「おれたちは腐ってもVtuber。みんなで協力するより、一人で攻略した方がファンも湧くってモンだ」


 しまった!

 オレが言葉に詰まってる内に、更に論理展開されたッ!

 思わず周りのVを見渡す。けど、

 みんな目を伏せ、視線を合わせてくれない。


「じゃ、みんな攻略がんばろうな。もちろん──」

 クスネはニヤニヤした笑みでオレの肩に手を置く。

「無w名wクwンwもw」


「なるほど! 流石は宝塚クスネ。対人ゲーをメインフィールドにするVなだけあるな!」

 オレは彼女の手を取り、睨み返した。

「生で見せられると感動するわ! 会話の主導権を握る手法とか!」


「な、何だテメェ、いきなり!」

 手を引っ込め、クスネはオレに警戒の視線を送る。


「いやいや、ただ関心しただけだよ。この不条理RPGを、ファン湧かすためソロ攻略だろ? カッコよ過ぎじゃん!」


「ハァ? お前はおれたちに、『黒幕だ』って疑われてんだぞ? なのに、気持ち悪いぞ、いきなり」

 クスネは青褪めた表情。

 どうやら今は、オレがこの場の主導権を握ってるみたいだ。


「みんながオレを疑ってるなら、こうしよう! オレはオレなりのやり方で、ソロのまま犠牲者ゼロを目指す! 結果が出れば、みんなも信じてくれるだろ?」

 オレの言葉に、他V たちも首を傾げている。


 ま、それもそうだろうな。

 誰も思わないだろ、

 こんな不条理RPGで、しかも実際に命がかかってる局面で、『アレ』を手に入れようなんて。


「えっと、アンリ先輩。どういう意味っスか、それ」

「蘇生アイテムを手に入れるんだよ! そうすれば、この中の誰かが倒れても、一度は何とかできるだろ?」


「蘇生アイテムって、実際に効果あるんスかね?」

「ナエさん、さっき饅頭どもは言っていたよね、『理論上、誰も脱落しない健全なデスゲーム』って」

「確かに、額縁通り信じるなら、きっと蘇生アイテムだって効果あるハズっスね」


「蘇w生wアwイwテwムw無駄無駄w無駄だよ無名クンw」

 クスネは剣を鞘から出し、クルクルと回す。

 まるで対人ゲーの煽りエモートだ。


「蘇生アイテムがあるのは中盤。入手する前にアンタがゲームオーバーだろ。こんな馬鹿話に付き合っちゃいられないわ」

 吐き捨てるクスネ。

 そして彼女は、こちらを振り返らず広場を出てった。


 クスネの後を追うように、一人のVも広場を後にする。もちろん、オレに対し申し訳なさそうな表情を浮かべてたけれど。


 最後に残ったのはナエだけ。

 オレが彼女を見つめていると、彼女と目が合った。

 けれど、


「ごめんなさいっス、アンリ先輩。ウチじゃ力になれない」

 返ってきたのはそんな言葉だった。


 そりゃ、当然だよな。

 ただでさえ不条理な局面。なのに、復活アイテムのため、さらに危険を冒す作戦だもんな。

 ソロで当然。

 こんな局面でオレを信じるられるワケ無い。

 底辺V らしく、一人でどうにか──


 刹那、

「力になれない──かもしれないけど!」

 ナエがオレの手を握りしめた。


「ウチも同行させてほしいっス! みんなを、助けたいから!」


 そうか。

 そうだよな。

 彼女は黎明期から、みんなの先頭を走ってきたVtuber。


 だからこそ、いっぱい観てきたハズだ、

 他のV たちのことを。

 そんな彼女のことだ、

 みんなを助けたいって思うに決まってるよな!


「ああ、よろしくだ! ナエ!」

 オレは彼女の手を握り返した。

 目標はシナリオ中盤で手に入るアイテム──

 転生の宝玉だ!

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