第3話 デスゲーム

「デスゲームだと?」


 瞬間、

 ざわつくみんな。


 そうだよな。

 拉致され、閉じ込められた上でデスゲームなんて……。


「でも、Vtuberでデスゲームってどういうことなんだぜ?」

 オレたちの頭上、もう一体の饅頭が問いかける。

「Vならそもそも、死の概念が無いんじゃないか?」


「大丈夫なのだ! ゲームに負ければ動画チャンネルと S N Sを削除! Vとして再起不能になってもらうのだ!」

「なるほど! つまり、中の人には無害の、安心安全デスゲームなんだぜ?」


「中の人には無害? そんなこと言ってないのだ。それにそもそも、Vに中の人なんていないのだ」

「おっと、そうだったぜ。Vに中の人なんていない。みんなもルール分かったんだぜ?」


 こちらに問いかける饅頭マスコット。

 その声は淡々としていて、命懸けのゲームが始まるとは思えない。


 オイ、嘘だろ?

 オレたちがデスゲーム?


 いや、流石にそういう企画だよな?

 どっかの会社とかの、さ。

 ってか、どうしてそれに参加してる?

 オレみたいな底辺Vが。


 ダメだ!

 ワケが分からない!

 予想外の事態が連続し過ぎて!


 周りのVを見回しても、同じように驚いてる。

 これも全部、企画だと知った上での演技とか?

 いや、どう解釈しても、


 この場にオレが存在する理由を説明できない。


 まさか、妹の竹刀手ボコと間違えて拉致したのか?

 いや、それはおかしい。

 だって、モデルはちゃんとオレのアバター──炎神アンリのモノだからだ。


「チッ、何がデスゲームだよ?」

 いつの間にかホールの中心にいたシャルル。

 そう言うや否や、彼は浮かんでいる饅頭の片方を掴み、地面に叩きつけた。


「そういう企画か何かか? マネージャー通してねェ仕事は受けねェッつってるだろ!」

 けれど、


「企画? 何を言ってるのだ? 塵埃寺シャルルくんは、デスゲーム参加者として厳正に選ばれただけなのだ!」

「存分に殺し合うんだぜ」

 饅頭マスコットたちは、意に関せず。

 激昂するシャルルと反対に、淡々とした口調のままだ。


「チッ、馬鹿にしやがって。お前らがその気なら、訴えたっていいんだぜ? この前だって、ネットのクソアンチ相手に裁判やったとこだしなw」

 シャルルは小馬鹿にしたような態度で、床の上の饅頭マスコットを踏みつける。


「や、やめるのだ! 踏まないでほしいのだ!」

「お、オイ! やめるんだぜ! 中の餡が出ちゃうんだぜ! 中の餡が出たら、大変なことになっちゃうんだぜ!」


「あァ? 何言ってんだ! 関係無ェよ、ンなの」

 とにかく、見ちゃいられないな。

「とりあえず、話を聞きません? シャルル先輩」

 オレは彼の肩に手を置く。

 けれど、


「あァ? これ以上何の話を聞くってんだよ!」

 腕を払うシャルル。

 オレは、そのまま床に投げ出された。


「痛って……!」


「大丈夫っスか? アンリ先輩」

 すぐさまオレに駆け寄り、抱き起こしてくれるナエさん。

 しかも、オレに対し心配の表情を浮かべてくれてる、最高峰のポリゴン数で。


 うっわ〜、マジ天使!

 心の中で赤スーパーチャット飛ばしたわ。

 夢先輩(夢丘ナエファンの総称)になっちまう〜!


「そういやアンリ先輩、さっき痛いって──」

「ん?」


 確かに、おかしいな。

 ここはV R空間。

「痛みなんて感じるワケないのに……」


「よく気付いたのだ、アンリくん」

 オレに応えたのは、踏まれている方の饅頭だった。


「Vtuberへのダメージは、ちゃんと全て痛みに置き換わるのだ!」

「それって大丈夫なんだぜ? 死ぬほどの痛みを受けたら、本当に死んじゃうんじゃ……?」


「心配無いのだ!」

 潰れた状態でも、元気そうに喋るマスコット。


 心配無い?

 つまり、『痛みはあるけど死ぬワケじゃない』ってことか?

 だとしたら不幸中の幸いか?

 苦痛だけなら耐えれるかもしれないもんな!

 仮に、ゲームオーバーになったとしても!


「高確率で死ぬから心配無いのだ!」

「良かったんだぜ! ちゃんと死ぬなら……って、死んじゃダメなんだぜ! Vの命を何だと思ってるんだぜ?」


「いやいや、死んじゃダメだから面白いのだ!」

「それもそうなんだぜ」

 そう言って、笑い合う饅頭たち。


 アバターへの痛みが現実の肉体にリンク?

 しかも、その痛みで死ぬ可能性があるとか……。

 オイオイ、ガチで言ってんのか? コイツら。


「言い残すことはそれで終わりか?」

 苛立ちを露わに、シャルルは饅頭マスコットを踏みなじった。


「何言ってるんだぜ?」

「その問いは、こちらのセリフなのだ」

「さっき、大変なことになっても関係無いって言ったんだぜ?」


 そう言うや否や、どこからか音が聞こえてくる。

 パチパチという、何かの弾ける音だ。

 一体、何の音だ?

 そう思った刹那──


「うおおおおおッッ!」


 響いたのはシャルルの声だった。

 彼の背中で燃え盛る真っ赤な炎。


 他のVからも、その光景に悲鳴が上がる。

 この饅頭ども、オレたちに干渉できるのかッ!?

 炎に焼かれ、体勢を崩すシャルル。


「大丈夫!? シャルルくん!」

 オレは彼に駆け寄り、自分のベストで空気を遮断する。

 近付いた感じでは、そこまで熱くない。

 なのにシャルルが叫び声を上げてるのは、『対象キャラにしかダメージがいかないようになってる』のか?


 けれど、

「無駄なのだ、そんなことしても」

「V R空間に空気なんて無いんだぜ? つまり、鎮火するなんて不可能なんだぜ」


「でも大丈夫なのだ! 空気が無いってことは一酸化炭素中毒にもならない! 窒息死の心配も無いのだ!」

「まあ、肌を焼く苦痛はあるんだけどな」

「炎上系Vがガチ炎上(物理)は草なのだ」

 マスコットたちはケラケラと笑った。


 対してシャルルは、苦痛に喘ぎながら火達磨になっている。

「何笑ってんだよ、饅頭ども! どうにかコイツを助ける方法は無いのかよ!」

 憤慨して見せても、饅頭マスコットは悪びれもしない。


「助ける方法? あるにはあるんだぜ」


「本当か!?」

 助ける方法がある?

 ってことは、このデスゲーム、本当に死ぬワケじゃないのか?


「助けるなら、一人につきスーパーチャット5000万なのだ!」

「もちろん、このデスゲーム配信中に稼ぐんだぜ」

「それで解放してあげるのだ!」


「スパチャ5000万!?」

 確か、トップ層のV が年間稼いで3000万〜7000万。

 一日当たりの相場だって、20万〜30万が良いとこだ。


 それに、一日あたりと言っても、それは上振れ。

 何か特別な配信だから手が届く額。

 毎日続くもんじゃない。

 なのに、


 一人当たり5000万?

 夢丘ナエさん筆頭に、他のV なら手の届く額。


 けど、死の危険性があるこんな場所で、何ヶ月も過ごせるワケない!

 正当な方法での解放なんて、馬鹿げてる!


 でも、迷ってる場合じゃない!

「と、とにかく! スパチャを募ろうよ、みんな! このままじゃシャルルくんが死んじゃう……!」


 けど、他のVを見つめても、俯いたままだ。

 有名Vがこんだけ揃ってるんだ。

 みんなで募れば、5000万って大金も……!

 けれど、オレに応えたのは、マスコットの無機質な声だった。


「何言ってるんだぜ?」

「そいつ、もう死んでるのだ」


 嘘だろ?

 振り返ると、床には炎に包まれたシャルル。

 その体は炭化し、もはやピクリとも動かない。


 こんなに呆気なく死ぬのか?

 このデスゲームでは……。


「何を驚いてるんだぜ?」

「そもそも、ゲームの進行を妨げるVをBANしただけなのだ」

「それに、わたしたちはアンリを助けたんだぜ? さっきシャルルに殴られてただろ? 感謝してほしいくらいだぜ」


「『助けた』だって?」

 確かに、オレはシャルルに吹っ飛ばされた。

 でも、


「それは誰かを殺していい理由にはならない! そうだろ?」

 オレは振り返り、他のVを見つめる。

 けど、


 どのVも目を伏せ、オレと全く目を合わせない。


 まあ、当然だよな。

 さっき目の前で、仲間のVが炎に包まれたんだ。

 そしてオレは、今正に饅頭マスコットどもに逆らってる。

 そんなヤツに関われば、自分だってBANされるかもしれない。

 Vたちがそう思うのも当然か。


 そりゃそうだ。

 オレ──炎神アンリはこの中でも無名。誰とも面識無いもんな。


「当然、アンリ先輩が500万%正しいっス!」


 後ろから肩を叩く誰か。

 それは、

「アンリ先輩の肩は、ウチが──夢丘ナエが持つっスよ!」


 最強の後輩V 、夢丘ナエだった!

 饅頭どもの脅しにも屈せず!

 底辺Vのオレを助けてくれるなんて!

 分かった気がする、彼女を推す夢先輩たちの気持ちが!


「あ、ありがとうございます! ナエ先輩!」

「ナエでいいっスよ、アンリ先輩。だってナエは、みんなの後輩。気さくな感じで頼むっス!」


 ナエは凛々しい表情で饅頭どもを見つめる。

「みんなで協力するには、距離を縮めなきゃっスから!」


「そうだよな! みんなで協力して、このデスゲームを攻略するんだ!」

 オレが睨み付けると、饅頭どもはまた楽しそうに話し始めた。


「じゃあ、第1のゲーム『DRAGON SWORD』を始めるのだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る